拓京

「家でな、猫を飼ってるんだ」


この前松風の誘いで生まれて初めて買ったというカードを構築済みデッキと組み合わせて遊んだときから、神童はいたくカードゲームにハマってしまったようで、こうして昼休みに一緒に弁当を食べカードゲームをするというのがこのところの日課になりつつあった。

別に自分でなくとも松風だとか他に相手はいるだろうに、神童に剣城がいいんだと言われてしまえば特に断る理由もない。こうして相手になっているわけだが、何日目かの昼休み、神童はデッキの最終調整をしながらそう切り出した。前と比べればなかなか様になった手付きでサイアとペガサスのカードを交互に取り出し、見比べている。どっちを中心にするか決めかねているのだろう。


「猫、ですか?」
「中学の入学祝いとしてな。種類はよくわからないんだが、茶色い毛でな、人懐っこいんだ」


神童は結局ペガサスを選んだらしく、ペガサスアークとジャスティスウィングをカードの山から探し始める。アークは目の前にあったので、指と指との間に挟んでぴ、と取って渡すとお礼が返ってきた。


「キャプテンはてっきり犬を飼っているものかと…」
「犬?どうしてだ?」


お金持ちのお坊っちゃんだから、と言おうとしてふと口が止まる。別に神童はそこまで気にしてはいないだろうが、それは完全な偏見であるし、失礼な言い方かと思ったのだ。
しかしそれ以外の答えを用意していなかったため咄嗟に思い付いた言葉を発するしかなかった。


「キャプテンが犬に似ていると思った、ので」
「なんだそれ」



言ってからなんだか後悔した。もう少しマシな返しはなかったのだろうか。だけど神童は冗談ととったのかカードを触る手を止め肩を震わせる。


「じゃあ剣城は猫みたいだ」
「え?」
「よくそんな気分なったからみたいに気まぐれなこと言うし、雰囲気って言うのかな…なつく人にしかなつかないようだから」
「…否定はしません」



あと目のあたりとか、と神童の引き込まれそうな深い瞳が金の猫目を覗き込んでくるものだから、一瞬息を詰めた。近い。とても。


「剣城は俺がなんで犬みたいだと思ったんだ?」
「…、」


誰にでも優しく接するところとか、穏やかな性格だとか、ウェーブのかかった髪型が耳に見えるとか、泣いたときにその耳が垂れているように見えてしまう、だとか。



「雰囲気、ですかね…」
「やっぱりそれか、」


まさか泣いたときに垂れた耳が見えるんです、とは口が裂けても言えない。
神童はデッキが完成したのかカードの束を整え、一戦付き合ってくれないかと挑戦的な瞳を寄越してきた。
そのために一緒にいるのだろう、自分のデッキケースを取り出し目を細める。




「いいですよ、きてくださいキャプテン」
















「うぅーん…」
「どうしたの天馬」


秋特製の弁当を食べ終えた松風は机に脱力して突っ伏したもので、信助が心配そうに声をかける。


「剣城が最近お昼に見当たらないんだ。どこ行ってんだろ」
「屋上とか、中庭とかじゃない?剣城くんが誰かと食べてるとこあんま想像できないし」


いちごオレを啜る狩屋が特に興味無さげに笑った。
空野も心当たりはないと首を振る。


「…ちょっと俺探してくるよ」
「ええっ今から?」
「次、理科だろ?移動教室じゃん」
「前から気になっててさ。剣城一人で寂しくないのかなーって」
「それは…」
「じゃあ行ってくるね。おれの荷物よろしく狩屋!」
「俺かよ!?」



狩屋の了解を待たず、天馬はそよかぜのように教室を後にした。





















剣城は一つ事を成しえた様子で満足げに息をついた。
カードゲームをやっているときの剣城は普段の少年離れした落ち着きを捨て、年相応な表情を見せてくれる。


「オレの勝ちですね、」
「くそ、あともう少しだったんだが…」
「守り中心の布陣だったらDFをもう少し強化した方がいいかもしれません」


相手の細かい穴もよく見ていることに感心しつつ、本当にカードゲームが好きなんだなと実感する。
少し前までは、こんな風に遊ぶことができるなんて想像もつかなかった。なにより剣城は近づきにくいオーラを出していたし、雷門を潰すと宣言したやつと仲良くするといった概念はあいにく持ち合わせていなかったのだ。
案外仲間思いで、真面目なやつだとわかってからは壁はだいぶ薄くなったけれど、取り払われるまではしていなかったというのに。



「…キャプテン」
「ん?」
「さっきの、犬と猫の話…」


どちらが何に似ているかそうでないか。特に話す話題もなくて、ふと思い付くまま話したものだったが、剣城は何かが引っ掛かったらしい。



「俺、キャプテンは犬みたいだと言いましたけど、」
「…?」
「そういえば松風も、犬みたいだな…と」


思って。語尾が切れたのは自分が松風、という固有名詞を聞いた途端手に持っていたデッキを取りこぼし、足元にカードが散らばったからだ。
切れ長の瞳を少し驚きに開き、大丈夫ですかと席を立ってカードを拾い始める。はっと我に返ったときには剣城がデッキを丁寧に揃えて差し出していた。


「す、すまない」
「いえ」


なんとなく気まずい空気が漂う。なぜ、「松風」に反応したのか。無意識であったが、その単語を聞いた瞬間全身が硬直して力を入れることが叶わなくなった。先程の論点は決して「松風」ではなく「犬猫」であったはずだし、ここまでの過剰反応、絶対におかしい。
それに驚いたのはそのとき胸をよぎったものが衝撃や苛立ちや怒りなどの激しいものでは全くなく、悲しみだったということだ。


「ッ!?キャプテン!?」
「剣城?」
「なんで、泣いて…」
「………あ、…?」




顔を上げて見た剣城は輪郭がボヤけ、まるで靄の奥に行ってしまったような印象を受けた。
剣城は柄にもなく慌てているらしく、落ち着かない様子で当惑した顔を向けてくる。涙止めようとしても後から後から溢れ出て、せめてと嗚咽を噛み締めた。


「ごめん、な、剣城…おれにもよく訳、がわからなくて、」
「オレの…、せいですか…?」
「違う、剣城は悪くない」
「悪くないってことは、関わってはいるってことですよね」
「ッ…!」
「さっきから様子がおかしい。オレが何かしたなら謝ります、だから、あんまり泣かないでください…」
「つ、るぎ」
「…」


剣城は何か言いたそうにしたが、口をつぐんで次の言葉を閉じ込め立ち上がると、鮮やかな紫の学ランを脱いで肩にかけるとうつ向く頭に手を置いた。
叩くでもなく撫でるでもなく、ただ数秒間、軽く押さえているだけだった。それでもその手の重さが、また鼻の奥をツンと刺激させた。


強くなったと思っていた。革命を進めて行く中で自身は体も、精神も鍛え上げることができたのだと。完璧はないとはいえ、ここまで脆かったなんて。
なぜ涙が出たのか、解ったのはどうやら剣城の一言に原因があったということくらいで、自分の感情の意味もわからないことが情けなくまたじんわり目頭が熱くなる。剣城の優しさがよりいっそう込み上げるものを加速させたが、後輩にこれ以上心配をかけるわけにはいかない。



「…ありがとう剣城、もう大丈夫だ」
「でも…」
「昼休みもうすぐ終わるだろう?学ランも、返す」
「………キャプテ、」




肩に乗った学ランを取ろうとしたのを見た剣城が手を伸ばしかけた。







刹那。







足音が聞こえたかと思うと遠慮というものを知らないかのように勢いよく入り口のドアが音をたてた。


「剣城いいいいいいいい!!!いるーぅ?……………………ぅあ、れ?」



一瞬にして、表現するのも躊躇われるような沈黙と静寂が訪れた。
颯爽と現れた件のサッカー少年は、勢いよく開いた扉を戻すこともできず、その場で立ち止まっている。
予期せぬ来訪者に剣城は行き場を失った手に気づき慌てて引っ込め、かけていた学ランもそのままに距離を置く。
隣の温もりが消えたのを少し寂しく感じながら、手の甲で目元をゴシゴシ擦ると、それを見ていた天馬が途端、血相を変えた。



「ど、どどうしたんですかキャプテンッ!…っ剣城!キャプテンに何したの!?」
「はぁ?」
「2人で何やってたのか知らないけど…まさか…キャプテンにまた悪口言ったとか」
「なんでわざわざ部室呼び出して悪口なんだよ…そんなん部活中でも出来んだろ」
「えぇ!それ部活中は言ってるってこと!?」
「違ぇよ!!今のは例えだ例え!!」



ぎゃんぎゃんと言い争いを始める2人を呆気に取られる。さっきの空気はどこえやら、それを一瞬で欠き消すとは、さすが雷門に吹く風そのものだ。
一転してほのぼのした空間を作り出した後輩たちに、自然と頬が弛んでいくのがわかる。


「(敵わないな…。しかし)」








「天馬!」
「だぁから、お前の表現はわかりにく…ぁ、はいキャプテン?大丈夫ですか!?」
「剣城にちょっとした愚痴を聞いてもらってたんだ。俺が勝手に泣いてしまっただけで、剣城は悪くないんだよ」
「そ、そうだったんですか…!?ごめん剣城!
「お、おぅ…」
「それで天馬、お前は何故剣城を探していたんだ?」
「あっ!そうだった!剣城をお昼に誘おうと思ってたんだけど…」




―…キーンコーンカーンコーン





天馬が言い終わる前に、昼休み終了のチャイムがなる。

「あぁっ!俺次移動教室なのに!」


焦った様子の天馬を早く行くように急かすと、目的が達成されなかったからか少し不満げな顔で教室に戻っていった。
剣城にまた部活でね、と一言かけるのを忘れずに。




「…嵐のようだった」

ソファに腰を落ち着けた剣城が、嘆息しながら言う。
それからジッと黄色の目を向けてきた。言いたいことはわかる。


「キャプテンでも、嘘つくんですね」
「まぁな」
「まぁ、確かにアイツを納得させるには手っ取り早い説明でしたけど」
「それもあるが…」





天馬に全て話してしまったら、剣城との昼休みを過ごすこの時間が、終わってしまうような気がして。




「?他になにか理由が?」
「いや…」


まだ気兼ねなくこの時間を共有していたいから、黙っていよう。突然くすりと笑みを浮かべたのを不思議に思った剣城が首をかしげている様が、宅の猫を思い出させてやっぱり剣城は猫だなと思い直す。


「ほら、剣城も授業だろう?行って来い」
「それはキャプテンも同じで…」
「最初の方休みすぎて先生に目をつけられてるって前に言っていたじゃないか。俺は保健室とかに行っていたことにすればいい」
「でも…」
「いいから。カードも片付けておくし」


な、といつになく強引な様子に戸惑いを隠せない剣城を無理矢理納得させようとしてみる。それに諦めたのか素直に従い身を翻した剣城の背後から、声をかけた。




「ありがとう」





剣城はチラリとこちらに目をやり、すぐに出ていってしまった。
危ないところだった。あれ以上剣城と一緒にいたらまた何か溢れてきそうだ。安堵の息をつき、心の中でまた剣城の温もりを感じる。
目を閉じればまた剣城の匂いさえ思い出せそうな気が…。


そこでハッと動きが止まる。
本当にさっき嗅いだ剣城の匂いがしたのだ。

「上着…返し忘れたな…」

今から走って行っても間に合わないだろう、悪いことをした。
肩にかかったままの上着を暫く見つめ、少し手にとり鼻を動かす。鼻腔をくすぐるいい香りが全身に染み渡った。誰もいないのはわかっていたが再度部室を見渡して確認すると、おそるおそる顔をうずめる。
恥ずかしい、けれど、気持ちがよかった。



















教室までの道のり、既にチャイムは鳴り終えたのだから急ぐこともあるまいとゆっくりとクラスに向かう。
今頭の中は、端的に言うと、神童のことでいっぱいだった。
よく理由はわからないが自分が原因で泣かせてしまい、その泣き顔を見たくなくて、自分にできる精一杯の慰めをした。それだけのことなのに、神童はすごく嬉しそうな顔をしていた。それもどういうわけだかわからない。
しかし確かに言えることがある。
神童のところに上着を置いてきてしまって少し肌寒いことと、






(「ありがとう」)






「…犬…どころ、じゃない…」




顔に上がってきた熱が、治まる気配のないことだ。
















【ひみつのじかん】









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