以心が伝心するわけ(天京)

いつも通り学校へ行って部活をやって自主練をして、ヘトヘトになって帰ってきて秋のおいしい夕飯を食べ、風呂に入り気持ち良く寝付いたその日、天馬は夢を見た。


「ペガサス…アーク?」

『天馬、やっと話す機会が出来て嬉しいよ。私はこうやって君と話したいと思っていた』

「お前、いつも話しかけても何も言わないからしゃべれないのかと思ってた」

『本当はな。でも今は話せてる』

「でもお前…小さくない?」

そこは雷門中の旧部室のようだった。薄暗い室内に木漏れ日が差している。
化身であるペガサスアークはサッカー棟の天井にも届きそうなほど背が高いのに、今の姿は天馬が少し見上げればペガサスの顔がちゃんと見える、長身の男の人ぐらいの大きさになっていた。

『これくらいの方が話しやすいだろう』

「そうだけど…」

「曲がりなりにも夢の中、ということにしといてくれればいい」

「はぁ」

『それはそうと、本題に入らせてもらう。天馬、今から一つだけ君の願いを叶えてやろう』

「…え?」

『願いは何でもいい。人の死をなかったことにするとか、この人を殺したいだとか、生死に関わること以外ならなんでも』

「う、ちょ、ちょっと待ってよ!」

『なんだ』

「そんないきなり願い事なんて言われても…」

『信じられないか?そうかもしれないな。私が君と話していること自体半信半疑だろうに、いきなり願い事をしろと言われてポンポン願い事が出てくるほど君が欲深な人間でないことは知っている』

「そもそも、なんで願い事をペガサスアークが叶えてくれるの?おれ何かした?」

『したな』

「え?」

『決勝戦まで私と戦ってくれた』

「…それだけ?」

『それだけなものか。ドリブルしか出来なかった未熟な君が、私を出して、そして進化させた。私は感謝したいんだよ、天馬に』

「感謝」

『私の主が天馬でよかった。それだけ伝えたかったんだ。願い事などおまけみたいなものだよ。だからそこまで気を負う必要はない』

「そんな…感謝ならおれの方が言わなきゃいけないのに…!」

『天馬が叶えたいもの、当ててみせようか』


微笑を含んでペガサスアークは無邪気に言った。


『ランスロットの主と、もっと近づきたいと思っているだろう』

「ッ!なんで」

『私は天馬と常に一緒にいたんだ、わからないわけがない。シードだった頃からランスロットの主を気にかけていて、恋だと確信したのは二人で決勝への特訓をしていたときかな?』

「わーー!わかった!わかったから言わなくていいって!!」

『それを見かねて…というのも理由の一つかもしれないな。その願い、まるっきり叶えるのは無理だが手助けはできるぞ』

「ど、どうやって…?」

『それは起きてからのお楽しみだ。ほら、そろそろ起床の時間だ』

「ちょっとまってペガサス!!」

『夢から覚めれば私は元の化身に戻っているだろうが、天馬ならきっと成功する。信じているぞ』

「ペガサス…!!」


最後の言葉を言い終えると、ペガサスだけでなく旧部室共々背景は消え去り、その空間は真っ白になった。


天馬が気がつくと、そこはいつもの見慣れた天井で、工事のオジサンの形をした目覚まし時計がせっせと仕事をしていた。
天馬は冴えない頭としょぼりとする目で起き上がり、今まで自分は何をしていたのか思い返そうとした。信じられないことに先ほど見た夢を全て、一字一句間違えずに言えそうなくらい鮮明に覚えており本当に先ほどの出来事は夢だったのか錯覚と思い違えるほどだった。


しかしペガサスの言った手助けとは何のことだったのだろうか。
ペガサス自身は話せないと言っていたし、ペガサスが直接加担するわけではなさそうだ。それ以外の方法で手助けなんてできるのか、天馬には考え付かなかった。



「天馬ー!いつまで寝てるの、朝ごはん出来たわよ!」

キッチンから秋の声が聞こえた。天馬は慌てて返事をしようとした。


「ーーー…」


(あ、れ)


口を閉じた。
再度開けて秋への返事を発しようとする。


「………、…」


(…なんで…?)


パクパク餌を求める鯉の如く口を開閉したが、そこは開いて閉じるだけで今天馬がしたいと思っている最大の行為をさせてはくれなかった。


「天馬、返事ぐらいしなさい!」

いつまでも返事がないことに痺れを切らした秋が天馬の部屋に入り込むと、ベッドの上で顔面蒼白になった天馬が今にも泣き出しそうな顔で首を押さえていた。


「天馬…?どうしたの?」

異変を感じ取った秋の返答をも、今の天馬は伝える術を持たなかった。

















【以心が伝心するわけ】

















「天馬くん…風邪?」

狩屋が片眉を上げて天馬に聞いた。なにせ昨日までの彼は大いに喋り、人一倍友に語りかけていたのだ。そのような予兆は全くなく、風邪のせいで声が出なくなったという天馬を不思議な目で見るのは仕方のないことである。

もちろん風邪というのは嘘なので半信半疑な狩屋たちの方が当たっているのだが、夢の中でペガサスと話したら声が出なくなりました、なんていう話を理解してくれというのも少々酷だ。

「天馬くん、今日の練習は休んだ方がいいんじゃない?悪化させちゃうよ」

「そうだよ天馬!なんで風邪なのに頑張って朝練も来ちゃったのさ。サッカー好きなのはわかってるけど、体調管理できないやつがサッカーやるなって水鳥先輩が口酸っぱく言ってるじゃない」

その言葉はよくわかっている。しかし天馬は風邪なんて引いていない。朝の起きがけはかなり焦ってテンパったが、よくよく考えてみれば声が出ないだけで体は動くし目も鼻も通常通り。声が出ないだけで部活を休むなど、天秤にかけるまでもなかった。
しかし咄嗟に出た言い訳が風邪しか思い付かなかったせいでサッカーも無くなろうとしている。いつ戻るかもわからない現象を待つ、それまでサッカーができないなんて、天馬にとって拷問以外の何物でもない。当然反論しようとしたが反論の仕方が筆談しかない今の天馬では多勢に無勢もいいところだ。


「風邪だからと言って甘くみてはいけないぞ。治るまで部活は休め、いいな」
神童に厳しくたしなめられてはどうしようもない。
しぶしぶ頷き部室を出ていった天馬を部員たちは同情の目で見送った。ただ一人、皆の輪から外れ壁に背を預けていた剣城以外。











天馬自身、未だに信じられない気持ちでいっぱいだった。
ペガサスの言った手助けが天馬の声帯を機能しなくするだったのだとしたら、手助けというより邪魔な気使いではないのだろうか。しかしペガサスは天馬を信じていると言っていたし、ペガサスが天馬を苦しめる必要もない。
考えろ、天馬は早朝の教室で自分の席に座り腕を机に置いてうつ伏せた。
ペガサスは天馬の願いを叶えようとしていた。天馬の願いとされたのはランスロットの主、剣城ともっと近づけるようにするための配慮だったはずだ。


「松風」


途端聞こえた声に跳ね起きる。今正に考えていた人のものだと聴覚より脳が先に反応したのだ。
時計を見るといつもならまだ朝練の真っ最中のはずだったが、剣城はもう改造制服に着替えていた。


「途中で抜けてきた」


なんてことないかのような素っ気ない答えに天馬は驚いた顔を作ってみせる。口でゆっくり"なんで"と示すと、剣城は教室の中に入ってきた。
そして天馬の前の席に座りじっと天馬を見つめてくる。天馬は心臓が徐々に早まっていくのを感じた。

(京介がおれのこと見てる)

その行為に疑問を抱かなかったわけではないのだがそれ以上に見つめてくる剣城の瞳に自分だけ映っているという感覚がたまらなく嬉しかった。
天馬は口元が緩みそうになるのを堪えながら剣城が話すのを待った。天馬の目にも天馬を映した剣城の瞳が映っている。

「…本当に出ないみたいだな」

「…?」

「声」

開いた剣城の口からやっと出た言葉はまるでその事実を疑いたがっているというように聞こえた気がした。しかし剣城の整った顔は天馬を見つめるのを止め窓の外へ移される。
そんなことない、天馬は咄嗟に叫ぼうとしたが望んだものは喉から出てきてくれなくて、飛び出した空の息と一緒にまた喉の奥へ仕舞うしかなかった。


「そろそろ練習も終わりだ。戻る」


練習が終わったということはそろそろ部活以外の人も登校してくる時間ということだ。おそらく自分の教室にだろう。
控え目に机を鳴らし席を立った剣城をもう少し引き留めたいと思えど、声は出ない上に反対側の席に手は届かない。剣城に伝えなきゃいけないことがあるのに。

それでも天馬は紫の背中を見送ることしかできなかった。








部活に出れなくてもベンチで見ていたら、という信助の提案に天馬は乗ることができなかった。今朝はサッカーをしていたいという気持ちが強かったが、今はそんな気分にはなれない。
体調が優れないと伝え、まっすぐに河川敷へと向かった。木枯らし荘に帰らなかったのは秋が今日異常がなかったか根掘り葉掘り聞いてくるのではと思ったからだ。部活同様、そんな気分にはなれなかった。


天馬は途方に暮れていた。
ずっと心の中で温めて大事に大事に仕舞っておいた言葉は機を失って外に出れず、出す勇気もなくて今回の騒動だ。
これなら機会を待つなんてまどろっこしいことなど捨て思いきってぶつかればよかったと後悔ばかりが天馬の頭の中を螺旋が描く。ペガサスはこの後悔の渦を忘れるなと教訓付けたいのだろうか。それだけではないような気がした。







日も夕暮れに差し掛かり、太陽が一日を振り替えって頬を染める。かなり長い間同じ体勢を取っていたためか立ち上がったとき全身の骨がポキポキ鳴った。


この時までの時間で天馬はある考えを思い付いていた。
声を出さずに剣城へ思いを伝える方法、筆談なんてたいした文章力がない天馬がやったところで結果は目に見えている。天馬は剣城にメールを送った。


To.松風天馬
sab.件名なし
------------------
もう部活終わった?
お兄さんのおみまい行った後でいいから、河川敷にきてくれないか。
待ってる。

------------------



****************



天馬の声が出ないと知ったとき、剣城は言い様のない不安を抱いた。
それはとても小さく剣城自身も気づくか気づかないかのレベルだったが、それはだんだん広がって内側から浸食されるかのようだった。
風邪だと説明していた天馬から、いつもと違うほんの少しの焦りが伝わって、教室に向かう天馬を追うように剣城も教室へ行った。


剣城の目に写った天馬は剣城を見つめて輝いていて余計に不安が強くなった。
いつもたくさん伝えてくる口が動かないことが、こんなにも普段通りでなくて、そしてこんなに寂しいと感じてしまうとは。我ながらどうかしてると思う。天馬は今剣城が教室へとやってきた理由がわからないだろう。それでいい。
剣城は教室を後にした。背後でイスから立ち上がる音がしたが、振り向きたい衝動ははね除けた。



なぜ不安なのか、なぜ寂しいのか、答えは一つに繋がっている。不安なのはいつものようにたくさん伝えてくれないから。寂しいのは物足りないから。天馬は目でも話してくる。しかしあの声が、あの口が、開いて自分の名を呼ぶときの苦しさは、泣きそうになるぐらい明瞭で簡潔な事実を剣城に標してくれる。
剣城は標されたものを自分のものにしていいのか迷っていた。自分のものにするとそのことに支配されてしまうような気がして、怖かったのだ。そこまでわかっていてアクションを起こせないのはその理由が大きい。
恐れを断ち切る何かが、剣城には必要だった。





練習が終わり着替えを済ました頃、携帯が鳴る。
中身を確認した後に、剣城は兄に電話した。今日は病院には寄れない、用事が出来たと。
兄は快く了承した。


『京介』

「ん?」

『行ってらっしゃい』

「…行ってきます」


電話の向こうの兄はきっと笑っている。少し気が楽になった気がした。












日が沈み剣城が河川敷にやってきた。メールを送ってからそう時間は経っていない。お兄さんの見舞いは止めて、こっちに来てくれたのかもしれなかった。
サッカーコート側のベンチに座る天馬を目視して剣城が階段を降りてくる。
天馬は立ち上がり側にあったボールを剣城にパスした。弧を画いたボールを剣城は胸でトラップする。



「サッカー…か?」


天馬は大きく頷き、パスをくれと手で合図してきた。天馬のちょうど足元に送ると、親指を立てるポーズを取る。ナイスパス、と言いたいらしい。


剣城はフッと口元を緩め走り出す。天馬のボールに触れかけた瞬間、天馬はボールを蹴り体勢を変え剣城をブロックした。強気な目。簡単には取らせないという意思が見えた。


「甘いん、だよ!」

フェイントをかけボールを奪取するとしまったという顔で天馬が追いかけてくる。それを振り切り反対のゴールネットにシュートを打ち込んだ。ボールの勢いを受けたネットは大きくたわみ、勢いを消されたボールが転がる。


「まずは一点だな」

「…、!」

「オレからボールを奪うつもりか?やってみろよ…!」


き、と天馬の顔つきが変わる。どうやら本格的に力を入れるつもりのようだ。迎え打つ準備はとうにできていた。



言葉は出なくても天馬はボールにたくさんの言葉を詰めた。
剣城に届くように、剣城に伝えるために。
剣城のパスやシュートを受けるたびに泣いていると感じ取った時もあったように、天馬は目と、足からボールを通して剣城に語りかけた。



剣城の言い様のない不安や寂しさは、ボールを受けるたびに和らいでいた。天馬は口でも、心でも剣城に何か伝えようとしていると、ボールを蹴るたび伝わる天馬の何かは、剣城の気持ちを次第に高めていった。
怖がって迷って、その上でそれに支配されるのでなく、それと共に天馬の何かが一緒にあってくれると語っていた。



「てんま、」



競り合いの真っ只中、剣城は耳元で囁いた。



「天馬…」


無自覚で囁かれた剣城の声は天馬の中のペガサスにも届き、天馬の願いを当てた時と同じ微笑を浮かべたペガサスは、天馬の沸き上がる胸の高鳴りを少しだけ後押しした。







突然天馬が動きを止め、剣城を仰いだ。足元のボールが離れていく。同時に剣城も足を止めた。


「松風?」

「き」

「……え」

「す、き」


海より深く夜よりあたたかな瞳は少し涙を溜めていた。
暫く話さなかったせいで掠れる喉を精一杯開けて、天馬の伝えたかった全てに通ずる二文字は剣城に届いた。
カラカラになった声で尚も天馬は続ける。



「すき。剣城がすき。ずっと、シードだったときから。剣城が」


枯れた喉が詰まって咄嗟に咳き込んだ天馬の背中を、上から降ってきた手のひらが優しく撫でた。


「…おれ、剣城がすきで」

「…」

「そのことに最近気づいたんだ。でも伝えられなかった。怖かったのかもしれない、剣城に拒絶されるのが」

「…」

「国語苦手だからうまく言えられないけど、…うん、すきなんだ剣城」

「…随分いい加減だな」

「えへへ、そうかもしれない。だって他の言葉にしようがないもの」

「はあ…まぁ、でも伝わった。話せなくてもお前のボールから、サッカーから。…天馬の声が」

「そっかぁ。…ねぇ剣城、お前の返事は?」

「……聞かなくてももうわかってるだろう」

「うん。剣城のボールからも、聞こえたから」

「そうか」

「ねぇ、剣城」

「ああ」

「喉が渇いちゃって。剣城の、欲しい、な」

「…しゃべれるようになった途端これか。まだ喉、潰しといた方がよかったんじゃないのか」

「そうしたら剣城がおれに言わなきゃいけなくなるけど?」

「言ってろ」


くすぐったそうに笑った天馬は、背伸びして剣城に顔を近づける。剣城は瞼を下ろしていった。




(わかりあうっていうのは難しいことだけど)
(あなたのこころの芯ごと)
(抱き締めたい)




















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以心伝心は
こころを用いてこころを伝える
と解釈してます。

このあと天馬とペガサスの夢の中の会話があったんですがダレたのでがっつりカットしました。
ペガサスは天馬の恋を全力で応援してます。
イナイレの人たち特にGOの子たちはサッカーやればなんでも解決すると思ってそう。イナGOのボールもといサッカーは人と同等かそれ以上にありますよね…




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