天京
1期初めのほう/
「京介」
呼んだ瞬間、前を歩いていた剣城は羽織っている上着を勢いよく翻してこれでもかというぐらい目をひんむいて答えた。
しょうがないじゃない、口をついて出てしまったんだもの。
心の中ではいつもそう呼んでたなんて言ったらお前はきっと怒るよね。てゆうか、もう怒らせてるか。
つり上がった瞳は更に上に向いて、眉間に皺寄せて、お前のそういう表情も嫌いじゃないけどさ。
「なんで昨日ケータイ出てくれなかったの?」
「…特に用事は、なかったはずだろう」
「用事がなきゃしちゃ駄目なの?」
「駄目だ」
「なんで」
「駄目なもんは駄目だ」
「え〜…京介のケチ」
今度は見た目は過剰に反応せず、無言で睨まれたかと思えば制服の胸ぐらをつかまれていた。剣城の方が身長は高いし力も強いから、俺なんか軽々持ち上げる。
苦しい。
「お前…ふざけてんのか?」
「な、にが、」
「気安く呼ぶな」
脅すような結構ドスの効いた声音だったけど、本気で言ってないとすぐわかった。だって手が震えてる。
ほら、ちゃんと持たないと落としちゃうよ。
だんだんと霞む視界を精一杯抉じ開けて、剣城の手にそっと自分の手を添えた。
お前も俺の名前呼んで、なんて贅沢言わない。ただ俺の自己満足だから、せめて。
「きょうすけ」
大好きなお前の名を。
*****
松風天馬。
松風、天馬。
まつかぜ、てんま。
まつかぜ。
てんま。
てんま、てんま、天馬。
俺は最近おかしかった。
気付くとヤツを見ていて、でもアイツは俺の視線なんかには気付かずサッカーやってて。
俺はアイツに視線を向ける意味も知らないまま感情の訳もわからないまま、監視者として、仲間になってからはチームメイトとして、終わるはずだった。
それがなぜこんなことになったのか。
呼ぶな。
呼ぶなよ。
馴れ合いを許してしまっただけでも酷いのに、これ以上お前は何を望む?
お前はサッカーを見ていたはずだろう。
こっちじゃない。
「きょうすけ」
絞めてるのはこっちなのに、途端喉を押し潰されたように息ができなくなった。
腕の力が抜ける。
支えを失った天馬の体は地面にべしゃりと崩れ落ちて激しく咳き込んだ。
今にも気を失いそうな微睡んだ瞳をして、それでも見据えるのは俺の方だなんて。
肺の奥からせり上がってきた形容し難いこの塊を、人は何と呼ぶのだろう。
「俺より辛そうな、顔してる」
死ぬかと思った、なんて冗談まじりに息を整える天馬の姿に、胸の奥が黙って悲鳴をあげた。
痛くて苦しくて、それでもじんと響くこの現象に、名前をつけてしまったら俺は終わってしまう。
どうにかしたいと思っても日毎に強くなるそれに抗う術を生憎持ち合わせていないんだ。
だからせめて。
「ッ…」
心の内で声を枯らす。
【波紋を揺らすのはやはり君であってほしい】
back