円鬼 (お勉強してる2人)





勉強を教えてくれ、と頼んだら案外あっさりOKが出た。なんだよ、おれの勇気を返せ。
でも拍子抜けと同時にむずむずと体の底から喜びが沸き上がってきたのだけど。
















「…聞いてるのか円堂」

「えっ」

心臓が跳ねる。
頬杖をついていた手ががくりとずれた。

「き、聞いてる、聞いてるって!」

「じゃあ俺はさっき何と言った?」

「え?えーっと………サッカーやろうぜ?」

「それはお前の願望だろう…」



呆れた様子で肩を落とす鬼道にへら、と笑って返答する。鬼道はひとつため息を溢すと、また最初から解き方を解説し始めた。
鬼道の説明は丁寧でわかりやすく、頭がいいとは言い難い円堂でも理解することができてさすが、…なんて思いつつもやはり意識が勉強一色に染まることはない。


そもそも気づけばサッカーのことしか考えてない円堂が、勉強なんて聞いただけでも目眩がするものを率先してやるわけがないのだ。
ただ、口実が作りたかっただけ。




聴覚はその心地よい周波に支配され、視覚は正面の真面目な顔でいっぱいだ。
どちらも、今はおれのもの。




…なんちゃって。




「……したがってこの問いの答えはx=5,y=7になる。わかったか?」

「ん?あ、ああ」

「円堂…お前が頼んだことだろう。大丈夫なのか?」

「んー、まぁ、何とかなるさ」

「次の試験の成績が悪いと部の活動を禁止されるんだぞ」

「へ?」

「夏美も言っていただろう、また話を聞いていなかったな」

「…え………、ぁ、ああああ!!!忘れてた!!」



そういえば、そんなようなことを言っていた、ような。曖昧な記憶を手繰り寄せても曖昧であることに変わりない。
もしサッカーができなくなるなんて考えるだに恐ろしい。円堂にとってサッカーが出来ないことは死と同義である。
悪寒が走った。



「どうしよう鬼道!?」


「だから俺が教えてやってるんだろう。心配するな円堂、俺がしっかり面倒をみてやる」




元帝国の鬼キャプテンはニヤリと昔のくせが抜けきらない悪役のような顔をしてみせた。
そんな表情も好きだと思ってしまう。
特長あるドレッドも、ゴーグルも、ゴーグルの奥に秘めるその瞳も、本当は他人思いで、優しいところも。
今だって円堂を助けてくれている。

ああ、おれ、やっぱり。







「鬼道っ」







溢れ出る感情の荒波を抑えることができなくて、脳がマヒしたように鈍く、全く働かない。
強いプレイヤーと戦ったって手に入れることはできない高揚感が円堂の口を動かしていた。



「やっぱおれお前のこと好きだ!!」


「………は?」


「だから付き合ってくれ!」






屈託のない笑みを向けた円堂に、虚をつかれた鬼道は眉を少し押し上げた。
しばらく言葉を失ったように呆然としていた鬼道だったが次第に状況を理解したらしく、嬉しそうに鬼道を見やっている円堂から顔をそむけるように机に突っ伏した。



「…正真正銘の馬鹿だとは思っていたがまさかこれほどとは…」



「え?なにがだ?」



うつ伏せているため少しくぐもる音で呆れた声を発する鬼道。
言葉の意味がわからず首をひねる円堂に、なんでもないと顔を上げた。


「円堂、お前は好きと付き合うの意味をわかって使ってるんだろうな?」


「何言ってんだ、当然だろ?」


「……俺に恋人になれと?」


「ああ!大好きだぜ鬼道!」




溢れだしたら止まらない。
最初の隠さなきゃ、とか嫌われるだとか、まどろっこしい感情は既に円堂の中に存在してはないかった。


あるのは愛と呼ぶにはまだ不完全な、しかし確かな恋情であることに変わりはない。






あまりにもストレートで恥じらいも何もない告白に、鬼道は勉強の間中早鐘のように鳴り動く心臓を宥めるのに必死だったことが馬鹿らしくなって、自然と笑みをこぼした。





「馬鹿だな…俺もお前も」
「え?何て言ったんだ?」
「…お前は馬鹿だと言ったんだ」
「あ、ひでぇよ鬼道」















【なんだ、こんなにも簡単なことか】









(鬼道、おれまだ返事聞いてないんだけど)
(あっ…と……それはだな、円堂)
(鬼道?)
(それは…その……少し、待ってくれ)
(ああ!わかった!どれぐらい待てばいいんだ?1分くらいか?)
(いっぷ…!?…落ち着け円堂。お前も不完全な答えは聞きたくないだろう)
(え?おれ鬼道の言葉だったらなんだって受け入れるぜ?)
(ッ…!!え、んど)
(だから、大好きだって言っただろう?)
(…う…)
(鬼道?どうしたんだ?)
(………)
(顔が真っ赤だぞ?なんでだ?)
(…お前のせいだよ…!!)




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