※死ネタ







昔、ある森に闇の妖精が住んでいました。闇の妖精は夜の暗闇よりもっと深い究極の黒闇から生まれましたが、花や鳥、人などの生き物をとても愛しました。一人ぼっちで生まれた妖精は実は寂しがり屋だったのです。
妖精はその森を守護するために生まれてきました。そして妖精は自分の力を分けてやることで怪我などを治癒することができたのです。元気のない木に生気を分けてやったり、動物たちの病気を治してやったりしていたので優しい妖精は動物や植物たちには好かれていました。
しかしその姿形が異形のもののようにそれは恐ろしく醜かったので、森を訪れ妖精を見た人間たちは口を揃えてこう言います。


『きっとこいつはこの森を悪しき場所にするに違いない』

『俺たちを捕って食らうかもしれない。あれはきっとバケモノだ。ケダモノなのだ』


その噂が近隣の村、そして大きな国に伝わっていくと、妖精の森に近づく人間はいなくなりました。誰一人、森には遊びに来てくれません。
妖精は悲しみました。人間だって仲良しの動物や植物と同じだけ、それ以上に好きなのに。なにせ闇の妖精をつくったのはすごく昔の、人間たちだったのですから。

こうして何十年、何百年と月日が流れました。
人間たちが近寄らないその森は手をつけられぬまま、綺麗にそのまま残り続けました。
そして、妖精は人間の姿になることを覚えました。醜い姿だから皆怯えて逃げてしまうのだと考えたからです。
しかし、その方法は失敗に終わりました。姿を変えても妖精からは黒い障気が漏れ出してしまっていたのでした。別に害を及ぼすわけではないのですが、人間は自分たちと違う異様なものを嫌います。結局、妖精はひとりぼっちでした。


妖精は次第に人間を憎むようになりました。少しずつ少しずつ、人間が妖精を避け嫌うたび、蔑み嫌悪するたび、妖精の心は濃く、黒くなっていきました。
噂を聞き度胸試しと言ってふざける若者や迷い込んできた旅人が森へやってくることがあると、妖精は決まってある質問をするようになりました。
人間の男の子の声を作り、木の上から語りかけます。


“ねぇ、僕と遊ばない?”


大抵の人間は声だけの見えない存在に怯え、それだけで逃げてしまう人もいます。勇気を振り絞ってはいか、いいえの答えを聞くと、妖精は異形の姿へと戻り、ざざと木から飛び降ります。すると突然現れた異形に悲鳴を上げ逃げだすのです。
ほうほうの体で無茶苦茶に走る人間を答える答えないに関わらず、妖精は自分から出た障気で殺します。はいと答えた人も自分の姿を見て狂ったように叫びだすようでは所詮その答えは嘘でしかありません。妖精は靄のようだった障気に実体を持たせ、操れるようになっていました。
障気は人間の穴という穴から体に入り込んであるいは臓器をそのまま握り潰し、あるいは塞いで窒息させ、あるいは内側から破り捨てました。
そして人間ではなくなった物体を、妖精は必ず森のどこかに埋めます。人間ではなくなっても森の養分にはなるからです。
森の噂は更に恐ろしいものになっていきました。



そんなある日のことです。
森に一人の少年が迷い込みました。
妖精はまたどうせロクなやつじゃないだろうと思いましたが、勝手に森に危害を加えられてはたまりません。一応様子を見ることにしました。
その少年はまだ幼さの残る顔つきと、流れるような栗色のくせ毛を持った子でした。暫く見ているとその子は本当に迷い込んだらしく、木々の合間を右往左往しながらどうにかして出ようとしていることがわかりました。けれど油断は出来ません。毎回のように妖精は少年に問いかけることにしました。


"こんにちは、僕と遊ばない?"

「…誰?」

"僕は森の妖精だよ。一人で退屈なんだ、遊ぼ?"


少年は遠くの町からこの森の近くについ最近越してきてきていたので、森の恐ろしい噂を詳しくは知りませんでした。それに妖精だということと妖精の少年と同い年程度の優しい声を聞いて、安心したのです。
少年は基本的に人は信じる質でしたので、妖精は自分を助けに来てくれたのだと思い込みました。

「ちょうど道に迷って困ってたんだ。君と遊んだら帰り道を教えてくれるんだろ?」

"そうだね。きっと教えてあげる"

「じゃあ姿を見せてくれよ。声だけじゃ遊べない」

言われずとも、と妖精は木の上から滑り降りました。
変化を解いた異形の姿で出ていけばどうせこの子も悲鳴を上げて逃げ出すだろう。残念だけど村には帰れない。妖精はほくそ笑みました。妖精は既に"遊び"でしか自分の存在している意義を感じられなくなっていたのです。自分が行っているのは森を守るための大切な行為だと。そう思わなければ自分は何のためにこの場所にいるのかわからなくなる、それは妖精にとって消滅するのと同義でした。


妖精を視界に入れた少年は驚きに目を見開きました。先ほど聞いた男の子の声とは似つかわしくない化け物がいきなり姿を表したからです。
妖精はやっぱり、と思って目を瞑りました。この子も今まで森に入ってきた人たちと何も変わらない。見目だけで判断して中身を知ろうともしない、浅はかで愚かな人間の一人。
憎しみを込めた障気をカラダから滲ませたときでした。


「妖精さん、なんだよね?」

黙っていた少年が口を開きました。妖精は障気を発したまま浅く頷きました。

「もっと寄ってきなよ。遊ぶんだろ」

"…僕の姿、恐くないのかい"

「びっくりしちゃったし、全然恐くないってのは嘘かも」

"じゃあなんで逃げないの?僕はこんなにも醜くて、恐ろしいのに"

「だってさっき約束したじゃないか、君と遊ぶって。おれ、嘘は嫌いなんだ」

そういって笑った少年の足は小さく震えていて、少しやせ我慢をしているのだということが妖精にはわかりました。しかし、妖精はその少年を殺すことができませんでした。約束、と言った少年の目は、確かに嘘をついているように見えません。妖精は困りました。実際に遊んだことは一度もなかったので、遊ぶ方法を考えていなかったのです。
妖精がうつ向いてしまったのを不思議に思った少年は、勇気を振り絞って妖精のカラダに触ってみました。ひんやりとしたその表面を触った途端、妖精は少年の手のひらの暖かさを知りました。これはなんだろう。どうして苦しいんだろう、人間なんて憎いだけなのに、どうしてこの少年には憎悪を感じないのだろう。

「おれ、天馬。妖精さんの名前は?」

"…シュウ"

シュウ。
少年は妖精の名を覚えようとするかのように反復すると、シュウに嬉しそうな笑みを溢します。もう天馬の足は震えてはいませんでした。

「行こう、シュウ!」

妖精は戸惑いを隠せません。こんな風に話をした人間なんてこれまでにいたでしょうか。
伸ばされた天馬の手を、この忌むべき姿で取ることはできません。手の形状はとれていないのですから。
シュウは人間の擬態に変わり、天馬と視線を合わせました。やはり殺意は沸きません。シュウはおそるおそる手を伸ばし、天馬の手に触れました。すると天馬は躊躇いもなくシュウの手を握り返しました。その手は、すごくあたたかいものでした。




それからシュウは天馬に森の中でお気に入りの場所を紹介して回りました。古びた神殿のような場所、青々とどこまでも生い茂る立派な大木たち、天馬の身の丈ほどもある蓮の葉が並ぶ溜め池、急な斜面がある砂地。そして特にシュウがよく訪れる滝の見える小高い岩場についたときには天馬は疲れてヘトヘトになっていました。岩場に座り込み滝壺を見ていると、ふいに天馬がシュウ、と声をかけてきました。


「おれ、この森に来たのは万能薬になる薬草を取りに来たからなんだ。この森にあるっていうことを聞いたから」

『それが必要なことでも?』

「親代わりのお姉さんがいて、その人が流行り病にかかってしまって。シュウは知らない?その薬草のこと」

『もちろん知ってるさ。僕はこの森を守るためにいるんだ、知らないことなんてないよ。どんな形状で、どこに生えているかも。教えてあげてもいい』

「ほんと!?」

『うん。ただ条件がある』

「条件?」

『薬草の効き目はいいから、2、3日もすれば良くなるはずだ。君がお姉さんに薬草をあげて君のお姉さんがよくなったら、またこの森に遊びに来てくれない?僕は君がすごく気に入ったみたいなんだ』

シュウは僅かに微笑みました。こんなに優しい気持ちで笑ったことなど気が遠くなるぐらい久しぶりです。天馬は考える素振りもみせず瞳を輝かせ顔を思いきり縦に振りました。

「なんだそんなこと!おれも今日シュウと行ったところ、見たこともないぐらいキレイな場所ばっかりだった。それにシュウもいいやつだってわかったし、また絶対遊びにくる。約束!」

じんわりと天馬の言葉はシュウのカラダに染み込んでいきました。天馬といると不思議な感覚が続きます。
シュウは何でもない風を装って、約束、と呟きました。


それから天馬と一緒に薬草のある渓谷に行き薬草を取ってやり、帰り道を教えました。森はやたら広くて入り組んでいるので道を覚えるのが困難です。全て把握しているのはシュウぐらいのものですし、シュウは森全体を管理していましたから侵入者がどこにいるのか気配を察知できます。

『この道をまっすぐ行けば村に出れるよ。今度来たときもここからおいで…あと、もう1つ守ってほしい約束がある』

「もう1つ?」

『そう。君がこの森で見たこと、やったこと、全て他の人には内緒にしてほしいんだ。君の親代わりだっていうお姉さんにもね。薬草を手に入れたのがこの森だってことも、僕と会ったってことも』

「なんで…?」

『直にわかると思う。でもまだ君には知ってほしくない。天馬、君と会えなくなってしまう』

「そっか…。わかった、言わない。ありがとうシュウ」


空はもう夕闇が木々を染めていて、木立の間を走る天馬をシュウは元の姿に戻り見送りました。灰色の瞳孔しかない円が、その後ろ姿をいつまでも写していました。
















シュウの言った通り、親代わりの親戚である秋の病はみるみるうちに良くなっていきました。薬草を飲ませて2日後、秋は起き上がって家事さえ出来るようになっていたのです。
秋はこんな薬草どこで手に入れたのか天馬を問い詰めましたが、天馬は隣のまた隣の山を越えた町で買ってきた、と言い張って聞きませんでした。


秋が完治した3日目の朝、天馬はシュウの森に行きました。先日出てきた場所に目印を木につけ、そこから周りに誰もいないことを確認してから森に入っていきました。
最初シュウの姿を見たとき実際天馬はすごく怖かったのですが、灰色の目を見たとき、なぜか寂しそうな光を宿していることに気づいてしまいました。この間森を探索するときにも時々瞳が陰るのが気にはなりましたが、すぐに元の表情のない目に戻ってしまいます。しかし見た目は少し怖いけれど、シュウは怖くありません。最初1人で寂しいと言っていたことも関係しているのでしょうか、詳しいことは天馬にはわかりませんでしたが、シュウに会うというだけでわくわくします。シュウは何でも知っている物知りでもあったからです。


"天馬"

木の間を進んでいると、上から声が降ってきました。
天馬は嬉しくなって呼び返しました。

「シュウー!シュウの薬草のおかげで秋ネエ良くなったよ!ありがとう!」

"よかった。それに天馬、約束守ってくれたね"

「当たり前だよ。シュウとの約束だもん!」

背後にガサリとした音がして、天馬が振り向くと人間の姿のシュウが立っていました。天馬は駆け寄りシュウ、と笑いかけると、シュウもぎこちないながら目元を綻ばせました。


それからというもの、森に住む闇の妖精はもうひとりぼっちではなくなりました。会う日を決めなくても天馬が森に入ればシュウにはわかりましたから、天馬が遊びに来たいときに森を訪れればいいのです。この秘密の約束がずっと続けばいいと、妖精は願ってました。今では妖精はただ森に来る人を殺すことをしなくなっていました。きっと天馬が見たら悲しむだろうし、今この天馬と過ごす時間を一時でも長く保ちたかったのです。
しかし、長い月日森を覆っていた黒い噂が簡単に消えることはありませんでした。妖精が唯一恐れていた通り、妖精の噂が天馬の耳に入ってしまったのです。

「天馬、最近闇の森の方角に出掛けることが多いわ。まさか森に出入りしているなんてことないでしょうね」

「…あそこの森、どうして入っちゃいけないの?」

「恐ろしい怪物が住んでいるの」

「怪物…?」

「黒紫の障気を纏った、おぞましい闇の妖精」

その妖精は森に入った人を騙し、殺してしまう。あの森で妖精に会って助かった人は誰一人としていないという。
秋は話すのも恐ろしいといった顔で、天馬に念を押しました。
森に入ってはいけない、あなたも殺されてしまうと。


その話を聞いても、天馬には実感がわきませんでした。恐ろしい妖精というのがどうやらシュウのことらしいというのはわかりましたが、天馬の知るシュウは森の木や花、鳥などに優しくて、物知りで、天馬の友だちのシュウです。闇の妖精などではなく、シュウはシュウでした。


気をつける、とだけ言い残して天馬は森へ向かいました。どうしてもシュウに会いたくなったのです。最初ゆっくりしていた足取りが、だんだんと速まり次第に天馬は走り出していました。シュウに会わなければ。会って確かめなければ。きっと笑って違うって言ってくれる。例えその噂が本当だったとしても、シュウは自分のことを殺さなかった。その理由だって何かあるはず。
しかし、冷静に考えれば他言するなと言ったのはその噂があったことを前提にしたのであれば辻褄が合います。天馬と会えなくなると言ったのも、天馬が噂を知れば怖くなって来てくれなくなると思ったのでしょう。そんなことない、天馬は走りながらシュウに語りかけました。例えそうだったとしても、シュウが本当は優しい妖精だということを天馬は知っています。木の樹液を味見するのが好きとか、滝を見下ろしながら風に吹かれるのが好きだとか、鳥の囀りだけで誰が鳴いているのか即座にわかるととか、笑顔が苦手なこととか、手を触るのが好きなこと、灰色の瞳が悲しいこと、誰よりも、孤独を恐れていること。


みんな天馬は知っています。
不思議が多いシュウだけれど、天馬は知っています。知ることができたのです。


天馬は走りながら、涙を溢していました。シュウが今まで一人だったわけが、寂しがりなわけがわかった気がしたからです。

「シュウ…シュウ…!おれ、シュウの、こと…!シュウと」




「そこで、何してる」



森の入り口に入りかけた瞬間、背後から感情を押さえた冷たい声が響きました。

「この森は立ち入り禁止だぞ、何をしているんだ?…まさかお前、森に入ろうとしてるのか」


息が詰まって鷲掴みにされたネズミのように、全身が凍りつき思考が真っ白になっていきます。振り返りたくない。振り返ったら全て終わってしまうと全身の神経が警鐘をならしました。

「村の人たちから、この森に出入りする少年がいると聞いて見張っていたんだが、お前なのか」


口の中から水分が消え喉の奥がジリ、と乾いていきます。震えて、声が出ません。天馬は苦しげに目を閉じました。



「シュウ、」






おれ、もっとお前と遊びたかったな。





















このところ天馬が森に遊びに来てくれなくなってしまった。一生懸命幾日も天馬の気配を探しているのに、天馬の気配は森の葉っぱにすら触れていない。
まだ約束していたこともたくさんあったのに、どこへ行ってしまったんだろう。

(寂しい。)
寂しくなんてない。また元のひとりに戻っただけのことなんだから。
(寂しい。)
きっと噂を知ってしまって、怖くなって、来るのを止めたんだ。それだけ。
(寂しい。)
だってわかってたじゃないか、そんなこと天馬と会ったときから、天馬はただ知らなかっただけで。
(寂しい。)
天馬は僕の話を聞いてくれた。笑ってくれた。泣いてくれた。触ってくれた。
(寂しい。)
寂しい。


























妖精は、ある考えに行き着きました。来ないなら村へ直接様子を見に行けばいいのです。また天馬が楽しく生活を送れている姿だけでも見ておきたいと思いました。
そうなると常に身に纏う障気を消し、擬態を完璧にしなければなりません。
シュウは障気を凝縮させ、珠にしました。それを繋ぎ合わせ首飾りにすると、人間の男の子の姿になり首にかけました。格好はやや変わっていましたが、これでさほど怪しまれることはないでしょう。



森の境界線を、跨ぎました。シュウが森を出ることは生まれて初めてのことです。見つけても会うことは出来ないと言うのに、シュウの鼓動は速まるばかりでした。天馬はどうしているだろう、元気でやっているだろうか。そればかりが頭の中を駆け巡っていて、危うく老婆にぶつかりそうになってしまいました。


『あ、すいません』

「いえいえ…」

老婆はシュウの身なりを見定めるようにじろじろ眺めました。

「見ない顔だね。どこから来たんだい」

『少し遠くの町から。この先の大きな町へ、行こうと思って』

「そうかい。まぁこの村は小さいからね、外者はあんたみたいに中継に使う人ばかりだよ」

『そうですね。………少し伺いたいんですが』

『天馬という少年はこの村にお住みですよね?どこにいるかわかりますか?』


老婆は、天馬と聞いた瞬間眉を潜め伏せ目がちにうつ向いてしまいました。その不自然な様子にシュウは首を傾げました。どうやら天馬のことは知っているようですが、話そうという気が感じられません。


「あんた、天馬の知り合いか」

『…大切な、人です』

「だったら聞かない方がいい」

『えっ?』

「聞かないほうが、いい」

そう言うと老婆は速足に去っていきました。
シュウの心臓が、ばくんと脈打ちました。


それからも道行く人や民家に天馬のことを聞いて回りましたが、皆口を閉ざして何も語ってはくれません。だんだん障気を珠に保っているのが辛くなってきました。
この家も駄目であれば諦めようと戸口を叩くと、出てきたのは少し跳ねた黒髪を肩まで伸ばした優しそうな女の人でした。しかしその人は黒目がちなぱっちりとした瞳を真っ赤に腫らしていました。


「どなたですか?」

女の人は掠れた声で言いました。

『あの、人を探しているんです。お聞きしてもいいですか?』

「私でお役に立てれば」

『僕ぐらいの年の、天馬という少年なんですが』

「ッ!!!……ってん、ま…」


その人は途端、膝から崩れ真っ赤な瞳から大粒の涙を溢し始めました。シュウの心臓がまたばくばく鳴り始めます。
天馬はどうしたんです、その一言さえ喉に絡まり動かなくて、その間に女の人は泣き声とともに途切れ途切れ、言いました。


「天馬は死んだ。殺されたのよ。闇の森に何度も入って出てこれたから、闇の妖精の配下になったんじゃないかって。天馬に弁解の余地なんかなかった。皆恐怖に毒されてた。この少年を使って自分たちは殺されるのではないかって。それでも食い下がって認めようとしなかったから、…」

女の人は、秋は唇を震わせ噛み締めました。唇から鮮血が滴ります。


「暴れる天馬を無理矢理眠らせて、毒を盛った。天馬は目を覚まさなかったわ。それっきり、動かないの。私にはどうすることもできなかった。天馬は、天馬は何も悪くない。ただ間違えて森に入ってしまっただけよ。きっとそう。何も…天馬はなにも」

『天馬は悪くない』



え、と顔を上げた秋は、眼前に広がる黒紫を見ました。
































母屋から火の手が上がる。
アルコールに引火したのだろう、勢いを増して広がっていく様子を、虚ろに見つめる自分がいることに気がついた。返り血が頬にこびりついて鉄の匂いを濃くさせる。元の姿に戻るまでもない。黒紫の障気は血を吸いすぎて真っ赤になっていた。
あちこちに散らばる臓物の破片は火に当たって橙に光り、肉の焦げる臭いが空気に乗って森の先まで届いているようだ。


「ひ、く、来るな…クルナくるな」

ずるりと障気が蠢くたび、男は情けなくカチカチと鳴らしている歯を誤って舌に下ろした。舌が切れてもう上手く動かないというのに、拒絶の言葉はまだ汚い口から耐えることがない。
苛立つのでもなく怒るのでもなく、極めて冷静に落ち着いて障気を放った。
顔面から入っていき内蔵を圧迫させると、パンと小気味のよい音が響き口や目や耳から小さな滝のように液体が流れていった。
久しぶりの"遊び"だったが、以前ほどの喜びは感じない。つまらない。意味がない。けれど、天馬が受けた悲しみも、自分が感じた寂しさも、こんなものでおさまるはずがないじゃないか。


『天馬は僕のせいで死んだ。散々一人で生きてきたくせに、今ごろになって人の温もりを求めてしまったから』


もう天馬は笑わない。泣かない。怒らない。悲しまない。声も聞けない。もう天馬と遊べない。遊べない。遊べない。


『ねぇ天馬』


抱き抱えた天馬の首は、返り血で共に黒くなっていく。

『天馬を殺した人たちはもう皆いなくなったよ。だから君がもう怯える必要なんてない。よかったね天馬、よかった…』


妖精は倒れた男の顔を踏み潰して進みます。脳髄の割れる音が心地よく響き、妖精は首だけになった天馬を優しく抱き寄せました。
















*************




「…はい、この話はこれでおしまい」

「ねぇ、妖精はその後どうなったの?」

「わからない。言い伝えはここまでだもの。この話が本当にあったことかどうかもわからないよ」

「ふぅん…幸せになってるといいな」

「…そうだね。もう帰る時間だろう?今話した森はちょうどこの森だ、遅くなると闇の妖精に食べられてしまうよ」

「あははっ!恐ーい!じゃあね、またお話聞かせて」

聞き役だった少年は楽しそうに跳ねて、並木の先へ帰っていく。話をしていた方の少年は、妙に落ち着いた雰囲気で微笑んだ。


「聞かせてあげるさ。いつまでもどれだけでも、聞かせてあげる。だってそれが僕たちの幸せの意味だもの」



『ね、天馬』














【おとぎのはなし】




























*あとがき*

最後なんで天馬生首かってシュウの治癒能力で箱に入れられて腐りかけてた遺体を首から上だけ修復したんですね
治癒能力が全く使われなかった後付けもいいとこの設定ですが
森を守護することが存在意義だったシュウは、天馬と生きることを存在することの理由にしてしまったんです。


ありがちなんですけどこの手のお話大好きです。ブログに載せるお誕生日文のつもりで書いたのですが地味に長くなったのとやっぱり祝えてる感じがしないという苦しまぎれな文章になってます。そしてグロになりません。
CP要素も皆無ですが楽しかったです。お粗末でした。







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