サイヤンDayまであと3日!(タレカカ妄想付)

2016.03.15.Tuesday

【Endless】

 二人掛けのソファのアームを枕代わりにして本を読んでいたターレスは、控えめに開いたドアの音に気づいて身体を起こした。
「遅かったな」
 ターレスがいることに気づいていなかったのだろう。
 後ろ手にドアを閉めようとしていた悟空は、悪戯の現場を押さえられた子どものようにビクッと動きを止め、歯切れの悪い口調で答えた。
「あ、うん。ちょっと寝ちまって」
 視線を泳がせ、玄関先で突っ立ったている悟空を見れば、嘘だろうと問い質すまでもない。咄嗟の判断で誤魔化すことが得手でないのは明らかだ。もちろん悟空が純粋無垢だとまで言う気はさらさらないが、少なくとも自分のような狡猾さを持ち合わせていないことは間違いない。

 もう少しまともに嘘が吐けないのか。 
 声に出しそうになった言葉を誤魔化すべく、わざと欠伸をする。気持ちのいい天気だからなと相槌を打つと、悟空は引きつった笑顔でうなずいた。
 
 ――これで同じサイヤ人とはな。

 悟空と過ごす時間を重ねれば重ねるほど思い知らされる。
 それが嫌悪感や苛立ちに繋がる時もあれば、正反対の自分に似つかわしいとは思えない感情に派生することもあり、少なからずターレスを戸惑わせてきた。

 それも今日で終わりだ。

 心の内で呟くと、悟空に会うまで知らなかった痛みがチクリと胸を指した。わずかな動揺はポーカーフェイスで隠し、まだ玄関先にいる悟空を手招きする。戸惑いを隠し切れず近づいてくる悟空の顔は鏡に映したようにターレスとそっくりだが、醸し出す雰囲気や表情の違いのせいであまり似ているという印象を与えなかった。

「家は大丈夫なのか?」
 悟空が隣に腰を下ろすのを待って問いかけると、目を丸くしながら頷いた。
「もう寝てっから」
「この時間ならそれもそうか」
 悟空にはまだ幼い息子がいる。それでなくてもだらだら夜更かしするタイプではないだろう。
「風呂入ったんか?」
 ごく僅かな沈黙にも耐えられなかったのか、悟空が少し唐突にも思えることを聞いてきた。
「ああ。良く分かったな」
「石鹸の匂いがすっから」
 上半身裸でいるのだから風呂上がりと言い当てたところでさほど驚きはないが、悟空は横目でチラッとターレスを見て律儀に答えた。
「ボディーソープと言うんじゃないのか?」
「一緒じゃねぇか、どっちでも」
 ムッと口を尖らせたものの、ターレスにからかわれて少し緊張が解れたのか、悟空の顔にもようやく笑みが浮かぶ。
「おまえも風呂を使いたいなら行ってこい」
「へ? あ、そ、そっか。その方が、いいよな」
「別にオレはどっちでもいい。時間が惜しいなら始めるか?」
 グッと顔を近づけ、悟空の頬に手をあてようとすると、後ろに転びそうになりながら立ち上がった。
「いやっ、ふっ、風呂借りっから!」
「……好きにしろ」
 慌てるあまり玄関から出て行きそうになった悟空は、真っ赤な顔ですぐに引き返し、バスルームへ駈け出していった。ターレスは自然と浮かんでくる笑いを噛み殺し、悟空の背中ががバスルームに消えるまで見送った。


 神精樹の新たな栄養源として地球をターゲットにしてから約一年。
 あの日の戦いでターレスの悪運もとうとう尽きたかに思われたが、皮肉なことに息絶える直前のターレスを助けたのは神精樹だった。瀕死に近い状態の悟空に力を与える一方で、地球を救うべく作り上げた元気玉で木端微塵になった神精樹は、神の所有物である証を示すように黄金の雨を降らせた。金の恵みは砂漠となって枯れ果てる運命であった星を救済すると同時に、神と共に生きてきた樹にとってはごく短い間とはいえ運命を共にした男の命も救った。つまり運命なんてものは気まぐれで、常に正義の味方ばかりするのではないということだろう。

 もっとも悟空の渾身の元気玉を喰らったターレスの身体はそれだけで完全に回復できたわけではない。死の淵から引き戻され、指一本動かすことも叶わないまま倒れていたターレスに救いの手を差し伸べたのは他ならぬ悟空だ。

 後にも先にも悟空がふらつきながら近づいてきた時ほど死を身近に感じたことはない。
 当然とどめを刺しに来たと思い、覚悟を決めたが、徐々に霞む視界の中、何故か悟空は唇を噛んでターレスを見下ろしているばかり。そのうちターレスの方が意識を失くしてしまい、気づいた時には見慣れない天井の部屋に横たわっていた。

「――っ!」
 起き上がろうとした瞬間、背中に激痛が走り、一瞬息が出来なくなる。
「何やってんだ!?」
 駆け寄ってきた男を悟空だと認め、ターレスは大きく目を見開いた。
「貴様っ、……こそ、ここはどこだ」
 声は出せると分かり、今度はゆっくりと身体を起こしてみる。ベッドの脇に立っている悟空は手助けするわけでもなく、ひどく険悪な顔でターレスを見下ろしていた。
「どこって地球に決まってっだろ」
 ぶっきら棒に答えた悟空の言葉で自分がまだ生きていることを知る。
「オレを助けたのか? フン、つくづく馬鹿な奴だな」
「五月蠅い! オラだっておめぇなんか助けたくなかった! けどっ……」
 ギリっと歯を食いしばった悟空を無言で睨み返し、舌打ちする。この間抜け過ぎるサイヤ人自分を殺さなかったばかりか、見知らぬ家に住まわせて手当をしていたらしい。
「全然抵抗もできねぇ奴を殺すなんて、オラには無理だ」
 苦渋の選択だったことが窺える悟空の表情を見て不快そうに眉を寄せる。だが、ターレスはそれ以上何も言わず、腕を持ち上げたり足を軽く動かしたりと、しばらく自分の身体の状態を確認してからもう一度悟空を見た。
「あれから何日経った?」
「三日」
「……なるほど。ずっと眠り続けていたのか。回復が遅いのも無理はないな」
「そのまま死んじまうかと思ったけど、やっぱり体力あんな」
 無言で頷いた悟空は部屋の真ん中にあるテーブルから大きな袋をとって、ターレスが腰かけているベッドの上にドサっと置いた。
「食べろよ」
 仏頂面で促され、袋の中を覗き込んでみると、大量の食べ物が入っている。どうやら果実と思しき赤い丸い実ををとり出したターレスは、訝りながらも本能的な飢えに任せて齧りついた。

「――オレに元気になって欲しいのか?」
 咀嚼するたび喉を潤す甘酸っぱい果汁とシャクシャク心地いい音を立てる実が、ターレスにこの時間が現実なのだと教える。何故助けたと聞いたところで、どうせ自分と対極にいるような悟空から合点のいく答えは得られないだろう。
 ターレスは軽く肩をすくめてから真意を探るように悟空を見据えた。
「カカロット」
「オラ、孫悟空だ」
「面倒な奴だ。おまえが何と名乗ろうが関係ない。カカロットはカカロトだからな」
 冷ややかに告げるターレスを黙って見つめ返し、悟空は少し気を悪くした様子で口を引き結んだ。
「なんだよ……」
 ターレスはベッドを下りて、やや恨めしげに自分を見ている悟空に近づこうとしたが、まだ回復しきっていない体をコントロールできず、足がもつれてしまった。
「ターレスっ、危ねぇ!」
 慌てて駆けよった悟空に抱きとめられ、吐息が触れ合うほどの距離で見つめ合う格好になる。弱っているターレスを突き離すわけにもいかず、かといってすぐにどうすればいいか判断できなかった悟空は、鼻先で顔をつきあわせたまま、ただターレスを支えていた。

「――っン!?」
 特別な意図があったわけではない。
 ただ、思いがけないアクシデントでお互いの警戒が解けた一瞬の間に、ターレスは悟空にキスをしていた。
 驚いて息を詰め、大きく目を見開いた悟空をやはり目を開いたまま観察し、唇を離す。さほど長い間でもなかったが、悟空はターレスを支えることも忘れ、その場に尻もちをついてしまった。
「痛ぇっ」
「――っ、クソっ」
 当然と言えば当然のことながら、まだ自力で立っていられなかったターレスも悟空に折り重なるように倒れてしまう。頭同士を派手にぶつけた二人は、床に座って頭を抱えた。
「フッ、ハハハッ!」
「……ターレス?」
 頭をさすりながら顔を上げた二人の視線が空中でぶつかる。
 思いもかけないキスと頭の痛みで顔を紅潮させていた悟空は、突然笑い出したターレスをポカンと見つめた。
「……まったく、つくづく間抜けだな」
「おめぇがいきなりあんなことするからだろ!」
 ムッとして抗議する悟空の方に座ったまま身を乗り出し、ターレスは悟空の黒髪を一房掴んで軽く引いた。
「何すんだよ!」
「落着けと言ってるんだ。間抜けはオレのことだ」
 心底可笑しそうにそう言うと、悟空が目を丸くする。ターレスは自嘲するように鼻を鳴らし、悟空の方へ体をずらした。
「おまえにキスなんぞ……どうかしているが、――悪くなかった。そう思っている自分が、たったあれだけのことで毒気を抜かれかけているのが可笑しかったのさ」
「……よくわかんねぇ」
「わからなくていい」
「そう、か」
 短い答えに悟空はまだ困惑していたが、ターレスに求められるまま右手を差し出した。
「とりあえず、今夜のところはおまえに感謝しておく」
「お、おい!」
「手の甲くらいでガタガタ言うな」
 ターレスは浅黒い手で軽く握った悟空の手の甲にキスをし、うろたえる相手を可笑しそうに見た。
「ま、オイタはこのくらいにしておくか。ベッドに戻してくれ」
「……何もするなよ?」
「約束する」

 ――今夜のところはな。

 頭の中だけで付け足した答えを悟空は知る由もない。
 ただ、この時、ターレスが漠然と予感していたよりも早く、二人は急速に互いの距離を詰めていくことになる。いつか終わりが来ると知りながら、一夜ごとに離れがたく。


「ターレス?」
 心配そうに首を傾げた悟空の顔を見て我に返った。
「どうした?」
「いや、なんか変な顔してっから。気のせいかな」
 黒い瞳を伏せた悟空を抱き寄せ、道着の帯に手をかけながらキスをする。舌を絡めるうちに自然と漏れる悟空のせつなげな声を胸に刻みながら、ターレスは独り頭の中で繰り返した。

 ……あと一晩。そう、明日こそ。まだ、今夜ではなかっただけだ。

 揺れる感情を胸に秘め、ターレスは腕の中の存在に没頭していった。



end

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