1周年 | ナノ

.……と言う訳で、世界は俺のモノになった訳です



無事サッカー禁止令が解かれたことで河川敷にもサッカーをやる人たちの姿が帰ってきたことに秋や葵や信介たちと、時空最強イレブン集め、フェーダとの戦いを振り返った次の日訪れた場所が天馬のよく知る河川敷であったことを再認識してやっと肩の荷が降りたような安堵感でいっぱいになった。
元の正常なタイムルートに帰還した天馬たちはやはり疲労困憊しており、まずは体を休めろとの監督命令でサッカー部は暫く休部ということになっている。しかし天馬がサッカーボールに触らずに大人しくしていられることがあるなど、それこそ天変地異の前触れほどに大変なことだ。今だって河川敷まで来た目的は決まっている。堤防から見下ろした眼前には青く香る芝生と足で駆る弾んだ合図。体の芯からふつと沸く震えは染み渡り溢れ出して、喉の奥から吐き出さないとどうにも息詰まってしまいそうなほどだった。

深呼吸で高ぶりを抑えいざ階段を降りようと足を上げた瞬間、突然くん、と体の重心が後ろに傾いた。意思とは代わった重力に従順に引かれ叩きつけられるかと反射的に身構えたのも束の間、

「…やっぱりここだったか」
「っ剣城!」

倒れる寸前の天馬の体を片腕で軽々受け止めた剣城は崩れた体重を預けるままだった天馬に起きろと促した。慌てて腕から離れる。

「剣城、いつの間にいたの?ありがとな助けてくれて」
「…倒したのはオレだ」
「…え?」
「あのままお前、芝生に突っ込んでく気だったろ。だから引き止めたんだ」
「普通に声かけてくれればよかったのに…ジャージ伸びるじゃん」

「そう簡単に伸びねぇ」との突っ込みには答えずなぜここがわかったのか問おうと思って、止めた。休めと言われて正直に聞く気などなく河川敷でサッカーをやろうとする天馬の行動くらい剣城にはそっくりお見通しだったのだろう。自分でもわかりやすいとは思っている。剣城の顔が見れたのは嬉しいのだが、サッカーやりたかったなぁという心の中の声がバレたのか剣城は肩をすくめ話の口火を切った。

「天馬、ちょっと付き合ってくれ」
「どこまで?」
「ペンギーゴ。スパイク見に行く」
「あ、おれも新しいの欲しかったんだ」

ラグナロクで善戦したため荒く使われたスパイクはそろそろ買い換え時を汚れと傷と共に訴えていた。天馬の足元を一瞥した剣城はよくその状態でやろうとしたなと言外に目で語りため息を吐く。HRの決勝戦前、ボロボロになったスパイクを使い続け見咎めた鬼道に備品管理も健康管理と同じくらい大事なことだと言われたことをなんとなく思い出した。


***


無事気に入る物を買えアーケードをぶらぶらとしてからGマートを通りかけた時、唐突に思い出したかのように天馬はあっと声を上げた。

「どうした?」
「ボリボリくん!ボリボリくんのホットケーキ味出たんだった」
「ホットケーキ…」
「美味しいって小暮さんが前話してたんだ。買ってこ剣城!」
「オレは遠慮しておく…」
「えーー、一緒に買わないの?」
「普通にホットケーキ食べればいい。それにアイスなのにホットってのが…」
「細かいなぁ剣城は。うーん…じゃ半分こ」
「…味みるだけだからな」
「わかってる!」

GOサインを出された子犬のごとく駆けて行く天馬の後を追う剣城も嫌がっているわけじゃない。これが自分たちの温度だと、楽しんでいるようだった。ジャージのポケットに手を突っ込んだまま慌ただしく自動扉をくぐった天馬に続いて店内へと入る。さっそく目的の品を見つけたらしい天馬が剣城の名を大きく呼んだ。緩みそうになる口元を引き締めてできる限りの無表情を心がけるがそれでもこの頃抑えきれない時が多いから困っている。困っているような表情は上手く作れていないことも、わかっていた。


***

差し出される棒についた四角の黄色っぽい塊が未知の食物にしか見えず取り敢えず臭いを嗅いでみた。鼻を近づけるとヒンヤリした冷気とメイプルのようなカラメルのような独特の香りが掠めたがそれ以上の匂いは感じられない。恐る恐る手から受け取り天馬の方に視線を移すと無言で頷き食べることを要求される。確かに味見はすると言ってしまった手前後戻りはできないわけで。覚悟を決め天馬の齧った方とは逆の場所を目掛けてかぶりつき舌で閉じ込めればなんのことはない、パッケージに示された言葉と自分の味覚は一致した。

「…ホットケーキだ」
「だろ!?すごいよ!ほんとにホットケーキの味!」

再現度は凄いと思えど溶けるまで咀嚼して嚥下してもそれ以上の感想は出てこず、同時にやはりわざわざアイスにする意味はわからなかった。それでも食べたいと言った本人は美味しそうに食べていたので良しとする。

粗方形が無くなってきた頃に河川敷に着き、いつものベンチに腰を下ろし天馬が最後の一口を含んでから顔を近づけてきたので剣城も応えるように体勢をずらし口を開けた。既に天馬の中でほとんど液体になったものを絡め吸い上げて少しずつ生暖かく喉を下っていく感触に酔いそうになる。先程食べたときはそれほど感じなかった甘さも新たにホイップクリームとさくらんぼでもトッピングされたように味気を増し剣城に迫った。全部飲み込み離れた後も縁から落ちる雫の一滴でも至高の宝のような気がして、唇まで辿るように流れた軌跡を追いかけるとふつり笑った天馬に当たって再度重ね合わす。

「…美味しかった?」

聞くまでもないだろうに、わざとらしいな。肯定したのを満足といった風に頷いて見せる。

「次に目指すのは世界だね」
「怖いか?」
「まさか。おれたちは時空最強イレブンの一員だったんだよ?代表選抜だって、なんとかなるさ!」
「…そうだな」

剣城に見えている視界はもう溢れんばかりでこれ以上入る体積は持ち合わせていない。世界など行かなくても足りているなんて贅沢な志向じゃないか。

「天馬、…少しだけサッカーやってくか」
「ほんと!?やったー!!」

いい終わる前に荷物から新品のスパイクを取りだしジャージの上着を脱ぎ出す天馬に倣って剣城も準備をする。この幸福感がずっと続けばいいと月並みな気持ちが浮かんで、天馬が呼ぶ声を耳に留めながら走り出した。








.……と言う訳で、世界は俺のモノになった訳です


(もう手にしていた世界)


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