京天

剣城の視線はある一点から離れなかった。それは自分より幾分小さくて、骨ばった剣城のものと違いまだ成長途中の丸みをおびたフォルムをしている。
彼のそれを触れたい握りたい余すところなく触り辿って繋いで、食べてしまいくらいだ。
剣城自身そんな風に思ったことはただの一度もなく、今回のことが異状なのだと脳の一部がそう言った。

しかし欲望は発生してしまえば抑えることに多大な忍耐力が必要になる。我慢弱くはない自覚はあれど、こと彼のことに関して剣城が自制心を働かせることができたのは片手で足りるほどだった。


「(ああ、またそんな無防備に)」


剣城が考えることなど超能力が使えるわけでもない彼にわかるはずがなく、サンドイッチを取って口に運ぶ動作を続ける天馬の手を、穴が空くのではというくらい見つめている。
パンくずのついた指先を舐め取って、葵に行儀が悪いと怒られている間も唾液でてらてら光る指が欲しくてしょうがない。



「剣城?サンドイッチ欲しいの?一口食べる?」


ようやく視線に気がついた天馬が弁当箱ではなく専用のバスケットに入ったサンドイッチの一つを差し出した。
剣城は片眉を僅かに上げ、静かに貰うと頷いた。



「剣城くん意外ー、食いしん坊だったんだ」

「そういう狩屋も羨ましそうに見てたじゃない」

様子を見ていた狩屋が茶化そうとするが信助の落ち着いた声にぐぐと言葉を詰まらせる。輝がそれを見て呆れたように笑う。

「秋さんの料理、美味しいからね」

「別にっオレはそんなんじゃ」

弁解しようとする狩屋を慣れっこになってしまった三人は顔を見合わせて吹き出した。墓穴を掘った狩屋は顔を真っ赤にさせてあーとかうーとか言っている。


「狩屋にもあげよっか?」

「えっ」


天馬の誘いに一瞬分かりやすく反応する狩屋だったが、天馬の後ろの視線と目があった。
悪い目付きが数倍怖くなっている。それがあまりにも鋭くて、狩屋は思わず短く悲鳴を発し怯んでしまった。

「狩屋?」

「やっ、やっぱオレはいいよ…遠慮しとく」

「遠慮なんてしなくていいよ!秋ねぇも皆で食べたって言ったら喜ぶと思うし!」

「いらないって!大丈夫だから!」


なにやら狩屋の断りが必死で天馬はそこまで嫌だったのかと少ししょんぼりとする。すると、後ろの睨みがまた濃くなった。狩屋は逃げ出したい衝動を押さえつつ愛想笑いを浮かべるしかできない。


「じゃあ剣城、はい」


改めて剣城に出された手を見つめ、付属されたサンドイッチを食べるかのように口が開く。
が、口が開くのと同時に剣城の腕も動いていた。


「痛っ」


予想外に手首を掴まれ強く握られたせいで持っていたサンドイッチがバスケットに無惨な姿で逆戻りする。
狩屋があ、と悲しげな声を上げた。
持ち上げた天馬の手を自分の方へ引き寄せ呆然とする仲間を尻目にあろうことかサンドイッチのなくなった天馬の素手を、食べた。


「つ、るぎ、!?」


甘く犬歯で柔らかな親指の付け根を咬み、節から指先を舐めあぐあぐと正に天馬の手を食すかのように口を動かしていく。
時おり甘い刺激に痙攣する天馬をそれは大事そうに持ちながら、巧みに舌先を使って舐めあげていく。


行きどころをなくした狩屋たちはそろりと退散したが、それさえにも気づかずに剣城は食事を止めようとしない。
くすぐったいやら恥ずかしいやらで制止をかけようともう一方の手で剣城を引き剥がそうとするも、もう一本あった自由な手であえなく捕まってしまう。


「剣城、止めろよ…!」

「ん…もう少し、待て」


剣城の唾液で濡れた天馬の指は皮がふやけてきて軟らかくなってきている。剣城の舌を直に感じながら生温かくなり次第に指と舌が溶け合うように同じ温度になるころ、剣城は天馬の手をちゅぷりと離した。


「ごちそうさま」

「ん…何がやりたかったの剣城?信助たちもうとっくに教室戻っちゃったよ」

「うまそうだった」

「うまそう?」

「お前の、手」



言うや否や天馬の肩を軽く押して仰向けに倒す。天馬は僅かに身じろいだが抵抗らしい抵抗はしない。
このまま溶けて自分に同化してしまえばいい、そう思えるほどに愛しかった。手なんかそれの前段階。足先から毛の先に至るまで天馬のすべてを食べ尽くして骨まで残らないように、すべて。


「剣城」


見つめる藍の目を"綺麗"という言葉以外に何と言うことができようか。
促すように向けた視線で天馬が指をもたげる。


「食べても、いいよ」


は、と粗い息を吐き出す。赤みが引かない頬がたまらなく美味しそうだ。




昼休み終了の鐘が鳴る。その音は、剣城には届かない。











【食欲】




















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天馬きゅん美味しそうだなーと思った結果京介が変態チックになってました。
ほのぼの目指したいのにこんなんばっか…


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