遊星総受け(クロウ落ち?)









サッと血の気が引いていく感覚に叩き起こしてやろうと持ってきたフライパンとお玉を取り落としそうになるのを必死に堪え、クロウ・ホーガンは思いきり息を吸い込んだ。













「いい加減にしろよてめーら!!!!!」












【満足と充足】










まだ1日は始まったばかりだというのにどうしたものかとクロウはさっさく肩を落とすはめになった。

この頃朝起こして回るのが日課となっていたのは世話好きなクロウにとってさほど苦ではなかったのだが、問題はどうやったら起きるかとか、どの程度で起きるだとか、そういうものではなかったのである。



昔からの付き合いで遊星が低血圧だということは知っていた。だから起こすときはなるべく静かに、ゆっくりと。元々睡眠が比較的浅い遊星は声をかけて少し揺するだけで起きてくれる。
朝食の準備中に自分から起きてくることも珍しいことではなかった。

ただ今日は起こしに行ったら布団はもぬけの殻で、一肌の温もりも感じられない。リビング(と呼ぶにはあまりに貧相ではあるが)にも見当たらなかったし、起きてどこか出掛けたのだろうかと不思議に思いながら次はジャックの部屋に向かった。


ジャックを起こすにはコツがいる。
声をかけて揺するなどという生ぬるいやり方で起きるはずもなく、どうするかというと一言耳元で囁いてやればいいのだ。


「キングが朝寝坊とかまじだせぇな」


これで黙っていれば整った顔をしているのに勿体無いと言われるジャックの顔芸を見ることができる。



だが、案外寝相は良いジャックの布団もきれいに捲られており、遊星はともかくジャックまでいないことに一抹の不安を覚えたクロウは今度は鬼柳の部屋へと走った。











鬼柳を起こすことははっきり言って時間の無駄だ。
お節介だと自負してるクロウでさえ根を上げるほど鬼柳はくせ者だった。
しかし今回は致し方がない、台所にあったフライパンとお玉を装備して、いざ、覚悟を決めた。



はずだったのだが。

















「ゆうせぇー!寒いー」

「鬼柳!遊星が起きてしまうだろう!引っ付くな今すぐ離れろ!!」

「いいじゃん減るもんじゃなし」

「減る!遊星の操が減る!」

「なんだよ人を悪漢みたいに。お前だって遊星の尻いつも狙ってんじゃねぇか」

「遊星の尻だと!!?破廉恥だぞ貴様!!」










ぎゃあぎゃあと喚くアホ2人を尻目に遊星はいつもの警戒心はどこへやら、すやすやと寝息をたてている。
クロウは暫く唖然とその場に立ち尽くしていたが遊星の寝返りで我に返った。








冒頭の通りやかましい二人に怒鳴った後、鉄拳制裁を下した。矛先がクロウに移ったが無視を決め込み遊星の様子を伺った。









「…クロウ?」

「わり、起こしちまったか?でももう朝だぜ遊星」







しぱしぱと瞬きを繰り返して、何を思ったのか遊星はふんわりと笑みを落とす。





「そうか。今日はクロウじゃなかったから寝過ごしたな」


「?どういうことだ?」


「クロウが起こしに来ると、旨そうな匂いがするんだ。いつも作ってくれる朝食の匂い」


だから目が覚める、と遊星はまた笑った。
寝ぼけているのか、と納得しつつも普段みない優しげな微笑みは正直心臓によくない。ただでさえ明日のメシだとか鬼柳やジャックが起こすいざこざとかで胃が痛いというのに、心臓まで負荷がかかったら自分はどうなってしまうのかとクロウは苦笑を返すことに止めた。




「…で、なんで遊星とジャックは鬼柳のとこにいんだよ。寝たときはそれぞれの部屋にいただろ?」

「俺は遊星だけ連れてきたかったんだけどなー、途中でジャックに見つかっちまって」

「遊星を拐おうとした罪は重いぞ鬼柳!」

「いつからお前の所有物になったんだよ。遊星は俺のもんだ」

「キサマああああ!今日という今日は許さんぞおおおおお!!」

「あー、はいはい何となくわかったからもういいわお前ら」





これ以上この二人の平行線を辿るであろう会話を聞いていても時間の無駄だと愛想をつかしたクロウは中断してある朝食の準備のためにキッチンに戻ることにする。


「クロウ」

「ん?どうした遊星」

「手伝おう」

「お、そうか!ありがとな!」



まだ喚き散らしている馬鹿二人を残してそろりと部屋を出た。耐えきれず重い息を吐き出す。



お互い顔を見合わせると、自然に笑顔がこぼれた。

ジャックと鬼柳には悪いが、少しだけ遊星を独占させてもらおう。
下心はあったが、それ以上に二人きりという状況を普段作るのが難しいということもありもう遊星と一緒にいるだけで嬉しいクロウである。



キッチンに足を向けたクロウの背中を、意味深な視線で遊星が見ていたことを、知るはずもなく。







 

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