ハピバ!(タレラディ文付)

2016.04.10.Sunday


【Heavenly Hell】


 天地がひっくり返っているのだと言われても信じられる光景だった。
 どす黒い雲が空を覆い、ゴツゴツした岩とこの先花も実もつけないであろう樹が不気味に枝を広げる硫黄の匂いに満ちた世界。唯一の明かりといえば、ここに送られた悪党を罰するための炎だけだ。
 毎日、毎日、幾人となく罪人が送り込まれているはずだが、地獄が満員御礼になることはないらしい。なんでも個々の罪に応じた罰を受け、生きていた頃の記憶をきれいさっぱり洗い流されれば、再び生を得るらしいから、適度にローテーションされているのだろう。

 おまえはいつ死んだんだっけかなぁ。

 気の滅入る光景が広がる地獄の中、自分にとって唯一の執着と言える存在に思いを馳せ、さて、今日はどこへ向かおうかと思案する。
 フリーザにこき使われていた頃には、これよりさらに劣悪な環境の星に送られたことも数知れないターレスにとって、地獄は耐えがたいほどの場所でもない。もっとも、終わりのない罰を与えられる時間だけは別だろうが、ターレスには尋ね人に巡り会えるまでは、責め苦を終わらせてほしいという気持ちもなかった。

 ……都合よく会えるわけもないな。

 ただ、あてもなく歩いているうちにサイヤ人と出くわすこともあった。だが、誰もターレスが求める人間の消息、――もうとっくに死んでいるのだから、そのいい方が正しいかはさておきだが、それを知る者はいなかった。
 地獄をパトロールしている『鬼』たちに件のサイヤ人がもう転生しているのかと尋ねてもみたが、企業秘密だというふざけた答えが返ってくるばかり。自分に与えられた罰は、自身が記憶をリセットされて生まれ変わる時まで、希望を捨てきれないままその男を探し続けることなのだろうかと思い始めた矢先、何の前触れもなく二人は顔を合わせた。

 いつものようにあてもなく地獄を歩いていると、不意に切り立ったガラスの山がターレスの真正面に現れる。淀んだ地獄の空と大地を映したそれは、不吉な空気を放っていたが、出現した以上、ターレスに残された道は一つ。これを素手で登り切ることだけだ。だが、なんとかてっぺんまで辿り着いたと思ったら、見えない力でまた麓まで落とされてしまう。要するに今日の罰なのだろう。ひたすら不毛な行動を繰り返す、残酷なショータイムの始まりだ。
 いっそ登らなければいいものだが、犯した罪を罰せられる時、体は意思に反して定められた行為を反復し続けることしか出来ない。苦痛に意識を失くしそうになっても、終わりがくるとは限らない。呻きさえ上げる力がなくなった頃、解放されればまだラッキーな方だ。
 この日も、体のあちこちがガラスで傷つき、引き裂かれた皮膚から血が流れ、耐えられないという感覚さえとうに超えた頃、ターレスの目の前にあったはずの硬質な山は忽然と消えた。
 代わりに現れたのは、自分と同じように地べたに座り込み、肩で息をしている男。――それは、ターレスが再会を願い続けたラディッツだった。

「ターレスっ」
「ラディ……」
 互いの存在を認めたタイミングはほぼ同じだったろう。
 両手を腰の後ろにつき、忌々しい空を見上げてから、何気なく視線を前に向けた時、どうやら同じ罰を受けていたらしい男と目が合った
 二人とも酷い掠れ声だったが、相手が消えてしまっては大変だとばかりに瞬きすらしないで、ひたすら見つめ合う。しばらくどちらも身動きできず、ただただ相手を凝視していたが、先に行動を起こしたのはターレスの方だった。
 とはいえ、スマートに行動できるほどまだ体力が回復してない。
「ラディ……」
 ターレスはラディッツに近づこうと、腰よりも後ろで地面についていた手を体の前に伸ばし、赤ん坊のように這っていく。だが、次の瞬間、ターレスの脳裏に恐らく初めてラディッツと対面した時と思われる、自分が本当に赤ん坊だった頃の記憶が鮮やかに蘇り、驚いて息を飲んだ。

 ――まだ大丈夫か。

 肩で大きく息を吐き、目の前のラディッツが消えていないことに安堵する。死後に走馬灯というのもおかしな話だが、もしかしたら、どちらかの魂が洗い流される時が近づいたのかもしれないと思ったのだ。だが、どうやらさっきの感覚は長くラディッツを探し求めていたせいで、潜在意識レベルの幼い記憶まで呼び覚まされたに過ぎないのだろう。
 体が全部隠れてしまうのではないかと思うほどの長髪を持て余し気味にチョコンと座っている赤ん坊のラディッツに近づき、あー、あーと何かを訴えながら好奇心のままに浅黒い手を伸ばしていた。
 そんな幼い頃から惹かれていたのかと思うと、少々照れ臭くなり、ターレスの顔に苦笑いが浮かぶ。ようやく触れられるほどの距離まで来たところで口を開こうとすると、ラディッツは傷だらけの手を伸ばし、ターレスの口を塞いだ。
「ごめん、ターレス」
「何言ってんだ、ラディ?」
 意外な言葉に目を丸くし、ターレスは思わず詰問するように問い質した。
「……先に死なないって約束しただろ」
 目に薄く涙を滲ませ、微笑んだラディッツににじり寄り、長い髪の毛ごと抱きしめる。
 ラディッツの答えを聞いた瞬間、惑星ベジータを出ると告げた夜のことを思い出し、胸がいっぱいになった。きっと止められるだろうと思っていたターレスの予想に反し、ラディッツはただ一言、いつ迎えにくるんだと言った。
 
 そんなに待たせない。

 今と同じように夢中でラディッツを抱きしめ、答えた言葉。
 叶えられない約束になるなど想像もしなかった自分の青さが胸に突き刺さる。
「おまえが、……謝るっ、ことじゃない。オレ、こそっ、遅くなって、ごめん」
 ようやく言葉を絞り出し、喉元まで込み上げてきた熱い塊をグッと飲み込む。腕に痛いほど力を込めたことで、ターレスの心情が伝わったのか、ラディッツは何も言わずにターレスの背中をさすった。

「――辛気臭いところだと思ってたけど、ここにも光はあるんだな」
 しばくして、ようやく理性を取り戻したターレスは、ラディッツの肩に両手を置いて、つくづくと相手の顔を眺めながら言った。
「どういう意味だ?」
 不思議そうに辺りを見回すラディッツの目には、いつもと変わらぬ殺伐とした地獄の景色が映るばかり。訝りながらターレスに視線を戻すと、初めて思いを告げられた時のような、少し決まり悪そうな笑顔を浮かべていた。
「ターレス?」
「……相変わらず鈍いな、ラディ。皆まで言わせるなよ。くさい台詞とか似合わないんだ」
「だから何の話だよ」
「ったく、しょうがねぇな。――おまえが光だって言ってるんだよ。オレにとってはな」
「ほっ、ほんとにくさい台詞だな!」
 ボンッという音が聞こえそうな勢いで赤くなったラディッツを見て、ターレスは楽しげに声を上げて笑った。
「こういうの地獄に仏っていうのか?」
「絶対違うだろ」
 おどけて尋ねるターレスの太い腕に再び抱かれながら、ラディッツが少しぶっきら棒に答える。それから二人は温もりを確かめ合うように無言で抱き合っていたが、やがてどちらからともなく唇を重ねた。

 長いキスを繰り返した後、名残りを惜しんで唇を離し、ラディッツの髪を撫でながら肩越しに空を見上げる。

 ――オレたちの転生は当分先にしてくれよ。

 ターレスは生まれて初めて神頼みらしきことをし、シニカルに笑った。




end

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