出逢い 自分の力ではどうしようもない事態に遭遇したとき、人はまず神に祈る。自分の中で創り上げた偶像に頼み込む。神でなくとも何かしらに助けを求めるだろう。 しかしいくら悲鳴をあげて嘆いてもそれを偶像が助けてくれる保証があるわけではない。 それでも人は人生を運命の連続と呼び時にはその事象を奇跡と言い、また不幸と言う。 奇跡と不幸は紙一重でありそれを感じるのは本人次第、奇跡を奇跡と取っても奇跡を不幸と取っても現実起こってしまった事象の形は変わらない。 だからそれがもしも一般的に言うところの『奇跡の運命』であったとしても、それが奇跡なのかどうかは感じる人次第でそのままに奇跡であり、不幸であるということだ。 「京介ー!危ないから降りてこい!」 「もうちょっと!もうちょっとで届くから、待ってて兄ちゃん!」 小学生ほどの少し年の離れた兄弟が、背の何倍もある高い木にいる。 木の枝の間には白と黒の球体が挟まっていて、どうやらそれを取ろうと小さい弟が木に登っているようだ。だが小さな体を目一杯使ってもその木は大きすぎて、今にも手を滑らして落ちてもおかしくはない。兄の制止の声に意地になっているのか弟は必死に登り続けている。 それでもなんとか目的の場所に近付き、あとその小さな手を伸ばしたら届く距離まできた。白黒の球体をその目で確認できた時、弟は緊張で強ばっていた顔をようやっと弛め自分の力でここまでこれたことが嬉しくてしょうがない様子を見せる。 「兄ちゃん!やった!」 しかしそこで、兄の方を向いてしまったのがいけなかった。 気が緩み一瞬、ほんの一瞬、枝を握る手のひらから握力が抜けてしまったのだ。 あ、と弟が間の抜けた口をした時にはもう遅い。一度引力に捕まってしまった小さな体は引かれて地に墜落するしか道はなかった。 下にいた兄が血相を変え落ちてくる弟を受け止めようと千切れんばかりに両の腕を伸ばす。 だが、弟を受け止めてしまえば受けるダメージは全て兄に流れ、最悪怪我ではすまない。 その時弟は走馬灯のようなものが頭を巡っていたことだろう。小さい脳みそに入っている今までの出来事。落下する肉体、その後想像することが躊躇われるほどの肉と骨が絶たれる音。弟は目を瞑った。それを無意味だと考える暇もなく、少しでも現実から逃れるための自己防衛。 ―兄ちゃん。 走馬灯の最後に映ったのは、敬愛する兄の姿だった。 周りの木々が揺れる。 ごう、と唸るように葉が鳴いた。 「……あ、れ」 次に意識が浮上したとき、一瞬抜け落ちた記憶を思い出すことが出来なくて京介はぱちくりと瞬きを繰り返した。意識がだんだんはっきりしてきて、誰かに抱かれていると実感したと同時に、ド、とさっきまでの記憶が蘇ってきた。 自分は兄の腕の中にいる。 ボールを取るために木に登って、そこまで行けたことが嬉しくて、つい手を放してしまって、落ちて、…。 「ッ兄ちゃん!!!」 真っ青になって下敷きになっていた兄から退き兄の体を揺すった。腕に力が入らずほんの少し揺れるだけだったが、早く目を開けてほしくて呼び続ける。京介の考え得る最悪の事態が頭に浮かんでは消え浮かんでは消え、次第に滲み始める視界を疎ましく思った。 「…ぅ…」 「ッ!兄ちゃん!?兄ちゃん!!大丈夫兄ちゃん!?」 「痛ってて……、京介…?…無事だったんだな」 「…に、兄ちゃああぁん!!!」 「うわっ京介!?」 抱きついて泣きじゃくる京介はまださっきの体験の恐怖が抜けきらないのか震えていて、優一はその小さい体を宥めるように抱き返した。 その時、京介の涙を拭い去るように頬を風が掠めていっが、兄が無事で嬉しいやら恐かったやら脳内が真っ白になっていた京介が、それに気づくことはなかったのだ。 【出逢いとはじまり】 (君に逢えたことは奇跡だって信じたいよ) |