天京(※瞬木視点)


瞬木含むジャパンメンバーの中の松風と剣城は一貫していた。雷門のエースとキャプテンをしていたという二人は気づけば休憩中や練習後二人でボールをいじり、キーパー練習の付き合いが悪いと井吹は愚痴り、練習中は他のメンバーのためにパスなどの際声を出すように決められたが二人の場合アイコンタクトだけでも余裕で息のあった連携を取るだろうと皆帆もしみじみ頷き、シュート前の剣城へのパスは毎回的確で計算された良いコースだと真名部は指でスコープを作り、九坂はどうやったら森村とあれほどまでの連携を取れるだろうと首を捻り、無言で差し出されたドリンクとタオルを礼一言でそちらに目を向けることなく受け取った彼らに対してさくらと鉄角はエスパーじゃないかと感心したと語ったくらいだ。
つまりお互いを認め合った親友のようなポジション。そんなようなあやふやありき、曖昧な関係で、皆は納得していた。それ以上言いようがなかったということもある。

そのため、にわかに騒がしい食堂の中心にいる彼らを、瞬木が何かの冗談ではと真っ先に疑ったことについて言及する必要はないだろう。

「天馬、今日はもう大人しくしてろ。お前が崩れたらチームを引っ張っていけなくなる」
「わかってるよ…でも剣城が居なくたって」
「確かにキャプテンでも他のポジションでも誰かが欠けたら駄目だ。…でも俺は、」
次に繋がる言葉を続けようとした剣城の口が一瞬はく、と動いて押し黙る。そのまま眉間に皺を寄せ、天馬に背を向けて反対側の扉から出て行った。
用を足すわずかな時間に何が起こったのか、状況をいまいち掴めなかった瞬木が隣で難しそうな顔をしていた鉄角の肩をつつく。

「キャプテンたち、何があったんだ?」
「俺もよくわからん。ただ、剣城がキャプテンに怒ってて…」
それぐらいのことは入った雰囲気だけでもわかった。そうじゃなくて聞きたいのはなぜ怒っていたかだと急かすと、鉄角はさらに小声になった。そこまでせずとも皆聞いていたことだったはずなのだが。

「キャプテン、練習後に自主練してただろ、そのときヘマして怪我しそうになったって。剣城が助けなかったら次の試合に支障が出たかもって聞いたぞ」
「誰に」
「野崎」
なるほど噂好きらしい女の情報はやたら早い。けれどその場合松風は感謝こそすれ怒ることなどあるのだろうか。瞬木の目に松風の方もやや反発した物言いに見えた。言い合いに発展させたのが松風の方だとしたら、余計にわからない。
しかし瞬木の見方は若干の誤差があることにすぐ気がつく。残された松風は怒気を纏っておらず、どちらかというと少し拗ねているような雰囲気を出していたからだ。
夕食を食べた後だったもので幸い、食堂にいる皆は粗方食べ終えた後で、松風は集まった視線に向けて簡単に謝罪すると、さっと食堂を出て行った。

「どうしよ…キャプテンたち」
野崎が口に手を当てていかにも深刻そうに呟く。
「どうするったって、俺たちが何かできんのか?」
「同感だね。あれはきっとあの二人の問題だよ、僕たちが首を突っ込むことじゃない」
九坂が言うと、皆帆が得意の推理ポーズを決めた。
「それなら、僕たちより適役がいるじゃないですか」
そわそわ眼鏡を直しながら真名部が隣で黙りを決め込んでいた渦中の元チームメイトをレンズ越しに見やる。
皆の視線がそこへ集まった。

「…皆帆の言った通り、あいつらはあいつらで解決する。他人の心配より自分たちの心配をするんだな」
冷たく言い捨てると、神童は立ち上がり流れる動作で三人分の食器を片付け退出した。
残された瞬木たちがまた別の意味で嘆息したくなったのは言うまでもない。


剣城は練習時も試合中も冷静沈着、自分のFWという役割をわかった上で全体を見、行動しているところは尊敬できる。なにより自分のやるべきことがハッキリわかっているというのは瞬木の中で苛立ちを感じさせない最善のこととして扱われたからだ。ただ、おそらく元のキリリとした端正な顔つきのせいだとは思うが普段キツめな表情をしてることが多く、もう少し愛想を振りまいた方が楽に生きられるんではないか、とは思っている。孤立しそうなタイプだと、特に自分には関係がないとわかりつつも改めて考えると、瞬木の中の剣城は大方そのような感じだった。
一方松風は、チーム全体に風を吹き込む旋風のような、落ち込んだりここぞという時に励まされるとなんとかなりそうと思ってしまうときもこの短い期間で何度か瞬木自身感じている。けれど腹の中では何を考えているかわからない善人でお人好し、お節介一歩手前。表面上ではキャプテン面していても、後で何が起こるやら、絆される危険は考慮していかなければならない。瞬木は松風が嫌いではなかった。とはいえ好きでもない。キャプテンという立場故、仲良くしておくに越したことはないと思っているだけ。


「キャプテン!ここにいたんだ」
部屋を抜けて少し歩くとトントン、とボールを蹴る音がしたのでまさかと思えば案の定、松風は宿舎近くにある木の根にボールを当てていた。大人しくしていろと言われたのではないのかこの人は。声をかけると上手くトラップして瞬木、と呼びかけてくる。
「なんだ、心配して来てくれたの?ありがとな」
何を勘違いしてるんだか、と少し癪に触ったが顔には出さず、軽く肩を竦めてやる。
「大人しくしろって言われたんだろ、また剣城に怒られるんじゃないのか?」
皮肉っぽく聞こえただろうか、言ってから心配するフリでもした方がよかったかなという危惧は必要なかったとすぐわかる。松風は特に気にせずにああ、と納得したように苦笑した。
「剣城だってわかってるよ、俺がボール蹴らなくなることなんてありえないって。それに剣城はボール蹴るなとは言ってない、大人しくしてろって言った。どういうことだかわかる?」
「え?」
「怪我しない程度にやれってこと。だからドリブルじゃなくてパスの精度あげてる」
木の根向かって蹴られたボールは若干の誤差はあるもののだいたい的にしている根っこにボールの跡をつけていて、瞬木は松風がさらにわからなくなった。
始めは喧嘩なんかする仲ではないと思っていた。それでは少し語弊があるが、ようするに大部分の彼らは互いを信頼していて、つまりは仲が良すぎることから喧嘩する姿が想像できなかった、と言った方が正しいだろう。
しかしその認識は違ってたようで喧嘩は実際起きた。が、少なくとも松風はいつもと変わらず喧嘩など取るに足らないものだとでも言うような態度と雰囲気を取っている。本当にあれは喧嘩だったのだろうかと思い直してしまいそうになるのを剣城のしかめっ面を思い出して誤魔化し、また木の根に向けボールを蹴り始めた松風を見やった。そうだ、ここに来たのは別に剣城と松風が喧嘩をしたとかしないとかそういうことを聞きに来たのではない。

「キャプテン」
「なに?」
「剣城とキャプテンって、どういう関係なんだ?」
ただのチームメイトにしてはどうにも諸々出来すぎなような気がした。神童も同じ雷門のチームメイトのはずだが、神童に対する信頼と剣城に対する信頼が纏うものが同じかどうか判断しかねる。
瞬木が真に聞き出したいのはどれほどキャプテンとエースの仲が良い、という度合いの話ではなく、『なぜただのチームメイトというだけでそこまで信頼できるのか』だった。
チームにはある程度の信頼関係は大切だと思う。なんといっても団体競技である以上避けられはしない。だからと言って必要以上に傾倒してしまうのは如何なものかと瞬木は思うのだ。
今回の件に関して、いつもならくだらないと特別興味も持たなかったろう。何がそこまで瞬木を突き動かし、疑問を高め行動したのか、実のところ瞬木自身にもよくわかっていなかった。

松風はパチクリ瞬きをし、後に僅か首を縮こませ口だけ笑ってみせた。この人には珍しい、これまた表情の読みにくい。
「剣城ってさ、」
瞬木が解読を試みようとする前に松風は口を開き、瞬木に座るよう促した。大人しく従い腰を下ろす。太陽が日中暖めた地面はコンクリートほどでないとはいえジャージをじんわりぬるくした。松風も隣に座る。
「剣城はサッカー好きなのに嫌いだったんだ、可笑しいだろ」
ふふ、と笑う松風はさっきの表情の見にくい顔をもう崩していて、瞬木はどう反応するか瞬間、迷った。松風は返事を期待したわけでなかったのか、そのまま瞬木ではなく正面の宿舎を見上げる。

「俺と剣城ってさ、最初敵同士だったんだ」
出会いはたぶん最高とは言えなかったけど、でも剣城はサッカー好きなのに嫌いで、それで剣城も辛かったんだって気づいて、剣城のサッカーも泣いてたんだ。自分の気持ちに嘘をつくのは悲しいことだって、剣城だってわかってたはずなのにね。一緒に練習するようになって、一緒に勝ち上がって、一緒に秘密の特訓して、一緒に戦ってくれて、一緒に優勝した。
その後も剣城は俺を支えてくれた。キャプテンとしてまだまだひよっこのおれを、励ましてくれた。それこそ何度も。何度も。直接的な言葉じゃなくて、剣城はいつだって不器用だったけれど。それでも剣城がいたから。
剣城は、いつもおれに支えられてるって、言うんだけどね。

「うん、…そんな感じ!」

瞬木は盛大に眉根を寄せた。この時ばかりは思わず顔に出た。何がなにやらわからない。確かに雷門がHRを優勝したことは知っている。その他はさっぱりどころか抽象的すぎる。説明になっていない。
そもそも瞬木は二人の関係を聞いたのだ。抽象的だが、信頼と言うよりは…だって、これではまるで。

「なんだか惚気られてる気がするんだけど?」
ゆっくり極めて良い笑顔を作り松風に差し出すと、それを上手く跳ね除けるように、満面の笑みを返される。

「だって、惚気てるんだからね」




剣城はね、口数は少ないけど、それだから無駄なこと言わないんだ。10考えてからじゃないと1と言わないし、100考えても1を言ってくれるかわからない。だから、今回だって剣城は俺にあれだけ言うために少なくとも50は考えた。だから俺は剣城の50個の中でマーブルみたいに合わさった、その1個を大切にするんだ。





「剣城、心配かけてごめん」
次の日の朝食時、松風は皆の前で剣城に謝った。それから剣城にそっと耳打ちをすると、なぜか剣城はもみあげの下に隠れきれていない耳やら頬やら真っ赤にして目を丸くした後、そっぽを向いて知ってる、と一言放った。
瞬木は嘆息しながらそれを興味なさげに、しかし視線は反らせず昨日の話は内心に秘めようと決めて、ざわつく食堂内唯一、一番冷静に見守った。

ああどうやら、惚気だったと言うのは本当だったようだ。










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拓「だからあいつらの問題だって言っただろう?」

結局こいつら喧嘩ではなくて怪我に敏感な剣城が心配してただけでしたってオチ。
天馬と京介の立場は同等だろうと思うので、言いたいことはお互い言うけど、京介は普段一歩下がって天馬を見ている分心配かけるな、だとかそういう小っ恥ずかしいのはなかなか恥ずかしくて天馬が察してくれる、とか甘えてたりしたらいいな。
瞬木くんここまで捻くれていたらいいっていう妄想でした。




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