声が出ない。
喉が潰れたわけでも、口が切れたわけでもない。
ただ、声が出ない。

変わりに口をついて出てくる荒く熱い息が、過呼吸なほど苦しく京介の肺から食道を通って迫ってくる。なんとか飲み込もうとしてもせり上がる気持ちの悪いそれは次第に抑えきれなくなって、京介は目を見開いた。



眼前にある光景は今の京介を作った基盤とも言えるものだった。タイムジャンプにより半強制的にこの場に行き着いてしまったのは京介にとって悪夢の再再生に他ならない。だが京介はその光景に釘付けになってしまった。というより、足が地面に縫い付けられてしまったように動かなくなったのだ。

サッカーボールを楽しそうに追いかける自分。
この後どんな恐ろしい現実を叩きつけられるか知りもしない無邪気な自分。

歴史は動かない。ここでタイムパラドックスの改変を期待してなんになるというのだろう。もし兄さんの足が助かったらなんて、そんな、無責任な思い。
声が出ない。
ついでに、息も。


「う、おぇ、…っ!」


ビシャ、と地面に飛び散った液体を眺めながら、自分が木から落ちる音を聞いた。兄さんが自分を受けとめる音も。


『何を今更悲観することがある?これはお前の誤ちだ。運命だ。お前がこれまでのお前の人生そのものを否定する気か?』

霞む視界の端に自分が映っている。ゴッドエデンの選手用ユニフォーム姿で、高圧的にそれは話し始めた。

『兄さんがサッカーをやりたくてもやれなくなったのは俺のせいだ。そのためにフィフスに入った。お前も気がついてるんだろう?兄さんが時折俺のことを恨めしそうな目で見てること。兄さんもきっと無意識だ。だけど、事実でもある』

「、がう、…兄さんはそんなこと」

『お前はとっくに事故のことも、兄さんのことも受け止めた上であいつらと接しているんだと思っていたがな。兄さんも手術が決まったし、術後の経過もいい。お前は心底安心していたはずだ、これで俺の罪が軽くなると』

『違う!オレの誤ちは軽くなんてならない!どんなに時が経ってもだ!」

『じゃあなんで松風たちとサッカーなんてしてる。許してもらったからか。お前は仲間だと、認めてもらったからか。それだけで本当に、あいつらと同じ立ち位置に立てたと本気で思っているのか』

「っオレ、は」

『お前のせいだ』

「ッ!」

『俺がフィフスに入って辛い特訓をしなくちゃならなくなったのも、兄さんに恨まれるのも、松風たちとサッカーしてるときでさえ時折素直に喜べないのも…!』


高圧的にしゃべっていた自分は、いつの間にか泣いていた。
口の中が嘔吐物で酸っぱくてまた吐きそうになるのを堪えながら、京介は下唇を強く噛んだ。鉄の味が広がって、不快感を煽る。


『お前のせいだ、お前の、お前が!お前が悪いんだ!!』


堰を切ったように感情の波が溢れて、涙として流れていく。
それは黒く濁ったコールタールのようで、自分はここまで醜かったかと目を伏せたくなった。
その時咄嗟に浮かんだ風の音を、京介は一生忘れることはない。




「天馬…」













【間違い探し】

(だって、どうすることもできなかった)


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -