円+京

目の前が一瞬にして真っ暗になった。奈落の底に突き落とされたようだった。
もう兄とサッカーが出来ないなんて、自分の愚かな振舞いのせいで。
哀しみ、慟哭、後悔、絶望。しかし最後に残ったのは憤りだった。
自分自身を許すことができない。
あの時自分がいなければ兄が傷つくことはなかったし、サッカーを続けることもできたのに。




そんな己がのうのうとボールを蹴っていていいのだろうか。
本当なら兄がやるべきもの。自分はやってはいけないものだ。だって自分にその資格があると思えないのだから。




フィフスセクターで任務を全うすれば、兄はまたサッカーができるようになれる。そうすれば、自分はサッカーをやる理由もなくなる。







「雷門を潰すことができれば…」




今は以前の栄光の欠片もない雷門のサッカー部だが、完全に腑抜けになったわけではない。そうでなければ、シードでないものに化身を出すことなど不可能だったはず。
やる気をなくした雷門に革新を起こした松風天馬、やつも気になるが真っ先に警戒すべきはあの監督だ。
どういった手段を使って今の地位に収まったのかは知らないが、かつての雷門の栄光はあの人が作ったと同義だと聖帝はおっしゃった。
監督、円堂守がいなければ、今の雷門を潰すことなど造作もないことなのに。













「お、ここにいたか剣城!」


思考の海から急に引き戻され、剣城は気だるそうに声の方へ首を捻る。今一番見たくなかった顔がそこにあって、しかも剣城が一番見たくなかった表情をしていた。
考えが全て見通されそうな、ただの笑顔ではない意味深な笑み。








「剣城、練習参加しないか?」

「…」




関わると面倒だ。
もたれ掛かっていた壁から背中を浮かせ無言で立ち去ろうとした剣城を見て、円堂は笑顔を張り付けたまま口を開いた。





「お前、雷門を潰すって言ってたよな」

「……そうだ」

「お前一人でそんなこと出来ると思ってるのか?」

「出来る出来ないの問題じゃねぇ、命令は絶対だ」

「そうか。じゃあお前の命令は達成できそうにないな」

「なんだと…?」

「サッカーは一人でやるものじゃないからだ」





何を言ってるのか、剣城には理解できなかった。サッカーは一人でだってできる。雷門に最初来たときだって一人でセカンドチームを倒したし、練習だって皆仲良くなんてヘドが出る。
円堂はそんな剣城の表情を読み取ったように苦笑した。それがまるで同情しているかのようで、剣城は眉間の皺をより深くして、俯いた。
こいつさえ、いなければ…!












「俺がいなくなっても、お前に雷門は潰せない」





顔を上げる前に、円堂は剣城の頭に手を置いた。




「もし俺がいなくなったとしてもあいつらはやるさ。本当のサッカーを取り戻そうとする。今だって、俺は少し手助けをしてるだけ、行動してるのはあいつらなんだ」


今はまだフィフスセクターが恐くて、一歩を踏み出せていないけど、と付け足して柔らかく剣城の頭を撫でた。じわりと手のあたたかさが流れていく。
ふいに小さい頃、まだ兄の足が動いた頃、喧嘩して仲直りしたときに撫でてくれた兄の手の温もりを思い出した。


『ごめんな京介、ちょっとやり過ぎた』

『に、にいちゃ…ぁ』

『はは、そんなに泣くなよ』

『だってぇ…!』

『京介、こっちおいで』






そのぬくもりは、とうに記憶の彼方へ追いやったと思っていたのに。
頼らないと、決めたのに。















「剣城…?」
『京介』






呼んでいる。
呼んでいるのは、






「おい、剣城!」
『京介!』













『サッカーやろう、京介!』






















ぱしん、と乾いた音が響いた。
円堂の瞳が若干広がって、剣城を見ている。
円堂の手を払い除けた後、手を深くポケットに突っ込み踵を返して立ち去った。
一刻も早くその場から離れたかった。
ポケットの中に入れた手を、剣城は爪が食い込むほど強く握った。ほとんど無意識の行動で、今はその痛みがかえって心地よかった。












去ってしまった剣城の背中を追いかけるでもなく、はねつけられた手を開いたり閉じたりを繰り返してじっと見据えてみても、瞬間剣城が固まった理由はわからない。
けれど剣城は心に何かしこりを残している。それがおそらくフィフスセクターに入ったことと関係しているのだろうが、まだまだ彼の領域に足を踏み入れるのは難しそうだ。しかし、この程度で終わる円堂ではない。

叩かれた方の手でバンダナを掴むと円堂は何かを呟き目を瞑った。
次に開かれたとき、閉じる前とはまた違った決意に満ちた目が覗く。























【始まりは、すぐそこ】












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1番初めのイナGO小説。
記念に。

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