Happy Saiyan Day!!(タレカカ文付)

2016.03.18.Friday


【夢魔】

 
 痛々しい呻き声に気づいてターレスは目を覚ました。

「カカロット、おいっ!」
「――っ、ぅ、……っ」
 裸の胸を苦しげにかきむしり、首でも締められているのかと思うほど辛そうな声を出しているカカロットに大声で呼びかけたが、悪夢に絡めとられているかのように瞼は硬く閉じたままだ。
 ただごとではない。ターレスはカカロットの両肩を掴んで、強引に体を起こさせ、二度、三度と揺さぶった。
「嫌だっ!! 止めろ、止めろ――っ!!」
 意味をなしていなかった呻きが突如絶叫に変わり、カカロットが大きく目を見開いた目をターレスに向ける。だが、その黒い瞳はまだ夢魔の支配を受けているのか、レンズに映したものを判別できていないようだ。ターレスは肩をさすってやりながら、もう一方の手で脂汗が滲んでいるカカロットの額から黒髪をかき上げた。
「ター、レス……っ」
「大丈夫か?」
 かすれた声でターレスを呼んだカカロットの目に大粒の涙が浮かぶ。ターレスは極力穏やかな声で尋ね、カカロットの後頭部に褐色の手を回すと、自分の方へ優しく抱き寄せた。
「うん」
 ほぉっと長い息を吐き、ターレスの背中に額をつけたカカロットが短く答える。だが、その声にはまだありありと恐怖の色が滲んでいる。明らかに興奮状態だったはずなのに冷え切っているカカロットを抱きしめて、背中側に手を伸ばし、ブランケットを手繰り寄せる。柔らかな布で背中を覆ってやると、カカロットはゆっくり顔を上げて、ターレスを見つめた。

「どうした?」
「……何でもない」
 抱かれたまま首を振ったカカロットの黒髪がターレスの首筋をくすぐる。何でもないとはとても思えない憂いを帯びた顔で嘘を吐くのだから、よほど口に出し難いことなのか。普通なら悪夢は人に話してしまった方が頭の整理もついて忘れられることの方が多い。隠すことに意味があるとは思えなかった。
「それが何でもないって顔か」
「……言いたくないんだ」
 ポツリと答えたきり、うつむいて口を引き結んだカカロットをジッと見つめ、ターレスは深い溜め息を吐いた。
「他の男にヤられてる夢でも見たのか?」
「え?」
「えらい剣幕で叫んでいたからな」
「オレが?」
 身を切られているかのようなあの叫びを覚えていないのかと、いささか驚く。ターレスは黙ってうなずき、カカロットの頬にそっと手を添えた。
「話してみろ。……少し前にも様子がおかしかった日があったな」
「軽蔑、するよ」
 頑なに顔を上げようとしないカカロットの顎を片手ですくい、怯えた目を真っ直ぐ見つめたまま顔を近づける。唇が触れ合う寸前、穏やかに微笑んみ、触れるだけのキスをすると、カカロットはわずかに身を震わせた。抵抗はしなかったが、ハッキリとなにかを恐れている。勘がいいつもりのターレスもさすがにお手上げだと思い、浅黒い手にカカロットの黒髪を絡みつけ、優しく頭を撫でた。
「オレが?」
 可笑しそうに尋ねたがカカロットはただ黙ってうなずくばかり。どれだけ途方に暮れてしまうリアクションを返されようと、このまま放ってはおけない。惚れた弱みだと胸の内で呟き、自分の甘さを自嘲する。だが、カカロットを、たとえ根源がなんであれ恐怖から救う役目を他の人間に譲る気もなかった。
「……カカロット。絶対におまえを軽蔑するようなことはない。もし、そんな結果になったら、おまえの手で殺されてやる」
「止めろよ!!」
「――ッ、カカロット!?」
 空気を和らげようと、半ばおどけた口調で言ったにも関わらず、カカロットは一瞬で顔色を失くし、もう一度抱き寄せようとしたターレスを思いっきり突き飛ばした。ベッドのヘッドレストに背中をぶつけた痛みよりも、カカロットの剣幕に驚いてしまう。どちらかと言えば冷静な方だと自負していたが、こんな事態は想定できない。
 すぐ言葉を見つけられずにいるターレスの目の前で、カカロットはガクッと項垂れ、ベッドに両手をついた。

「……傍にいってもいいか?」
「うん」
 労わるように問うターレスの声に今度は穏やかな答えが返ってくる。
 短く息を吐き、膝を突き合わせる。怯えさせないようゆっくり伸ばした浅黒い手を握り、カカロットは自分で頬にあてて感触を確かめるように頭を動かした。
「ごめん、ターレス」
「いや。話す気になったのならいいんだが、どうだ?」
「うん。話す、よ」
 覚悟を決めたのか、カカロットの声はようやく少し落ち着きを感じさせた。だが、白いシーツの上に垂れた尻尾は、いつもよりも萎縮いているように見える。ターレスは自身の太い尻尾を伸ばし、カカロットの尾を毛の流れに沿って撫でてやった。
「ありがとう」
「いや……。それで、何があった?」
「ほんとに時々なんだけど、まだ小さい時から、ターレスと寝てるとなんか怖い夢を見ることがあったんだ。でも、子どもの時はあんまよくわかんなくて、目が覚めてもターレスが隣にいたから、それですぐ怖くなくなったし。でも、この頃……」
「カカロット?」
 身震いして言葉を切ったカカロットの顔を覗き込むと、悪夢の残像を振り払うに激しく首を振った。
「ごめん、もう一回キスしてくれない?」
「断ると思うのか」
 ターレスは唇の端だけで笑い、カカロットの肩に手をかけてさっきよりも深く口づけた。
「――んっ、ありがと。ターレス、……オレ、ターレスが大好きだよ」
「知っている」
 フッと笑みを浮かべると、カカロットの瞳にも少し笑みらしきものが浮かぶ。だが、まだ今話していることへの緊張の方が強いようで、すぐ真剣な顔に戻った。
「……この頃は、夢の内容がちゃんとわかるようになった」
 苦しげに顔を歪めたカカロットを見つめ、沈黙で先を促す。ターレスの手を握るカカロットの手に痛いほど力が籠っていたが、ターレスは何も言わなかった。
「オレ、……が、ターレスを殺してる夢なんだ。何度止めろって叫んでも、止まらない。オレの声が届かないところで、オレ達が憎み、あってて……」
 そこまで言い終えたカカロットの顔はもはや紙のように白くなっている。ターレスは小刻みに震えているカカロットをしっかり抱きしめ、耳にそっとキスをした。

「――そんなことか」
「そんなって!」
 勢い込んで抗議しようとするカカロットを離れるなとばかりに強く抱き寄せ、短く笑う。ターレスの余裕が理解できないまま、カカロットは広い背中にしっかり手を回した。
「怖くないのか、ターレス?」
「オレとおまえはここにいて、誰も入り込む隙がない。こんな状況で何に怯えろというんだ」
「オレは怖い。……何か別の形で出会ってたら、あんな風にオレ達が敵意をむき出しにするのかって思ったら」
「有り得ない話じゃないかもしれないな」
 淡々と答えると、カカロットの肩がビクッと震える。
「だが、たとえどこかの異次元でおまえを憎むことがあったとしても、――オレはおまえの魅力には勝てない。最後は、……おまえに落ちるさ」
「ターレス……」
 シニカルな口調ながらターレスらしい結論が不安に苛まれていたカカロットの心を急速に溶かしていく。こめかみに落ちてきたキスは、気恥ずかしさを誤魔化すため。カカロットは大きく息を吐き出し、ターレスから少しだけ体を離し、笑顔を浮かべた。
「約束してくれる?」
「ああ。お互いがどこでどんな形で、たとえ別の名前で出会ったとしても、オレは必ずおまえを見つけ出して離さない」
「……ありがとう」
「もう眠れ」
「うん。もう怖くない」
「そうか」
 素直にベッドに横たわったカカロットと並び、肩の下までブランケットを引き上げる。カカロットはターレスの腕を枕に目を閉じると、ほどなくして寝息を立て始めた。

「カカロット」
 もう答が返らないことはわかっていた。
 ただ、甘露のように心に沁みわたる名前を呼び、二人の部屋に居座ろうとする悪夢を払ってしまいたかった。
「約束してやる。いくらでもな」
 ターレスはカカロットを真剣な目で見つめ、ごく小さな声で囁くと、夢魔の代わりに静かに訪れた平穏な眠に身を任せた。

 

end

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