おしっ><

2013.03.02.Saturday

 そろそろ夏の足跡が聞こえてもおかしくない季節にも関わらず、トレーニングの後、行きつけの酒場を出た時にはみぞれ混じりの雨が降り出していた。
 朝から濃い霧が星全体を覆う奇妙な一日の始まりだったが、どうやら春らしからぬ寒波が入り込んできたらしい。遠征ではろくに事前調査もなされないまま劣悪な環境に送られることも多々あるサイヤ人の下級戦士たちだが、予期せぬ母星の気候の変化には戸惑わずにいられなかった。

 いつもならトレーニング帰りの下級戦士たちで賑わう店も、寒さに負けて早々に帰宅した者が多かったのか、客足は鈍かった。とりあえずいつものようにトーマと二人寄ってはみたものの、何となく長居する気にはなれず、結局バーダックもトーマも食事を終えると直ぐに店を出ることにした。

「妙な天気だな」

 ここまで寒くなることを予想できるはずもなく、いつもの格好で出てきていたバーダックは不機嫌さを隠そうともせずに呟いた。下半身は長いスパッツタイプのアンダースーツで覆われているバーダック以上に手足がむき出しの戦闘服で寒さを感じているはずのトーマが、いつもと変わらない落ち着いた様子なのも気にくわなかった。

「ああ、まったくだ。早く帰ってやれよ。いくらラディッツがしっかりしてても、まだガキだ。ここまで急に寒くなったら、今頃、パニックしてるかもしれないからな」
「大きなお世話だ」

 したり顔で話すトーマを横目でジロリと睨み、ぶっきら棒に吐き捨てる。もっとも、お互い長い付き合いだからこそ、バーダックが少々子供じみた顔も見せるのには違いない。バーダックのそんな態度に慣れっこのトーマは気を悪くした様子もなく、まさに飛び上がろうとしていたバーダックの腕を掴んだ。

「忘れるところだった。ほら、これ持ってけ」
「――はあっ?」
「おまえにやったんじゃない。ラディッツとカカロットのだ」

 バランスを崩しかけ、顔を赤くしたバーダックがトーマを怒鳴りつけようとした鼻先に何かが付きつけられる。至近距離過ぎて直ぐには分からなかったが、半ば押し付けるように渡された袋を見てみると、流行りものには疎いバーダックですら目にしたことのある菓子メーカーのロゴが入っていた。

 さっきまで一緒に飲んでいたのにいつの間に手に入れたのか。

 訝るバーダックにニヤリと笑って見せ、トーマはトンと地面を蹴って夜空に浮かんだ。

「食いたきゃ分けてもらえばいい」
「食うか!」
「ハハっ。ま、とにかく早く帰ってやれよ。じゃあな」

 楽しげに笑い、バーダックの怒鳴り声を気にした様子もなくさっさと飛んで行ってしまったトーマの後姿を見送り、派手に舌打ちする。だが、これ以上寒空の下、一人で時間を過ごす気がないのはバーダックも同じこと。まだみぞれの止まない夜空をを見上げ、バーダックは、トーマが飛んで行った方とは反対方向を指して一気にスピードを上げた。



 5分ほど飛んだところで、眼下に見えてきた自宅はリビングらしきところから明かりが漏れていた。
 息子二人が起きて待っている可能性は低い時間だから、恐らく待ちくたびれて眠ってしまったのだろう。
 特に急ぐでもなく玄関前に降り立ち、壁に埋め込まれたセキュリティパネルに手をかざす。開錠を告げる小さな黄緑のランプが光り、扉が壁に滑り込んだ。中に入ろうと歩きかけた時、物音に気づいて足を止める。どうやら壁をまわりこんだ辺りに何か落ちたような音だったが、思い当たるようなことは何もなかった。

 泥棒の類に狙われるような家でもないとそのまま家に入りかけたが、何か胸騒ぎのようなものがバーダックを捕えて離さない。一寸迷ったものの、無意味な舌打ちをして音の方に歩き出す。家の角を曲がって直ぐ、ブーツの先に何かがぶつかる。視線を落としたバーダックは、不規則に肩を上下させて倒れ込んでいる少年に気づき、眉間の皺を深くした。

「おい」
「……っ」

 バーダックの呼びかけに倒れれたまま一瞬ピクリと身体を動かしたものの、答えは返ってこない。仕方なくしゃがみ込み、両膝に肘を乗せた格好で件の少年を観察すると、熱でも出しているのか息が荒く、吐く傍から白く変わり、体温の高さを窺わせた。

「……ったく、面倒くせぇ」

 こういう事態に遭遇した時、誰もが何故うちの前なんだと思うだろうが、バーダックもまさしくそんな心境だった。身体はまだ少し華奢だったが、顔立ちや尻尾の長さを見れば、恐らく長男のラディッツと変わらない年齢だろう。少なくとも冬に逆戻りしたような夜に一人でうろつくのが似合う歳ではない。住む家がないと考えるのが一番妥当だが、それはただ病人を一日家に入れるのとは訳が違うことを表している。
 バーダックは一つ大きく息を吐いてから、意識のない少年を抱き起こし、暫し厄介ごとを抱え込む覚悟を決めた。

 家に入って見ると、暖房への切り替え方が分からなかったのか、ラディッツが幼いカカロットと二人ぴったり体を寄せ合い、毛布にくるまってソファで眠っている。バーダックは腕の中の少年を一旦ソファに寝かせると、ラディッツの肩を揺すった。

「あ、お父さん……」
「部屋に行けるか?」
「うん……」

眠そうに目をこすったラディッツの頭をクシャリと撫で、バーダックはカカロットを抱き上げると、ラディッツと手をつないでやり、ソファを振り返った。

「ラディッツ、こいつを知ってるか?」
「え?」

とろんとした顔でバーダックの視線を追ったラディッツは、目を丸くして、褐色の肌色以外はバーダックとカカロットにそっくりな少年を見た。

「この子も弟?」
「おい……」

確かに4年前、生まれたばかりのカカロットを急に弟だと連れて来た前科はあるが、思いもしなかった問いにさすがに苦笑いしてしまう。父親の表情を見て、どうやら思い違いだと察したラディッツは頭を左右に振った。

「こんな子見たことないよ。訓練所にも来てないと思う。赤ちゃんの時にどっか送られてたのかなぁ?」

ラディッツが知らないとなると、確かに惑星帰りの線が一番濃厚だろう。だが、抱き上げる瞬間、ごく一瞬目を開けた少年の恐怖と逼迫した目は、見知らぬ故郷の星への怯えとは思えなかった。
バーダックは死んだように眠っている少年の事情は後回しにして、まずは自分の息子たちを寝室へ連れていくことにした。



数分後、リビングに戻ってみると、見知らぬ少年はかけてやった毛布を無意識に身体に巻き込んで寝息を立てていた。よく見れば褐色の顔にも一部が裂けたアンダースーツの下から覗く肌にも真新しいものから古いものまで裂傷の痕がいくつも残っている。

ラディッツの前では口にしなかったが、家の前で抱き上げた時から、劣悪な環境で暮らしていたのではないかと直感していた。恐らくろくに食事もとってないのだろう。寒さというよりも、文字通りエネルギーが切れて落下してきたように受け身を全くとっていなかった。

思った以上に厄介な拾いものをしたのかもしれない。

バーダックは溜め息を噛み殺してエアコンを暖房に切り替え、どうやら冷え切っているらしい少年から一旦ブランケットをめくり、起きる気配のない相手を抱き寄せ、ブランケットをかけ直した。





・・・・私って弱ってるタレを書くのが好きなことに気づきましたw

15:10|comment(0)

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