涼南涼(※死ネタ)

道ばたで猫が倒れていた。
車に轢かれたのだろう、横たわった体からは破裂した臓物が露出していて、渇いた血が猫と道路を茶色く汚していた。


「(憐れだ)」


凉野は特に同情もわかない己の感情にさほど驚きもせずその場を去った。
次の日の朝には、周辺の住む誰かが片付けるか、業者を呼ぶかしてあの猫はゴミとして扱われるのだろう。
乱れた毛並みが張り付き作り物のようだった。




この前、飼っていた金魚が死んだ。
なぜ死んだのか、理由は非常に簡単なもので、凉野が餌をやることを忘れていたからだ。最初丸々としていた体は次第に窶れていき、痩せ細った体を懸命に動かしては水面まで持っていって口を開閉させる。ふらふらとバランスのとることが難しくなった体では満足に泳ぐことも出来なくて、最後はくすんでしまった汚い腹を水面に見せて動くことはなくなった。
濁りきった目を見てまだ食鮮コーナーでしか死んだ魚を見たことがなかった凉野はとても憐れだと思った。同時に、自分も死んだらこんなに汚いものになるのかと嫌悪感が沸き起こった。
無性に腹が立って、水から引き上げた金魚の死骸を近くに置いてあった灰皿に放置したら、一週間後にはミイラのように干からびていて気分が悪くなり燃やした。金魚は炭素の塊となった。




だけど南雲は違う。死体でもきっと美しいままだろう。
なぜって、南雲は私の所有物だからだ。








「晴矢」


「なんだよ…今日は買い物行ってねぇからアイスはないからな」


「晴矢」


「あと、アイス朝飯にするのも止めろよ。ちゃんとお前の分も作ってる俺が馬鹿みてぇじゃん」


「はるや」


「んだようるせぇな…言いたいことがあるならしっかり言」


「死んでもらいたいんだが」


「え」







ギラギラと鈍く光ったものが南雲の視界に入ったのと、凉野がそれを振り上げたのはほぼ同時だった。
反射神経は悪くなかったのが幸いして一閃された刃を間一髪避ける。刃は南雲の手数ミリ横の畳に刺さっていて、スウ、と南雲の健康的な肌が生白く変色していった。



「っ風介…!!?なにし、て」

「死んでくれ晴矢。君は美しいから」

「言ってる、意味がわかんねぇんだけど?」

「なぜ?君はもっと物分かりが良いと思った」




どこまでも表情を持たないかのように冷えきった凉野を見て、南雲は必死に原因を探した。凉野がおかしくなってしまった原因。しかしいくら記憶を手繰れど見つからない。どうしてこうなった。どうして。




「俺を殺してどうするんだよ」

「…さぁ?」

「さぁ…って…お前、本当どうしたんだ!目ェ覚ませって。とりあえずその手に持ってるやつ、離せ」

「これを離したら、君は死んでくれるのかい?」

「だからなんで俺が死ぬことになるんだ」

「美しいか、確かめるためだよ」




うつくしい、南雲が反芻すると凉野は頷き笑んだ。まるでその字面、響きさえもがその意味を持つかのように。凉野は「美しい」という言葉に支配されているようだった。



「元来、人は美しいものが好きだ。いくら体裁を整えたところでその本質が変わるわけじゃない」

「だからお前はその本質に従うまでだって?」

「わかってるじゃないか」

「ふ…ざけんな!そんな独りよがりが!」

「通じるさ。これは私の本質であって意思ではないのだから」



据わった瞳に最早話し合っても無駄だと判断した南雲は、ギリと歯を食いしばり凉野目掛け瞬発的に飛び付いた。
派手な音がして凉野は引力のまま倒れたが、痛みは感じているはずなのに眉一つ動かさず黒目だけを、脂汗を浮かべる南雲に寄越した。
気味が悪くなって腹の底がざわざわするのを押さえ込む。


左手と刃物を持っている右手とをそれぞれ両手で押さえ、足は体重をかけて動かないよう固定する。
ギリリと徐々に手首を締め付けていくが一向に離そうとしない。凉野はこれほど握力が強かったか?元々表情豊かな方ではなかったが、これほど何も感じない瞳を持っていたか?焦りと共に南雲を襲うのは不安を通り越し恐怖になりつつあった。





「晴矢」

「な、んだよ」

「…恐いんだ。私は」

「こわい…?」

「そう。このまま私自身が朽ちて果てるのが。けれど私はまだいい。私は君がそうなってしまうことが耐えられない」


それが恐ろしい。
そう言って凉野は目を閉じた。南雲は、このまま凉野が消えるのではないかという錯覚を覚えた。それほどまでに凉野の声はか細く、消え入りそうであったのだ。
南雲の中の恐怖がまた不安に戻る。いくらおかしくなったからといって、凉野が消えるのを良しとするわけがない。南雲とて、凉野を愛していたからだ。


「風介…」


その瞬間沸き起こった南雲の中の渦は、しかし、それは今、抱いてはいけないものだった。
























「…………、ぁ…?」


「愛してる晴矢、晴矢、愛してる…あぁ、愛しているんだ私の晴矢」





腹に異物感がある。
叫びたいのに、声がでない。口からごぼりと液体が込み上げた。
目が霞む。瞼が重い。
ピピピピ。
なんだろうこの音は。
浮遊感と共に南雲が最後に見たものは、やはり感情の見えない凉野の。















―――――――














ピピピピ。
ピピピピ。




カーテンが引かれた窓から陽光が射し込み南雲の目元を照らしており、反射的に手を伸ばせば伸ばした手の長さぴったりのところに目覚まし時計がある。くあ、と欠伸した南雲は大きく伸びをしてベッドから出た。


その時、同時にずるりとした感触が腹の上を通った。かけ布団の中をのぞきこむと、あぁなるほどと合点が言った風に南雲が微笑む。

それは、隣で横たわる凉野の腕だった。南雲が寝ているうちに南雲の方へ倒れてきてしまったのだろう。また布団を掛け直してやると、凉野が笑った気がした。それを見て南雲の心が躍って、思わず頬が弛む。



「風介、なぁ、今日夢見たんだ。お前がオレを殺そうとする夢。酷いよな、オレが美しいとか言うんだ」



青白い頬をさらさら撫でる。そこに温もりはないし、壊死した手足はそろそろ異臭を放ち始めているが、それでも南雲は凉野を手放す気はなかった。





「ずっと綺麗でいるのはお前なんだからさ」











愛しそうに包み込んだ白い肌と銀の髪は美しく、南雲の腕を受け入れた。




















【うつくしききみたちを、止める手だてはなかったの】


















****************************

ブログのお友達に捧げた文・2



[back]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -