磯→京

シード養成施設時代から剣城の噂を聞かなかったことはない。
テクニックやパワー、実力は申し分なし、教官たちも剣城だけは特別扱いだった。
それだけに同期や先輩からは当然妬みの対象になり、剣城もそんなやつらとつるむ気はなかったのだろう、大抵一人でいた剣城に興味を持ったのはちょっとした気分に過ぎなかった。



「おいお前、剣城だろ。ちょっと相手してくれねぇ?」

「…」

剣城は個人の練習ルームでシュート練習を行っていたようで、周りに転がるボールの多さがそいつの努力の軌跡を物語っていた。
なるほどね、と自分なりに納得する。
剣城は磯崎を興味がなさそうに一瞥して去ろうと背を向けた。その瞬間、磯崎は瞬時に体重を落としシュート体勢を作る。噂が本物かどうか、確かめてやろうと。
ボールをフィールドに置いたまま滑るように回転をかけ、摩擦熱で火をつける。地が抉れ更に高まる回転。
磯崎の足が後ろに高く上がる。


「バウンドフレイム!!」


大きく跳ねたボールが火をまとい剣城の後頭部目掛けて迫る。そこまで距離はないため迎え撃つのは不可能なはずだ。頭をカチ割るぐらいのつもりで蹴ったが、的はそうやすやすと的にはなってくれなかった。
剣城はチラリとボールを確認し、一歩だけ、左にずれた。
磯崎の放った必殺技は、剣城のすぐ右隣を通りゴールネットに突き刺さる。
バウンドを繰り返すボールのタイミングを見極めなければそこまで軽々しく避けれまい。判断する時間は極僅か、瞬時にそれをやってのけたなら動体視力もいいのだろう。
しかも、ゴールに入りリバウンドしたボールを、磯崎に向かって蹴りつけたのだ。真っ直ぐ磯崎の顔ギリギリの場所を狙って、掠める程度に。
頬を切っていった一瞬の鋭い風が磯崎の髪を大きく揺らす。

磯崎は薄く笑って参ったねと肩を竦めてみせた。これは教官たちが騒ぐわけだ。

「さすがだな剣城。近々ゴッドエデン行きも決まったらしいじゃねぇか」

「…」

「でもこんなに練習する必要あんのか?強さを求めてここに来るやつは少なくないけど、お前はもう強いだろ」

「ゴッドエデン行きは教官が決めたことだ。強いかどうかは自分が決める」

「へー、かっこいいこと言うな。強さを求めるのはフィフスを乗っ取るとか考えてるからなわけ?」

「オレはフィフスの地位を願うわけじゃない。周りのやつらと同じに…」


剣城はハッとして途中で口をつぐむ。磯崎は首を傾げたが、剣城は磯崎に背を向け抑えるような口調で言った。

「なんでもない。今のは忘れろ」

「は?どういう…」

「お前には関係ないことだ」

強い拒絶の言葉。これまで剣城が単独行動を好んだのはさっき口を滑らしたことを知られないようにするためなのか。


(わかんねぇやつ)


周りのシードたちは良い働きをして聖帝のお眼鏡にかなおうと必死になっているというのに、剣城は自らそれを望まないと言っている。支配されるのを拒むくせに、そのくせ力を求めるとはなんと傲慢なやつだろう。
それならばなぜフィフスセクターに志願したのか、もしくはフィフスセクターのスカウトに乗ったのか。誇り高きシードの一員となったのか。
剣城は口を閉ざしたままだ。


その日は練習場を後にした。剣城がもう口を聞いてくれそうになかったからだった。
次の日も剣城は練習場にいて一人でシュートを打ち込んでいた。一心不乱にネットを刺すその瞳はボールやゴールなんかを視界に捉えているにも関わらず何か別のものを映しているようで、磯崎はその目に映る何かが気になった。なぜ気になるのかはわからなかった。


「剣城」

「またお前か。練習の邪魔だ、帰れ」

「昨日中途半端になっただろ。続き、しようぜ」

「…いいだろう」


競り合いボールを確実にキープしてくる剣城の力は本物だ。だからこそわからない。力が欲しいならフィフスセクターに従っておけばいい。より良い設備、練習メニュー、教官たち、与えられる数々の特権。それを求めて剣城はここにいるのではないんだろうか。
サッカーなど自分の地位を確立するための手段でしかない。それ以上でもそれ以下でもないはず。それならば見るべき先は上に立つ理想、それが勝者のあるべき姿なのではないか。


お前は何を見ている?
お前は何を映している?






剣城は変わらずそこにあるサッカーも、高みも見てはいなかった。


















(負けた…オレたちが…?)

目の前の光景が信じられない。スコアボードは何回見ても万能坂の敗北しか示していなかった。
剣城が裏切ったことで沸き上がるのは怒りではなく一種の脱力感で、それも妙に納得しているのを客観的に見ている自分がいた。
あの時と今回、ずっと剣城が見ていた"何か"は、剣城が激怒した言葉と関係があるのだろう。松風天馬を助けたかったわけではなさそうだったこともある。
しかしこれ以上の詮索は無意味だ。万能坂は負けたのだから。


剣城を知ろうと近づくとその分だけ剣城は離れていった。結局剣城の"何か"を知ることはできず、剣城の抱く感情の破片すらも掴むこともできず、負けて悔しいという思いすら沸いてこない、欠陥だらけだと、己の無力さが腹立たしかった。
剣城はさぞかし愚かだと嘲笑っているだろう。無様なものだ。





なぜ剣城が気になったのか、なぜ剣城の見ているものが見えなかったのか、なぜ負けたのか、なぜ剣城は激怒したか。


虚無になった心の中で、残ったのは何もかもを嫌そうにしている剣城の顔で、気を抜けば真っ暗になりそうな視界と共に心の隅で僅か弾いた答えは、どうも納得したくはないものだった。






「おれは…剣城が羨ましかったのか…」










この手は憐れみさえ掴むことはできない。
お前はどうだろうな。
うっすら口角を上げた磯崎を、剣城が最後まで振り返ることはなかった。









愚かだと笑うなら憐れみでも良いからその手で触れてくれ





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きっと君を好きになる。さんに提出した磯京。京介に片想いというテーマで、真っ先に磯崎が浮かんだのでそのままガリガリしました。
今回は片想いだけど私はいつでも磯崎の幸せを全力で願ってます!!幸せになれ!!

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