天京の日(2013)

支部にも投稿しました、天京ちゃん尊い。
雰囲気短文です。






「おれが消えたらどうする?」

藍灰の目は部屋の電光に反射して瞼の影を落としていた。剣城の黄金が確かめるように細められ、伏せた睫毛と鼻先が交わり擦り合わされる感触を拭って、剣城は薄い唇を開いた。


今日の分の練習はとうに終わり、就寝時間も近づいてくる。剣城は独りごちて机に立てかけた写真の中の柔和な微笑みを見つめていた。
にいさん、声もなく転がされた愛しい呼び名はなによりの心の支え。イナズマジャパンが勝ち進むにつれ剣城とて、今後の不安を感じないわけはない。期待と折り混ざる混沌とした胸の内を剣城が吐くことはなかったが、その変わりため息をつく前にこうして兄の顔を確認する。そうすると、少しはまともに動けるようになってきたメンバーや、何を考えているのかわからない監督の思惑を推察する心労も和らぐような気がした。

「剣城」

控えめなノックと、声で誰だかは瞬間的にわかる。剣城は返事をせず立ち上がると、扉の開閉ボタンを押した。
空気の抜ける音、現れた茶色の渦巻きと灰の瞳はやはり力なく揺れていた。

「どうしたんだ」
扉が閉まらないよう右手で止めて、迎え入れる。天馬はまだユニフォームのままだった。
「ちょっと、ね」
それにお前の部屋に来るのに理由なんているのかと微笑まれてしまえば、妙に納得してしまう自分がいた。表情や行動に出ていなくても剣城の気持ちは天馬の声を聞いた時から弾んでいる。
ベッドの端に座らせ、剣城は先ほどまで座っていた机の椅子に腰を下ろした。行動を目で追っていたらしい天馬が机の写真に気づく。

「優一さん、元気かな?」
「ああ、今朝も電話したんだ。今日はこれだけ歩いたって、報告してくれる」
「じゃあ一緒にサッカー出来る日も近いよね!楽しみだなぁ」
「ああ、天馬にも相手を頼みたいといつも言ってる。俺たちとフィールドを走りたいって」
胸がジンと疼いた。天馬もつい動いてしまう口のことを知っているから、心底嬉しそうに笑って、剣城を手招きした。促されるまま隣に座る。
そのまま一瞬見合わせて、見つめ照れた剣城の隙をついて天馬は唇を合わせた。そっと重ねてそっと割って、お互いの粘膜を感じるように、あたたかさを写し取るみたいに。時折交じる吐息と鼻息を皮膚からも確かめる。
犬のように口の端を辿り一滴の唾液すら逃さないと噛み付く天馬の手が、剣城のジャージの裾を握り布の皺を増やした。

「ねぇ、剣城」

息をついて倒れこんできた天馬をふわり受け止め、上目で見上げて来る眼に無言で相槌を打つ。くっ付いているところから天馬の体温が流れてきて気持ちがいい。

「おれが消えたらどうする?」

腕の中の天馬を見下ろすと、グレイが基調のぐりぐりした目は剣城の中を曖昧に透かして見ているようだった。とくりと動くその音が天馬には聞こえているだろうか。密着した胸の前にある茶色の頭に剣城の息がかかってつむじを揺らした。

「どうもしない」

茶色に片手を埋め剣城は黄金を隠した。
天馬が突拍子もないことを言い出すときは決まって何か剣城に求めている。

(お前が消えるまでは側にいる。消えずに済む方法があるならどんなことをしてでも消えさせない。それでもお前が消えたらどうもしないし、)
心の中でつらつら語って、舌に言葉を乗せる。いつも全部滑っていかないのは、剣城の性なのだろう。

「オレにはどうすることもできない。…ただ、」

ひとつ息をつく。
灰と藍の目を金に向けて、撫でる剣城の手を甘受していた。

「オレの中のお前の分だけ泣く、だろうな」

剣城は苦笑した。自分でも可笑しくなったからだ。こんなこと、形にするものではない。
ゆっくり瞼を上げると、こちらを見ていた瞳は青空より深く、湖底より淡い蒼になっていた。
そっか。
小さく呟いた体を抱き込んで、額に口付ける。
くすぐったそうに身を捩った、自分より一回りは小さな体が腕の中から抜け出し、お返しとばかりに真正面から抱きつかれる。
…ああ。
「じゃあおれが消えるまで、剣城に抱いててもらう」
締め上げられるのではないかと思うぐらい首に巻きつかれて、しかしそのまま自然に手を回して抱きしめ返せば、破顔した天馬がこれでもかとぎゅうぎゅう顔を押し付けてくる。
「暫くはお前で両手がいっぱいだな」
「おれの手もね」
イタズラっぽく煌めいた瞳にはもう揺れる波紋はない。剣城は首を振る。
「お前の両手はチームのためのものだろう?」
客観性と主観性は否なる。
天馬は剣城の本心も何となく理解できたのできたのだった。
「でもさ、今は剣城を掴んでるよ」
天馬のキャプテンとしての責任も、剣城の繋いでいたいちょっとした独占欲も、剣城の手にあって天馬の手にある。

「さっきの冗談、笑えないからやめろ」
若干拗ねた様子で耳元へ送り込む音色も、天馬にとっては心地良いゆりかごでしかなかったのだ。





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