135(ガンダムW)



優雅な時間を持つことは心身のリラックスを促すことに加えて心も豊かにしてくれる、というのはトレーズ・クシュリナーダの持論であるが、全くその通りだとトレーズは自負していた。今日も木漏れ日が程よく通る一室ではお気に入りのティーセットを持ち出し一時の安らぎを得る。
春爛漫な陽気と木々の調べ、小鳥の囀りでトレーズの心は満たされた。
この優雅な一時だけは、戦争という現実から少しだけ離れることができる時で、トレーズの一番好きな時間である。





「トレェェェェェェエエズウウウウウウウウ!!!」




鼓膜を破る勢いで怒声がつんざいた。
午後のティータイムには不釣り合いなそれは室内に響き、次の瞬間耳を覆いたくなるような破壊音がしたかと思うと目の前は硝子の海と化していた。
しかしその状態に特に驚いた様子も見せず、散乱した部屋のまま紅茶を啜う。今日の紅茶はアールグレイだ。


破片散らばる部屋の中で、愛用の青竜刀を盾にして突撃したらしい彼は息をも乱さず、そしてトレーズの一室を破壊したことに対して焦りも謝罪も一切ない。しかしトレーズはそんな彼の常人ではあり得ない豪快な傍若無人さも好んでいた。



「五飛、君の登場は派手で見ていて飽きないね」


「…勝負だトレーズ、受けてもらおうか」


「毎度のことだがせっかちだな君は」


「やるのか、やらないのか」


「それよりも一緒に紅茶を飲まないかい?今日は特別上手く入れられたんだよ」



地面を蹴る軽い音がした。

トレーズは部屋の隅に置いてあった剣を流れる動作で手にすると、隙のないように即座に手前へ振るう。ギャ、と鉄の擦れる音と焼ける匂いが鼻についた。
力では互角、お互い一旦距離を取る。
ここまでは毎回一緒となる展開だ。まず五飛がトレーズに斬りかかりトレーズがそれを何らかの方法で受け流し、一時引く。
五飛は直情突進に見えて戦いにおいて常に冷静だ。だから力任せに一閃しようとしてはこない。均衡を保ち、一瞬でも隙をみせればそこからすくわれることは知っている。


だが正直のところ今日は乗り気になれないでいた。
勿論五飛との手合わせは楽しい。こちらの時を選ばせてくれないのが少々難ではあるが、大方昼過ぎの休憩時を狙って来てくれるため部屋の硝子と備品が壊れるくらいの被害ですむ。
なにより五飛自身がこの場所を訪れてくれることが嬉しかった。何か明確な理由をつけないと来れないのだ、極端に不器用な彼は。
MSを駆る腕、刀を振るうしなやかな手つき、鋭い観察眼。器用で達者な部分はいくらでも上げることが出来るのに。トレーズが笑みを含むと五飛は馬鹿にされたと勘違いしたのか眉間の皺を一段と深くしてトレーズに向かってきた。



「貴様、何が可笑しい!」


「いや、君は本当に面白いなと思ってね」


「ッ…!ふざけるな!」


感情に任せて降り下ろされた青竜刀は先ほどの第一刀より緩く隙が出来ていて、それを僅かに避け直ぐ様手首を殴打する。


「くっ…!」


落とした刀を足で蹴り上げ手に持つと、怯んだ足元を凪いで横転させた。
呻くその首元に刃を突き付けると、苦虫を噛み潰したような苦汁を滲ませた切れ長の瞳でこちらを睨んできた。
トレーズは対象に満面の笑みを作る。



「私の勝ちだ五飛」



刀を外してその場に転がす。そうすると奇跡的に無事だったティーセットとテーブルの汚れを払い、椅子に腰かけると五飛に向かって手招きした。
悔しさを噛み締める五飛がそれを聞き入れるはずもない。
顔を反らして拒否を表した彼の反応が予想通りすぎて、トレーズは何だか嬉しくなり更に機嫌を良くさせた。どうせなだめても毛を逆立てた獣は寄ってきてくれないだろう。面倒だがなんとも扱いやすくかわいい獣だ。




「その程度の腕で私に不意打ちをかけようなどとよく思えたものだ」


「…ットレーズ!」


「なんだ、口答えがあるなら言ってみなさい。ただ、負けた君が言っても私はただの負け犬の遠吠えとしか見れないがね」



五飛はぐぅの音も出なくなって黙り込む。



「君は私に敗北した。だったら、私の言うことを一つくらい聞くのも理にかなっていると思うが?」


「……だったら、好きにしろ」


「そうか。では先にも言ったと思うが私とティータイムを過ごしてくれ」




選択権を失った五飛は、諦めたのかのそりと起き上がって大人しくトレーズの反対側のイスに腰かけた。
用意してあったソーサーにカップを置き、お湯を入れて暖める。暫くして暖まったカップに紅茶を注いで、五飛の方へ差し出した。
それまでトレーズの動作を追っていた五飛の目が紅茶にとまり、少し見つめた後カップを手にとった。
ゆっくりと五飛の喉が動く。



「毒は入っていないようだな」


「客人に毒入りの飲み物を出すほど私は落ちていない。それとも、君は紅茶より烏龍茶の方がよかったかい?」


「俺は青茶系より黒茶が好みだ」


「へぇ…烏龍茶の茶葉の形が竜に似ていると聞いていたからてっきり好きかと思っていたがね」


「形状など関係ない。それに茶は美味しければ特に拘りはしない」


「そうか。では、私の入れたお茶はどうかな」


「香りが少しキツいが、…まぁまぁだ」


「光栄だよ」




暫くは陶器の触れあう音だけが部屋に響いている。
部屋は一部が瓦礫の山となっていたが、吹き込む風は心地よく、木々は鳴き小鳥は囀ずった。
五飛も終始そっぽを向き、時折カップを無言で差し出してお代わりを要求してきた。その表情は普段より幾分柔らかだったことを、トレーズは気づいていた。



「お前は…」


「ん?」


「可笑しなやつだ」


「なぜ?」


「俺と茶なんぞ飲んでも何も楽しいことなどないと思ってな」


「…どうかな、」



トレーズはカップを置いてまっすぐに五飛を見据える。
硝子のなくなった窓から吹く風が、トレーズと五飛の間に舞い降りて、トレーズの前髪を揺らしていった。



「少なくとも、私は君となら何をしても楽しいと思えるよ」



戦場でこんなに柔らかい気持ちになんてならない。他でもない彼といるときほど、心安らぐ時はない。
彼は良き理解者であり、好敵手であり、友であり、そしてトレーズが唯一全ての心を開かそうと思えた人間であった。




「私は君が好きだ五飛」






もちろん君もと問いかける前に、ダァンッと肌を打ち付ける音がして、ティーセットがぐらぐらと揺れた。



「帰らせてもらう…!」



五飛はまた険しく言い放ち、あっという間に走り去った。
トレーズは一抹の寂しさを覚えたが走り去る五飛の耳が真っ赤になっていたことを見逃さなかった。
それに、と席を立ち五飛の大事な忘れ物を取り上げる。





「本当に、可愛い獣だ」





青竜刀を撫でる手は、ひどく優しい。


















【竜が泳ぐときすべてが動く】



 

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