ガゼバン (雨あめ降れふれ)
ざあざあ。
そんな文字のような形容詞がぴったりくるような雨の日だった。
風介は雨の日が嫌いだった。無論、サッカーができないからである。家の中ではせいぜいリフティングが限界で、しかしこんな狭いところでサッカーをやる気は起きなかった。どうせやるなら、ちゃんと走れて、シュートが打てる場所がいいと思った。
ベッドの上でボールを抱えごろりと横たわる。
暇だ。とても。
勉強はとうに終わらせてしまったし、漫画は読み飽きてゲームはもっていない。
何とはなしに、携帯に手が伸びた。
『おう、何だよ』
相手はワンコールで出て、不機嫌そうに言った。きっと眉間に皺を寄せて自分と同じくぐうたらしているのだろうという予想は見事、当たったというわけだ。
「退屈しのぎに掛けてやった。せいぜい感謝しろよ。」
『は?お前も似たようなもんだろ』
「キサマと一緒にするな」
いつも通りの嫌みの応酬に風介は心が踊る。他愛のない、だがなぜこうも愛しい。
ざあざあ。
窓の向こうでは鳴りやまぬ雫が地面を叩いている。それはまるで彼を後押しするかのような旋律に聞こえた。
電話の裏から聞こえてきた八つ当たりじみた愚直を掻き消すように、彼の口は笑みを称えた。
「家に来い」
『で、そいつが………え?』
「今から家に来い、晴也」
『…こんな土砂降りの中をか?』
「お前のチューリップは嬉しがるんじゃないか?」
『てめ…後で覚えてやがれ』
電波はブツリと音をたてて遮断された。しかし拒絶ではない。数十分後には濡れ鼠になりみすぼらしく萎れた真っ赤な花が盛大な罵倒と共に現れるのだろう。
風呂の用意をしておこうか。
気まぐれにそんなことを考えてみてから、風介はかぶりを振った。「気色悪ぃ」と彼の声が聞こえた気がしたからだ。
「まぁ、いいか」
暫くその哀れな姿を拝もうじゃないか。風介はひとりほくそ笑んだ。
「…げ、やっぱ結構降ってんじゃん」
真っ赤な傘を勢い良く開き地面を激しく穿つ雨粒の中へ飛び込んだ。
全く酷いやつだ、晴也は眉間にぐわりと皺を寄せて今頃部屋でぬくぬくとしているであろう悪友を呪った。
実際彼が退屈していたのは事実なのだが、この天気の中いきなりとはちょっとくらい可哀想だとは思わないのか。まぁ、少しなりとも思っているならこのような仕打ちはないはずだが。
思いきり舌打ちした晴也はズボンの裾に飛ぶのも構わず水溜まりを盛大に踏みつけ走り出した。
心が跳ねていたことに気づかぬふりをして、駆けた勢いのまま鼓動は脈を打った。
「遅かったな」
「…この状態で掛ける言葉じゃねぇだろ」
玄関の僅かな段差の上からうっすらと笑みを浮かべて見下ろす風介に晴也は息も絶え絶え、頭に咲く赤い花は生気を失ったように萎れている。
その状態で青筋を浮かべて正に業火の如く風介を睨み付け、黄金の瞳は爛々と冷水を射ぬいた。
「そう怒るな」
「怒らねぇほうがおかしい!だいたいお前はいっつも…わぶっ」
ふいに顔へ何かを投げつけられた。瞬間の感覚でそれが何か分かり慌てて外すと予想通り。
「タオル…」
「いつまでその醜い姿のままでいるつもりだったんだ?…拭いたら上がれ。ココアくらい出そう」
「お、おぅ…」
瞬きを繰り返す晴也を玄関に残し風介はスタスタとキッチンへと消えた。
残された晴也はポカリと口を開けたまま、暫くそこに立ち尽くしていた。
「チューリップのくせに…」
思いの外降られてきた友兼恋愛対称は濡れた服そのままに、頬を伝う水も拭わないものだから、風介の理性は限界に近かった。途端に生理的欲求が押し寄せ、もう少しあの場にいたら確実にキスをしていた。
濡れた鎖骨、顔、髪、服、そして激情を含む視線。たまらないじゃないか。
「…これまでだな」
いままで隠してきた感情はもはやコントロールを失っている。お湯を沸かしながら風介は思った。
【こんなつもりじゃ】
(……なんのつもりだ)
(もちろん、マジでキスする三秒前の体制だが)
(………)
(…真っ赤)
(ッ…わ、悪いかよ)
(いや、)
(な…)
(かわいいよ、バーン)
(ッ…!!バカが!)
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ガゼバンぷまい
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