天京天

※甘くはないです





京介は唐突に気づいてしまった。天馬とずっと一緒には居られないこと。ずっと一緒にこのまま抱き合って消えていくことなんて出来ないことを。それはあまりにも、突然のことだった。



天馬と眠るベッドの中で強い茶のくせ毛を撫でながら京介はほんのり影が差す天馬の頬に口付けた。キスはマーキングのようなものだと京介は思っている。こいつは自分のものだと主張するための手段だ。主張するのは主だって相手にだけ伝われば良く他人がどうとかは関係のないことだったが言うなれば天馬にお前は俺のものだといつも訴え掛けているようなものである。言葉少なな京介が気持ちを伝える手段のひとつで、それでもキスをした後くすぐったそうに笑う天馬を見ると深く考えているのも馬鹿らしくなるくらいぼうっとして頭の中は単純な感情の記号ばかり目まぐるしく駆け回り熱くなる己の心臓をあわや暴走させてしまいそうになる。
感情の起伏を表に出すことがあまりない京介にしてみればかなりの一大事であり天馬にだって本来なら見られたくはないものだ。それでも天馬が「京介の顔が見たい」と懇願してくるならばそれを拒否することなどどうしてできようか。

天馬のキスは手段なんて固いものではなく、自分の感情のままに溢れ出して決壊した愛を相手に移し共有させようとするもののようだ。された相手はもれなく天馬の大きく子どもっぽい純粋な愛情に包まれる。暖かくていつでも自分の中に閉じ込めて感じていたい、そんなキス。はにかむ天馬を京介が直視出来たのは天馬と恋人になって一番最初のキスぐらいだろうか。できた、というよりしてしまったに近くまさかされるとは思っていなかった不意打ちに負け数秒間見つめあいの末根負けしたのはやはり京介だった。

できることならこのままずっと抱き触れ閉じ込めてしまいたい。天馬がするキスのように、京介も溢れすぎているこの天馬への思いを移して共有してドロドロのチョコレートのように溶け混ぜあってそのまま型に嵌まった愛の形を食べて過ごしていきたい。
けれど、それは叶わぬ夢だと気づいてしまった。大人になればこうして一緒に夜を過ごすことだって少なくなり京介の気持ちも伝えられなくなってしまう。その時初めて京介はぞ、と背筋を凍らせた。冷や汗を滲ませる京介にはぐっすり眠る天馬の影が遠く感じた。

「てん、ま」

唇を流線を描く指で辿り影の冷たさを知る。






***

最近どうも京介の様子が変だ。あまり喋らないし笑っていてもどこか寂しそう。信介たちに聞いて見てもわからないみたいでなんだかモヤモヤした。京介が何か困っているのなら力になりたいと強く思うのだがいかんせん京介のように人の気持ちを敏感すぎるほど感じ取ってやることはできず、どちらかというと鈍感な部類に自分が入るとわかっていたから感じ取れないもどかしさが増していくばかりだ。だからといってそのまま何もしないなんてこと絶対したくない。そのままにしておいても京介は天馬に負担をかけたくないとかなんとか言って正直に話してくれる確証はないので勝敗は五分といったところだろうか。なにを勝ちと決め何を持って負けとするかは具体的に考えていなかったが、天馬は京介にちゃんと笑っていてほしかった。ただそれだけの単純で子どもっぽい理由。だけど紛れもない本心だった。

今日もまた帰り道、二人で帰る道すがら京介と他愛もない話をして、世界にはどんな強敵が待ち受けているかなんて期待をふくらませたりして。そうして話しているうちは普段の京介であるかに見えた。そればかりか京介をいつもより意識しているせいだろうか、一言一言を大事によく心で咀嚼して練った上で発する京介の言葉、長い四肢を動かすしなやかさ、瞬きするたび笑っている天馬を映しあたたかさをくれる黄金の眼がやけに愛おしくて、時折ふっと緩める口元が向けられるたび跳ね上がりその後動かなくなるんじゃないかと思うぐらい壊れたように鼓動する心臓を抑え付けることが出来なくなった。

「…ね、京介」
溶けた砂糖菓子を舐めたように、舌を転がす言葉が甘くなる。

「だ、抱きしめても…い?」

肝心なところで吃る自分の口に少しばかりの苛立ちを感じたものの、きょとと切れ長の瞳の張った顔を見ることができればそれもまぁありかと思えるぐらいには京介に溺れているのだ。寂しい顔も悔しい顔も悲しくても辛くても、支えて支えられたいなんて思うのは京介以外に考えられない。
ふわりと抱いた身体はやはり天馬より大きいせいで全て閉じ込めることは出来なかったけれど、ぬくもりが触れた先からじんわり溢れて溶け込む様はきっと例えるならよく混ざり合ったカスタードクリームと生クリームのコラボレーションのような、あまくて主張し合わずそのくせお互いの個性を損なわないマーブルを誇張しているかのようだ。ぬくもりを噛み締めていると背中におず、と掌が回された感覚がありますます気分が高鳴る。ああ、やっぱり、一緒にいたい。確認せずとも心のうちで何回も唱えた呪文のように、また天馬の中でその思いは強くなった。

「京介、おれな、…京介と一緒にいたいよ」
背中に置かれた手が僅かに反応する。
「京介最近元気ないみたいだから、何か悩みとか嫌なこととかあったらおれに話してほしい。おれ、京介には笑っていてほしいから」

背後の感触が強くなる。震えているんだろうか、急に不安になって、もっと強く京介を抱く。離れたくない。離したくない。そればかり天馬の頭の中で渦を描き眉根を寄せた。

「京介、…ずっと一緒に居ようね」

頬に触れるだけのキスをする。天馬の気持ちを余すところなく伝えたくて。少しでも助けになれますようにと願いをこめて。
ゆっくり離れた後京介はキスされた箇所を腫れ物を触るみたいに指先で探り、唇を辿った。

天馬は一言、「俺も」という京介の言葉を望んでいた。ただそれだけのことだった。






impossible dream

(可能性さえ分断される)




......................................................

現実を見過ぎて切望したものさえ手放す臆病者と、それに気づかない残酷な愚か者。




prevnext


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -