円不 (トマト嫌いなあきおくん)





「お、立向居、お前からあげ食べねぇの?じゃあ俺が食ってやるよ」

「あ!待ってください綱海さ」

「え?」


隣のライデンと話していて反応が遅れた立向居の制止虚しく最後の一つ皿の上で後生大事に取っておいたジューシーでおいしいと宿舎内でも評判のからあげは一瞬にして綱海の腹の中へと消えていった。



次の瞬間の立向居のそれは悲痛な叫びと綱海の呑気な声を聞いて、鬼道は僅かに口の端を上げる。
隣で佐久間が俺の話聞いてますか、と拗ねたように言うものだから、ちゃんと聞いているという意味を込めてもちろんだと微笑んだ。薄く頬を染め照れ隠しか違和感が否めない話題転換をし出す佐久間を鬼道は優しげな面持ちで聞いている。














「……うっぜぇ」











正面で展開する鬱陶しさ極まりない者共に不動はついていた肘をがくりとずらした。
佐久間と鬼道だけではない、唐揚げを食べられ泣きべそをかいていた立向居は綱海にデザートを半分分けてもらってふにゃりと締まりのない笑顔を振り撒き綱海はそれを見てムラムラしているし、その隣では染岡と吹雪が談笑し、基山と緑川はプロサッカーの話で盛り上がり、風丸と豪炎寺は明日の練習の話、そして木暮は音無と……………










「うっぜぇ…」






心無しか食堂の空気がピンクで甘い。砂糖菓子のような吐き気のくる甘さだ。
不動はイライラ貧乏揺すりを始めるが、なぜ早々と退席しないのかと言うとそれは困難かつ単純な理由だった。





今日のメニューにトマトがあるから。
それだけで不動をこの場に止めるのには十分である。


残してあるのが見つかったら最後、鬼道に説教をくらい、それだけではなくマネージャーからもお叱りをくらい、挙げ句ドリンクを不動の分だけ用意してもらえない。
宿舎にきたときに皆で取り決めたものだった。本当に面倒くさいことをしてくれるものだ。


元来ぼっち体質の不動がそれをやられると更に拍車がかかってしまう。流石の不動も皆が休憩中にドリンクを飲んでいる最中に一人ドリンクを作っている光景なぞ考えるだに鬱陶しい。主に周りの視線が。
孤高の反逆児などと呼ばれる不動も好きで一人なわけじゃない。
ただ、それをジャパンメンバーに言えるかと言われれば即行でNOだ。今更恥ずかしすぎる。











とにもかくにも、不動がこの砂糖空間から抜け出すにはプレートの端に真っ赤なボディをひけらかしている悪魔を滅殺しなければならないのだ。
捨てようにも人が多すぎるし、とる方法は一つしか残されていないのだが、そんな簡単に出来ていればここまでは苦労していないだろう。









「食べちゃえば一瞬だと思うぞ」


唐突に声が降ってきて、反射的にびくりと肩が跳ねる。




「…円堂」

「また鬼道に叱られるぞ、ほんと嫌いだよなトマト」




そう言いながら不動のプレート上の赤い悪魔をひとつ口に放り、ニカリと笑う。



「鬼道にはナイショだぞ」

「…」


どこまでお節介なんだと半ば呆れぎみに頬杖をつきなおすと、何を思ったのか空いている右隣の席に座りだした。
無視を決め込むが視線が刺さる。





「まだなんか用かキャプテン」

「んー、…残りを早く食べないかなって見てたんだけど」

「…まだ心の準備が足らねぇんだよ」

「そっか」




席を外す気配がない。
何がしたいのかわからなくてイライラした。
好き嫌いないやつの当て付けか、嫌がらせか。
円堂はまた皿のトマトを取ってツヤツヤしたそれを眺めてから良いことを思い付いた、というように赤いバンダナの上から飛び出たアンテナのような髪をピンと張った。
心無しウキウキしているように見えて、なんとなく感じる嫌な予感を押し込める。





「不動」






円堂は、ニコリと笑うと手に持っていたトマトを自分の口に放り投げほんの少し咀嚼し、それを含ませたまま不動の顎を掴むとキーパー練習で鍛えた自慢の握力を使って力任せに引き寄せた。
呆気に取られ反応が遅れた不動の唇に自分の口を押し当てる。すると、口内にぶわりと甘味と酸味が漂った。


驚きで声がでない。それ以前に、塞がれているのだが。今自分がおかれている光景を信じることができなくて、不動は眼前に迫っている茶色の瞳を凝視してしまった。
茶色はどこか楽しそうであった。







「……ッて、めぇ!!!何考えて…」

「食べれただろ?」

「はぁ…!?」

「トマト!」











それはそれは満足そうに言うものだから、沸き上がった怒りだとか羞恥の行き場がなくなってしまった。
誰かが円堂のことを天然だと言っていたが、天然なんて生易しいものじゃない。
ただ間抜けなだけなら、こんなにさっぱりと、できるはずがない。


幸い誰も見ていなかったようだからよかったものの、未だ声がでない不動を尻目に円堂は今日の練習試合の話をし出す。前線に上手くパス繋がっただとか、キーパー技の調子がよかったとか、グランドファイアはやっぱイグニッションだよな、とか。
案の定その話が不動の頭の中に入ってくるはずがない。ひとしきり話終えると、気がすんだのか円堂は自室へと引き上げていった。
じゃあまた明日な、と屈託のない笑みを受けながら生返事を返しプレートを見据える。
悪魔はまだ一つだけ残っていた。



それを摘まんで持ち上げて、覚悟を決め奥歯で噛み締めると、また甘味と酸味を感じる。だけど円堂がくれたあの味とは少し違って、舌で転がしてみても再現できるはずもなく、気持ち悪くなって飲み込んでしまった。





やはりトマトは嫌いだ。













【変食】




(ありゃ惚れたな…)
(どうしたんだ佐久間?)
(な、なんでもないですよ!)
(…)
(鬼道さん…?)
(俺にこっちを向けと言いながらお前はよそ見か?随分だな佐久間)
(あ、ち、違います鬼道さん!これは違うんです鬼道さんらめええええ置いてかないでええええええ!!)




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