祝☆ターレスの日!!

2016.07.07.Thursday

 
【いつかこの星を越えて】


 確かに悪くないな……。

 満天の星空を見上げ、ターレスは素直にそう思った。
 このところようやくターレスとまともに口をきくようになった悟空の息子、悟飯から、一年の中でもこの日が晴れるのは難しいと教えられた。

「星に関連した日なのにもったいないよね」
 孫家の畑で収穫された夏野菜を届けに来た悟飯が言ったことの意味は正直ターレスにはよくわからなかった。怪訝な顔をしていたからだろう。悟飯はターレスを見上げ、気が向いたら夜空を見てみろと言った。
「空に何があるんだ」
「――天の川っていうんだけど、この季節は星が集まって川みたいに見えるんだよ。この辺りなら夜に街の明かりが邪魔することもないから綺麗に見えると思う」
「ふぅん」
 段ボールいっぱいの野菜を受けとりながら、さほど興味がなさそうに答える。実際、星なんぞ見てなんになるんだというのが正直な気持ちだった。
「地球じゃ今日は七夕って言って、引き離された恋人たちが一年に一回だけ会えるっていう伝説もあるんだ」
「――満月じゃないだろうな? 星を見るどころじゃ済まなくなるぞ」
「満月は明日」
 アッサリ答えた悟飯に肩をすくめて見せ、それ以上話を膨らませる気もなくなったターレスは、野菜の礼を言うと、悟飯に背を向けて家の中へ入った。

 それから数時間後。
 風呂から出て、ふと時計を見ると十一時を回っていた。
 軽く一杯飲んで寝ようかと思いつつ、濡れた髪をタオルで拭っているうちに脈絡もなく夕方の会話が思い出される。
 実はあの後、年に一度しか会えない恋人同士の話に興味が湧き、七夕について少し調べた。短冊と言う細長い紙に願いを書いてなんとかという樹に飾ると願いが叶うという伝説もあるらしい。そんな他力本願なことに興味はなかったが、確かに晴れていれば星が綺麗だと書いてあった。
 冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターのボトルを一気に半分近く開け、口端に滲んだ水を褐色の腕で拭う。ほんの少し迷ってから、キッチンの椅子にかけてあった黒いタンクトップを着て玄関に向かった。

 特別な日にも関わらず滅多に晴れないというのなら、気まぐれに空を見上げるのも悪くないだろう。
 玄関口に置いてあるサンダルをひっかけ、表に出る。昼間のうだるような暑さが和らぎ、緩い風は風呂で火照った肌に心地よかった。
 カプセルハウスの窓から漏れる家の中の明かりに邪魔されないよう、少し離れた場所まで歩き、真っ直ぐ空を見上げる。不規則なリズムで瞬く星の群れは、皮肉を挟む余地がないほど綺麗だと思った。

 ……これか。

 悟飯に聞いた天の川を探していたターレスは、しばらく夜空を眺めてから、ようやくそれが自分の想像を超えるスケールのものだということに気づいた。

「綺麗ぇだろ?」
「――ッ、カカロットか。脅かすな……」
「へへ。おめぇにはいっつも不意突かれてっからな。でも、抑えたっちゅっても、おめぇがオラの気に気づかねぇの珍しいなぁ」
 楽しげに話す悟空に苦笑いを返し、ターレスはその場に腰を下ろした。
「確かに油断した。おまえがその気になればいつでも殺せただろうな」
「オラ、なんもしてねぇ奴を殺したりしねぇよ」
 悟空は心外だとばかりに子どものように口を尖らせた。
「まぁ、そうだろうな。この星を消してしまおうとしたオレにもトドメが刺せなかったんだから」
 皮肉のつもりで言ったが、悟空には通じない。へへっと笑って自分もターレスのすぐ横に腰を下ろし、悟空は同じように空を見上げた。
「でも、こうやっておめぇと一緒に星が見られるようになったんだから、殺さなくて正解だったじゃねぇか」
「……おまえが物好きなだけだろう」
 両手を腰の後ろにつき、ターレスはやはり空を見上げたまま呟いた。
「そっかぁ?」
「それより、こんな時間に何か用か?」
「ん? いや、別に。晩ご飯の時に悟飯がおめぇと七夕の話したって言ってたから、もしかして起きてんじゃねぇかなぁと思って」
 いつもの呑気な言動からは想像の出来ない洞察だが、それも悟空の場合は野性の勘に近いのだろう。ターレスはフッと笑みを漏らし、横目で悟空を見て、
「オレが星を見ると思ったのか?」と尋ねた。
「そりゃおめぇだって星くれぇ見るだろ」
「――意識して夜空を見たのは生まれて初めてだな。まぁ、フリーザの下で働いていた時は、いつかここから抜け出してやると思って空をしょちゅう見ていたが、星を美しいと意識したことはない」
「そっか! じゃ、良かったな」
 予想外の言葉に嫌味を言われたのかと面食らい、悟空を見る。だが、悟空は他意などないと言わんばかりの警戒心の欠片もない笑顔でターレスを見ていた。
「良かった?」
「いいことじゃねぇか。綺麗なもんを綺麗と思って、悪さもしねぇでここにいるんだ」
 ターレスは至極当然といった表情の悟空をジッと見つめていたが、珍しいものを観察する時のように首を傾げ、悟空の頬に左手をあてた。

「カカロット」
「なんだ?」
 きょとんとしている悟空の頬から手を離さず、親指の腹で柔らかい皮膚を撫でる。独り言のように呟くと、悟空は目をパチパチさせてターレスの言葉を促した。

「――まだ、オレが神精樹の種を持っているとしたらどうする?」
「へ?」
 驚きの声を上げた悟空の頬を今度は両手で挟み、ターレスはからかうように片眉を上げた。
「仮にだ」
「びっくりさせんなよ……。そりゃ、もう使うなって言うしかねぇだろ」
「取り上げないのか?」
「言ったって素直に渡さねぇだろ、だって」
「まぁ、そうだろうな」
 外気のせいで少しひんやりした悟空の頬の感触を味わうように時折手の平を動かしつつ、ターレスはチラッと空を見上げた。
「もし、……おまえがオレに着いてこないなら、あの樹をもう一度植えると言ったら?」
「そうしたら、今度こそおめぇを倒さないと……」
 ターレスに頬を挟まれているせいで少し喋りにくそうではあったが、悟空は眉を下げ、心底残念そうに答えた。
「そうだろうな」
「ターレス、今さらそんなことしねぇだろ?」
「さぁ? 夜空に川を描けるほど星があるなら、一つくらいオレとおまえが平和に暮らせる星があるんじゃないかとは思うが」
 悟空の顔から手を離し、ターレスは殊更おどけた口調で言った。
「そんなのっ。今、平和に暮らしてるじゃねぇか。地球だよ、その星は!」
 ターレスは両手を地面について身を乗り出してきた悟空を黙って見ていたが、無防備な相手の額に音を立ててキスをした。
「何……っ」
 不意打ちに目を丸くしている悟空の頬を今度は軽く叩き、ターレスはなんでもないと答えた。
「そろそろ寝るか」
「……ん、そうだな」
 悟空はターレスの答えに納得していない様子だったが、説明できない何かを敏感に感じ取ったのか、それ以上の追及を止めた。
「じゃあな、ターレス。おやすみ」
「おやすみ」
 飛び立つ寸前、ちらっと振り返った悟空にニヤっと笑って見せる。違和感は感じながらも、何を聞いていいかわからなかったのだろう。悟空は迷いながらも地面を蹴り、また来るからと言い残して、流星のように白い光を引きながら飛び去って行った。

「――来年、オレはどこで星を見ているんだろうな、カカロット」

 ひとりごちた言葉に答えは帰らない。
 ただ、叶うことなら、また二人で空を見上げたいと願った。

 軽く振った尻尾を腰に巻きつけ、ターレスは唇に残る悟空の肌の感触を自嘲気味な笑みで記憶の隅へ追いやった。 



end

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