※ 雨白
「おじゃましまーす!」
まるでそこが自分の家であるかのように、ズカズカと乗り込んでくる雨宮。
そのことが慣れっこになってきていた白竜はいいからさっさと上がれ、と雨宮が脱ぎ散らかした靴を揃えコートを拾い上げた。
戸棚の中を探り数袋の菓子と麦茶を冷蔵庫から出して透明なグラスに注ぎ、さっき拾ったコートを腕にかけ自分の部屋に持っていくと、既に雨宮は白竜のベッドの上で寝転がっているのだった。
「なんだ、疲れたのか」
「ちょっとねー。あ、おやつ?」
「今日はスナック菓子はないぞ」
「えー」
「お前は食べ過ぎるからない方がいいだろう」
「ちぇ、まぁいいけど」
言葉とは裏腹に表情も声も楽しそうで、白竜はお菓子と茶の乗ったお盆を真ん中にある小さな机に置くと、腕に持っていたコートをクローゼットの中にかけて閉まった。
クッキーを齧る雨宮の机を挟んだ向かい側に座り、なんとなくその様子を眺める。
雨宮の動きはちょこちょこと忙しないもので、まるでリスかなにかげっ歯類の仲間に見えると常々思っていた。
白竜がじーっと見つめるので、雨宮は一枚クッキーを取り白竜の口元にまで持っていった。クッキーで口をつつくとかぱりと開いて口内に収まる。
噛み砕きながら白竜が眉を寄せた。
「俺はクッキーが食べたかったわけじゃない」
「そうなの?ずっと僕の方見てたから食べたいのかなと思ったんだけど」
「俺の家の菓子だぞ、そんなに卑しくない。クッキーじゃなくてお前を見てたんだ」
面白いからな、と鼻を鳴らした白竜だったが、雨宮にとってはその白竜の言動の方が面白い。
「白竜はリアクションが可愛いね」
思わず吹き出した雨宮に、白竜は心外だといった風にまた眉間の皺を濃くした。
「そうは思わん。それにお前のからかいは妙に勘に触るから嫌いだ」
そう、とまた雨宮は楽しそうに笑った。
菓子を食べ終えた雨宮はまた白竜のベッドにもそもそと移動し横になった。
なにを隠そう今日は試験の最終日で、たまたま日程がかぶったからこうして白竜の家に雨宮が半ば強引に行こうと言い出したのだった。中学は違うがよく雨宮が押しかける形で家に来ることがあり、今日の気まぐれも白竜はため息をつくだけに止めたのである。
試験明けの疲れももちろん蓄積されているのはわかったが、それに加えて雨宮は体が強くない。今のように静かに寝転がられては白竜も心配にならないわけではなかった。
「おい…大丈夫か」
「ん?うん、さっきも言ったけど、ちょっと疲れたし眠いだけだって。昨日徹夜だったし」
「またお前はそうやって無理を…!」
「別に、いいじゃない。僕の体は僕が一番良く知ってるよ」
「…もういい、なら寝ろ。特別に俺のベッドを使う許可をやろう。存分に寝るがいい」
特に考えるのが面倒臭くなった白竜が投げやりに言うと、じゃあそうさせてもらう、と雨宮は大人しく布団に潜り込んだ。
やれやれと読みかけの本を手に取りベッドに持たれかかる。
訪れた静寂に白竜が本の世界に浸り始めたとき、頭上から何か降りてきた気配がした。思わず首を倒す。
「あー…なんで避けるのさ」
「なにがやりたいんだお前は。寝たんじゃなかったのか」
「白竜の後ろ見てたら髪の毛が」
「髪?」
「うん。気持ち良さそうだなって」
怪訝な顔をして振り向く白竜に、上半身を起こした雨宮はふわりと白竜の髪に手を伸ばした。
もて遊ぶかのように撫でると束ねた白銀の房がパラパラと音を立てる。
くすぐったくて頭を降り髪を雨宮の手元から退避させると、膨れっ面になった雨宮がさらに口をへの字に曲げた。
「大人しくしててよ。フワフワで気持ちいいんだから」
「いいから、お前は寝ろと…」
「じゃあ白竜も一緒に寝よう!」
「あ、おい…!」
どこにそんな力があったのか、脇に手を通され持ち上げられる。しかしそれほど身長も変わらないために白竜の体全ては不可能で、中途半端にベッドの縁に背骨が突き刺さる形になってしまった。痛い。すごく痛い。
「…っわかった!わかったからやめろ!離せ…ッいったぁ!」
悲鳴に近い白竜の声にようやく雨宮は手を離した。ジンジンと痛みが後を引いたがしょうがない。大人しく寝転ぶと雨宮は幾分申し訳なさそうにごめん、と言ってきた。
別にいいと短く返し、雨宮の横でくちゃくちゃになっていた掛け布団を上からかける。もうなんだか疲れてしまっていた。
「白竜、寝るの?」
「お前が寝ようと言ったんだろう」
「…うん!」
白竜はそのまま目をつむり横向きになった。
おそらく、いや絶対に、屈託無い笑みをその顔に惜しみなく映している雨宮を、うっかり見ないようにするためだ。
後の話は、夢の後に。
【過ごす時間一秒一分】
(お前のペースに乗せられる)
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太陽くん相手になると途端に常識人ぶって保護者面する白竜と、白竜相手になると途端に子どもっぽくわがままで気まぐれになる太陽くん。
ラブラブにはならないけど友達以上恋人未満あたりの二人が好きです。
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