バレンタイン天京(2013)

2月14日はバレンタイン。好きな人や世話になった人にチョコをあげる日。それはチョコの売り上げを延ばそうとここぞとばかりに競争している菓子企業やメディアに乗せられているだけなのだが、密かに菓子好きである剣城からすれば食えない花などもらうよりチョコなどおいしいものをもらった方が幾分嬉しい。しかし今そこは問題ではなく、明日がその14日であることに剣城は唸っていた。


今日の某時のことだ。天馬は部活の練習後、明日はバレンタインだね、と前置きも無しに直球に言ってきた。どうせチョコが欲しいからくれと強請ってくるのを予想していたのだが、実際の天馬はこうだ。


「明日剣城だけのためにチョコ持ってくるから!期待して待ってて!」


剣城は目が点になった。てっきり用意するのは自分の方だと思っていたからだ。

「お、お前チョコなんて作れるのか」

「秋ネェが教えてくれるって!あ、味はちゃんと剣城好みの甘い感じにするから安心して!」


剣城は目の前が真っ暗になった。
明日のために天馬のためだと羞恥心を押して手作りバレンタインの売り場という名の戦場を駆け抜けやっとの思いで突破して、菓子が好きと言えど自分ではなかなか作らないため作り方を恥を承知で母に頼み教えてもらい天馬のために作ろうと意気込んでいたというのに。
前から自分勝手というか相手の気持ちを決めつけるというか空気が読めないとは思っていたがこんなところにまで影響するとは思っていなかった。
どういう経緯で自分がチョコを作るという考えに至ったのか聞いていないし今更聞いたところで無駄だろうが、剣城は少々ショックを受けていた。

「(オレのチョコは食えないと、そういうことか)」

剣城の中にはどちらか一方がチョコをあげるという概念図があった。
興奮したように剣城の手を握って返答を待っていたものだから、剣城は深くため息をついてその手を離した。

「……黒焦げのなんて持ってくんなよ」

「うん!」


眼前は真っ暗なのに天馬だけが光の中にいる。それはそうとも、天馬が悪いわけではない。
嗚呼、どうしようか。











剣城は家のベッドで仰向けに寝転がっていた。
問題なのは天馬の中でも剣城がチョコをくれるという選択肢が最初からなかったことだ。せめて交換しようと言ってくれればよかったものを、提案できなかった剣城のミスである。
剣城のチョコを食べたくないと思ったかどうかは定かではないが冷静に考えてみるとおそらくそんなところまで考えてないのだろう。基本的に短絡的なあの頭は剣城がどうしたら喜んでくれるかという思考で埋め尽くされ他の思考は存在する隙間がなかったのだ。確かにそのまま菊の花のようにバラバラに舞い散ってしまえそうなぐらい嬉しいが、それとこれでは話が違ってくる。
それにあらかじめ言っておけば持っていってありがとうで済むはずだろうに、もらえないこと前提で話されてはなんで持ってきたのか、理由を問われることになってしまう。
そんなもの正直に言えと思われるかもしれない。しかし、剣城が気持ちそのままに言うと、

「どうしても天馬の喜ぶ顔が見たくてオレもチョコ作ったんだ…。お前の笑顔、すごく好きだから」

恥ずかしすぎる。自分でその歯が浮くような台詞を言っている自分を思い浮かべるとサブイボが出そうだった。そんな台詞を面と向かって言えるはずがない。苦悶の表情を浮かべ剣城は枕に顔を埋めた。
そもそも計画していたことだ、チョコをあげるのはもはや別にいい。ただ交換ではない以上天馬が予想していないものを渡すことによって大事にならないか心配だった。
剣城は面と向かって渡す気は鼻からなく、天馬のロッカーに入れておいて事後報告でいいかと考えていたのだが、天馬は渡すと宣言したこともあり直接、なんらかの手段で手渡ししてくるに違いない。剣城はその場を誰かに見られるのが嫌だった。学校で二人きりになれるのは部活後の帰り道ぐらいだろう。その過程で部の連中に見られでもしたらまたおちょくられるに決まっている。剣城はうまくやる自信があったが天馬はそんなこと気にする玉ではない。

天馬が剣城に嬉しいと思ってもらいたいようにサブイボが出ようともこっぱずかしくてもそれが剣城の本心であった。剣城だって天馬と同じように自分で作ろうとは考えたが天馬が作るとは考えていなかったあたり、お互い様だ。天馬のこととなると短絡的で自分勝手、剣城も天馬と同じだった。
そうして逡巡して、剣城はゆるゆると顔を上げた。









翌日、バレンタイン当日、靴箱に入っていたり直接渡されたりした袋いっぱいのチョコを部室に置きに行くからついて来いと天馬を授業中だというのに連れ出した。
そんなに欲しかったのチョコ?と不思議がる天馬からチョコを受け取る。カップケーキの上に可愛いハート型のチョコが乗っていて、京介へとデコペンで書いてあり、それだけで嬉しくて卒倒しそうだったが、今日の目的を達成するまでは倒れるわけにはいかない。

息を飲む剣城に天馬が顔を覗き込むようにして首を傾げた。

「大丈夫京介?」

「…天馬、ちょっとオレの前に来てくれ」

「?いいけど…」

剣城は天馬にもらったカップケーキをしまう振りをして後ろ手に隠し持っていたチョコの簡易なラッピングをといていた。
そして、口に含んだチョコを一回少し噛み砕き何をやろうとしているのか不可解だという感じの天馬の胸ぐらを掴んで口付けた。

「ん…!?ふんん…」

口に広がるチョコの味。若干の苦味を感じたが構わず天馬の喉に押し込むように溶かしていった。トリュフ型の丸いチョコは、むわりとチョコの香りを放ちながら二人の中でとろける。溶けたチョコを嚥下した天馬はチョコの味になった剣城の舌に吸い付いた。

「ん…きょ、すけ」

「は…て…、んっ」


ひとしきりチョコの味を堪能してから、息を整え天馬が剣城に抱きつく。反動で一瞬傾く剣城の体。

「今のは、京介からのバレンタインのプレゼントってことでいいんだよね?」

「…」

「京介?」

結局、昨日悶々と考えていたことは自分勝手な想像で、自分の都合しか考えていないことに剣城は気がついた。自分の体裁など考える余裕など、天馬の前であるはずがないのに。
剣城は授業中に連れ出したことを謝って、一呼吸置いてからクルリともみあげを指で巻いた。

「美味しかったか?」

「へっ?」

「今食べたやつだよ」

「う、うん」

「オレが作ったやつだから…」


剣城はもみあげを弄ったまま俯いた。天馬を直視できなくなって、視線を泳がすのも恥ずかしくなった。
天馬の反応を見るのが恐い。


「……ふ、」

空気の擦れる音と感触がして、思わず顔を上げると天馬は、あろうことか爆笑していた。コロコロと剣城の服を握りしめたまま笑い出すものでぎょっとして天馬の制服を握る手を引き離そうと掴むと、背中を折っていた天馬が剣城を見上げた。

「おれ、今すっごく、幸せだー」

ふにゃりとまるでふわふわした綿毛のように柔らかく微笑んだ天馬に、剣城はかける言葉を失うどころか掴んだ手と、くっついた体と閉まらなくなった口をどう始末すればいいのか、わからなくなってしまった。

「ありがとう京介!」

あげる前はあれだけ考え込んでいたというのに、この時の剣城はそのようなことを思い出す余裕などありはしなかった。それより天馬が喜んでくれたという事実だけが頭を駆け巡り終いには涙腺まで緩みかけたほどである。

「…オレも嬉しかった。お前が、チョコくれ、て」

唇の震えを抑えやっとのことで絞り出した言葉に天馬が満足しないはずもなく、体躯に似合わない赤面を惜しげも無く天馬に向けたことを普段は頼りもしない神なんかに心の中で感謝した。

「京介、チョコ、それで終わり?」

「まだあるぜ…」

上着のポケットにとっさにしまった少し溶けかけたチョコを、京介はまた口に含んだ。

「…受け取りにこいよ」






【Give you?】












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乙女な京介書くのは楽しいですね!
京介はあれこれいらないことまで考える面倒臭い子だと思ってます。
でもいろいろ深いところまで考えるからこそ、考えるけど最後はなんとかなるで終わる天馬くんとやっていけるんだと思います。天馬のことになると心配性で乙女でヘタレになる京介ぎゃわ…
きっとこの天馬くんにペロペロされて幸せなバレンタインを過ごすこと
でしょう羨ましい





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