1.「いきなりだが、愛を語ってくれ!」 「ついに頭がおかしくなった!?」


澄んだ湖畔だとでも言うのだろうか。霧野の碧眼はきっとそんな感じで比喩されるんだろうと僅かな片隅に残った妙に冷静な部分で考えていた。実際には狩屋にそんな部分あったことが不思議なのだが。余裕なんてものついさっき飛ばされてしまったのだ。
じっと狩屋を見つめるその瞳に浴びせられる視線に耐えれなくて、ついに狩屋は勢いよく顔を逸らした。
霧野が不服そうに狩屋を呼ぶ。


「黙りしといてそれか?もうそろそろ部活始まっちゃうぜー」

「煩いですっ!だいたい霧野先輩がそんなに見てくるから…」

「恥ずかしくなった?」

「なっ」


図星を指されて頬がみるみる赤くなり湯気が上がりそうなほどだ。明らかに反応を楽しんでいる霧野を睨み付けてみるが涼しい顔で口角を上げるのをやめない。

「そんな難しいこと言ってないぞ。今更恥ずかしがることか?」

「だから、そうやって改まって言うのが嫌だってあんた解って言ってるんだろ!」

「当たり前じゃん」

「…性格悪いですね」

「お前ほどじゃないさ」


諦めろ、と言ってくる碧眼にそもそも要求されている行動に意味はないことを盾にしようと考えてみるも軽くあしらわれる図しか思い浮かばなくて止める。
いきなり愛を語れだって?意味不明だ。
それを一つの暇潰しとして楽しむ霧野も、意味不明だった。
誰もいない教室で愛を語り合うなど(今は一方的に語れと言われているわけだが)中学生の男二人でやることか。例え容姿だけみれば一方は女にしか見えなくても、実質学ランを着ているのだから異質であることに変わりはないはずだ。


「そんなに嫌か?」


霧野が暇そうに結っていた髪をとき始めた。長い桃色の髪がバサリと落ちてシャンプーの香りが鼻孔をくすぐる。


「だって…どう語れっていうんです?その…す、…きとか言えばいいんですか?」

「うーん、本来語るっていうのはそういうんじゃないと思うけど…まぁいきなり狩屋には無理だったな。じゃあ一言でいいよ。オレが満足できるような、甘いやつを」


無理、と聞いてムッと血が上りかけたが、次の瞬間そんなこと気にすることが出来なくなった。
対面していた霧野が席を立ち、狩屋の椅子に割り込んできたのだ。近くなる髪の香りに心拍数が上がっていくのがわかる。桃の髪をふわりと耳にかける仕種なんて解っていても女のそれと見紛うばかりで、狩屋の頭は真っ白になりそうだった。


「霧野、せんぱい」

「うん」

「あ、」

「…」

「あいし、て」


口の中が乾いて張り付いている。無い唾を飲み込んで喉が痛みを感じた。
こんな一言も素直に言えないもどかしさが狩屋の涙腺を弛めたが、ここで泣いてしまっては霧野の思う壺だ。ここでしどろもどろした時点で霧野のペースに巻き込まれているのだが、狩屋はそれどころではない。
パクパクと虚空を食べるかのように開け閉めする思い通りにならない口が、不器用に言葉を紡いだ。



「愛して、ます」



刹那、香りに抱かれた。
耳元で囁かれた名前はここ最近ないぐらい嬉しそうに弾んでいて、そういえば言われてばかりで狩屋からこんな言葉を言ったのは告白のとき以来じゃないかと自覚する。
碧眼が笑っている。
それだけで今までの恥ずかしさもぶっ飛ぶぐらい、狩屋も嬉しかった。









【素直になれない君へ】


「狩屋、お前顔、破裂しそうなぐらい真っ赤っかだぞ」

「だったらせんぱいいい加減離れてください…」




















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言ってほしいけど直接は言いたくない。言えない。
素直じゃないのは霧野も同じ


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