もうすぐサイヤの日♪(+タレカカ文2話)

2016.03.13.Sunday


【YES YES YES】

 心臓に向かってまっすぐ突き出された青黒い腕を見た瞬間、カカロットは死を覚悟した。

 空を切る鋭い音と焼け付く頬の痛みに気づいたのはそれからしばらく経ってのこと。目を閉じるのも忘れて呆然とするカカロットの前に幼い子どもの姿を一変させ、いきなり襲いかかろうとした異星人が苦悶の表情で倒れた。ビクビクと痙攣していた体がやがて静止し、鮮血がしたたり落ちる。その赤が自分のものだと気づいた途端、背中に強い衝撃を感じ、カカロットは目の前の死体の上に折り重なって倒れた。

「まったく……反吐の出る甘さだな」
 吐き捨てた声の主が誰かは考えるまでもない。
「ターレス……」
 痛みに顔を歪めながら起き上がり、共にこの星に派遣された男を振り返る。同じ下級戦士というだけでなく、ターレスが特徴のある褐色の肌をしている以外、二人は親兄弟でもここまで似ないだろうというほどそっくりだ。ただ、初対面では誰しもそう感じるものの両極端ともいっていい性格は肌の色以上に二人の印象を隔てている。カカロットは切れた頬を指先で拭い、戦闘服に着いた土ぼこりをはらって立ち上がると、ほぼ同じ位置にあるターレスの冷たく光る黒い瞳を見返した。
「サンキュ」
「二人きりの遠征で死なれたら、報告が面倒だからだ」
 ターレスのよそよそしい態度は今に始まったことではない。
 だが、ずっと幼い頃、むしろカカロットはターレスと仲が良かった。それが、成長するにつれ何とはなしに距離を感じるようになり、ここ数ヶ月はあからさまに避けられている。問い質そうにもけんもほろろで取り付く島がなく、結局うやむやのまま今日まできた。
「そっか」
 他に言うことも見つからず仕方なく笑って見せる。すると、ターレスの眉間の皺がさらに深くなり、忌々しげに舌打ちが聞こえた。
「この星の奴らはもう百人も残ってない。一気に片をつけるぞ」
 カカロットが抗議しようか迷っている間についっと視線を逸らし、ターレスはスカウターが生命反応を示している方角に目を向けてしまう。
「待てよ!」
「何だ?」
 答えを待たずに歩き出したターレスに思い切って呼びかけると、意外なことにピタリと足を止めてくれた。カカロットは背中を向けたまま面倒くさそうに問うターレスに慌てて駆け寄り、太い腕を掴んで振り返らせた。
「さっきのはほんとに悪かった。てっきり怪我してるガキかと思って油断しちまったんだ。いっつもおめぇに足手まといになるなって言われてっのに」
 ついつい早口になってしまうのは、自分の話しを黙って聞いているターレスの気がいつ変わるともしれないからだ。だが、本当はこんな話がしたいのではない。もどかしさのあまりターレスの腕を掴んだ手に無意識に力が籠る。
「痛いだろう」
「あ、ごめん。――でも、離したらおめぇ行っちまうだろ?」 
 鼻先で顔をつきあわせる距離まで身を乗り出し、カカロットは真意を探るようにターレスの目を見つめた。
「……どうせ予定より早く片付きそうだから、今夜はここで休むか。雑魚の始末は明日でいい」
 実質は十秒足らずのことだったろうが、カカロットにとっては永遠にも思える沈黙の後、ターレスから思わぬ提案が出される。
「へ?」
 面食らって間抜けた声を上げると、話があるんじゃないのかと聞かれた。カカロットは勢い込んで頷き、
「あ、う、うん! でも、いいんか?」と、問い返した。
「別に嫌がる理由もない。逃げやしないさ」
 溜め息を吐いたターレスが、カカロットが掴んでいる方の腕を面倒くさそうに振って離すように促す。
「あ、うん! じゃ、死体の前で話すんもあれだから、あっち行かねぇか?」
 カカロットは明らかに嬉しそうにうなずき、二人のポッドが並んでいる場所を指した。ターレスはただ軽く肩をすくめただけで提案を否定も肯定もしなかったが、無言でポッドの方へ歩き出した。

「で? 何の話だ?」
 ポッドのところまで来たカカロットが、その場に腰を落ち着けようとしゃがみかけたところで、まだ立ったままのターレスに直球で切り込まれる。思わずずっこけそうになり、ちょっと待ってくれよとぶつくさ文句を言っていたが、視界の端でとらえたターレスのブーツの先端がイライラと上下しているのに気づいて、これ以上長引かせるのは得策ではないと悟った。
 カカロットはここ数年抱き続けた疑問を口にする決意を固め、大きく息を吸ってからターレスを真っ直ぐ見上げた。
「オラ、おめぇを怒らせたんか?」
「……仮にそうだったら、何だと言うんだ」
 感情を含まない声で逆に聞き返され、グッと言葉に詰まる。
「オレが怒っていると言ったところで心当たりはないんだろう? ならおまえに罪の意識もないということだ」
 あまりに一方的ないい方にムッとしてしまい、カカロットの目つきが少し鋭くなった。
「そうかもしれねぇけど! でもっ、せっかく二人で遠征にも来られる歳にもなったのに、小さい頃に想像してたみたいに楽しくないのなんてオラは嫌だ」
「フン。そんな下らない感傷を抱えているから、簡単に死にかけるんだ」
 鼻であしらわれ、カッとなったカカロットは、勢いよく立ち上がってターレスの両腕をガッチリ掴んだ。
「だからっ、それはオラが悪かったって言ってるじゃねぇか!」
「謝って済むと思うのか!? オレがいなかったら、おまえはさっきの攻撃で殺されていたかもしれないんだぞ!」
「そ、そうだけどっ」
 熱くなった勢いで大声を出したが、ターレスの怒りはさらに輪をかけたものだったようで、語尾が震えるほど激しく怒鳴りつけられてしまう。
「ようやく一緒に遠征にも来られるだと? ふざけるなっ。それはオレの目の前で死ぬためなのか!?」
「ターレス?」
 ここ数ヶ月の他人行儀な態度を脱ぎ捨て、明らかに激昂しているターレスに圧倒され、ただただ目を丸くすることしか出来ない。カカロットが呆然としていることに気づいて少しクールダウンしたのか、ターレスは目を逸らし、腹立たしげに大きく舌打ちした。
「……なぁ、ターレス。オラのこと心配してくれてたんか?」
 自分を見ようとしないターレスの視線を追って周り込み、カカロットはむき出しの浅黒い腕にそっと手をかけ、窺うように問いかけた。
「おまえの、……サイヤ人らしくない甘さは、ガキの頃ならまだしも今の年齢では下らない連中に付け入られる隙にもなる。それどころか、こんなつまらない星で命を落とすことにも繋がりかねないんだぞ。なのにおまえは変わろうともせず、遠征先ですらいつも嬉々として戦っているだけだ」
「戦うのは楽しいけど、殺すのは好きじゃねぇから、オラ、遠征……は、複雑だけどな」
「そういうところが甘いと言ってるんだ!!」
 再び感情を爆発させたターレスに答えるよりも早く腕を強く引かれ、目の前の広い胸に体ごとぶつかる。驚きのあまり言葉を失っているカカロットを間髪入れずに息苦しいほどの力で抱きしめ、ターレスはかすれた声で馬鹿野郎がと呟いた。
「タ、ターレス……?」
「オレはガキの頃からおまえだけ見ていた。なのにおまえときたら、人の気も知らずベタベタとスキンシップしまくるわ、そうかと思えば他の奴らの前でヘラヘラ無防備な態度をとるわ、気が気じゃないことばかりだ」
 長く溜めこんだ思いを吐露するターレスの声は、これまで聞いたことのないほど熱く、抱き寄せられた胸からカカロットの胸に早い鼓動が直接伝わってくる。
「オラしかって……そ、それって、そのっ、えっと」
 言われていることの意味を理解しようと必死で言葉を絞り出していたが、ターレスに負けず劣らず早くなる鼓動が邪魔をする。カカロットはとにかく今自分が不快ではないことを伝えたいと願い、だらりと垂らしていた手をターレスの背中に回してきつく目を閉じた。
「オ、オラっ、おめぇがそんなこと思ってるなんて全然知らなくてっ、でも、おめぇとこうしてんの温かくて、嬉しいからっ。ほんとだぞ」
 自分でも何を言っているんだと思いつつ、カカロットはマーキングでもするようにターレスの肩に頬を擦りつけた。

「……カカロット」
「何だ?」
 しばらく抱き合ったままお互いの体温を感じているうちに少し落ち着きを取り戻したターレスに静かに名前を呼ばれる。カカロットは頬を紅潮させているものの、パニックの色は消えた目でターレスを真っ直ぐ見つめた。
「オレ以外の前で笑うなと言えないことはわかってる」
「うん」
「それでも、オレはおまえを自分のものにしたい」
「うん」
「……その"うん"は肯定か?」
「うんっつったら他に意味なんてねぇよ」
「そうか」
 目に見えて安堵した様子のターレスを見つめ、カカロットは幼い頃そばにいることが当たり前だった男が、いつの間にか自分にとっても特別な存在になっていたのだと気付いた。
「場所も時間も選ぶ余裕はない。今、ここで抱かせろ」
「うん」
 三度うなずいたカカロットを見て、試すように近づいてきたターレスの唇が自身の唇に触れる寸前、カカロットは吐息のようにゆっくりと瞼を閉じた。




end






【悪戯ミツバチ】


 穏やかな陽射しの中、いつの間にか枯葉色から黄緑へと変化していた下草が丘の斜面を春色に彩っている。なだらかな坂を登ったてっぺんにある一本の樹の影は、この季節、昼寝をするにはもってこいの場所だ。
 そんなわけで、根の分だけ盛り上がった地面を枕に眠っている男もまた、心ゆくまで午睡を楽しんでいた。
「――っ!?」
 だが、平和な時間は得てして長く続かないもの。
 何か顔に触れた気がして、まだ重い瞼を開けようとした直後、男の容姿の特徴でもある浅黒い頬にチクリと痛みが走る。慌てて起き上がると、負けず劣らず驚いたらしい小さな虫が鼻先を飛んで逃げていくのが見えた。

 平穏な時間に起きた小さな事件の主役の名はターレス。とあることをきっかけに地球で暮らすようになってそろそろ一年が経とうとするサイヤ人だ。
 故郷でもある惑星ベジータでなら、こんな開けた場所で一人無防備に昼寝をすることなど自殺行為だったはず。腑抜けすぎていはしないかという警告だろうか。そんなことを思いつつあぐらをかき、軽く拳を握った褐色の腕を伸ばして大欠伸する。ちょうど吹いてきた風が運んだ草の匂いがからかうように鼻孔をくすぐった。

「何笑ってんだ?」
 背中を向けていた樹の影から不意打ちで声をかけられ、ターレスの心臓が一つ大きく跳ねた。だが、出来るだけ表情に出さないようにして振り返り、悪戯っ子のような笑顔で立っている悟空を見上げる。どうやら畑仕事の帰りらしく、首に白いタオルを巻き、淡いベージュの農作業服を着ていた。
「笑っちゃいない」
 素っ気なく答えたターレスをジッと見つめ、悟空がうーんと首を捻る。
「そっか?」
「そっちから来たのなら見えてはいないだろう」
 悟空の後ろを顎で指し、フンと鼻を鳴らす。自分と違って悟空はスカウターを使わずともある程度の距離までは誰がどこにいるかわかる。おおかたターレスがここで寝ているのに気づいて、わざと気を消して近づいてきたに違いない。
「でも、なんかすごい気持ちの良さそうな気を感じたから、オラ、おめぇが笑ってんだろうなぁっって思ったんだ」
 悟空はそう言いながらターレスの隣に腰を下ろし、悪びれることもなくヘヘっと笑った。
「盗み見とは随分趣味の悪いヒーロー様だな」
「その呼び方止めろって言ってんだろぉ」
 口を尖らせた悟空を横目で見て、軽く肩をすくめる。鷹揚な声。邪気のない笑顔。関わる人間を惹きつけずにいられない魅力を持っていながら、当人は全くの無自覚ときたものだからたまらない。
 ターレスはこのところあまり見せなくなっていたシニカルな笑みを浮かべ、腰を少し回して体ごと悟空に向き直った。
「カカロットと呼んでも否定するだろうが」
「まぁ、もう諦めてっけどな」
 額に滲んだ汗を今さらのようにタオルで押さえ、悟空が珍しく奥歯に物が挟まったような答えを返す。
「なんだ、その顔は」
「うーん、やっぱり残念だって思う気持ちもあんだけど、喜んでいいんだろうなとも思うちゅうか……」
「何が言いたい」
 皮肉でもなんでもなく、ターレスは悟空が何を言おうとしているのかさっぱりわからなかった。きつく眉を寄せ、自然と詰問するような口調になってしまう。悟空は苦笑いを見せたものの、どうやら自分でも本当に整理がついていないのか、しばらくは口の中でもごもご話していた。

「おい、カカロット」
 痺れを切らして問い質すと、悟空は片手を顔の前にかざし、
「ああ、悪ぃ悪ぃ。……おめぇが初めて地球に来た時は、とんでもねぇことする奴だって思って、オラ、おめぇが憎くてしょうがなかった」
 と、言った。
「そうだろうな」
 ポーカーフェイスで応じたおかげで、ターレスのわずかな動揺は気取られなかったようだ。昔の話しとわかっていても、悟空の口から憎いと聞かされるのはあまり気持ちのいいことではない。ターレスは言うべきことも見つからず、沈黙で続きを促した。
「でも、おめぇが死んでねぇってわかった時、どうしてもとどめは刺せなかったんだよなぁ。まぁ、こういうところが甘ぇっていっつもピッコロには言われんだけど、とにかくオラには出来なかったんだ」
「なんだ? 今頃になって恩でも売りたいのか」
 もちろん悟空にそんな意図がないことはわかっている。ただ、着地点の見えない会話がいい加減もどかしかっただけだ。
「違ぇよ。まぁ、とにかく、あれからおめぇがなんでか急に大人しくなっちまっただろ」
「気が変わっただけだ」
「そっか。ま、理由はなんでもいいや。――そうなったら、なんだろな。孫悟空って呼べって思ってたのも、だんだんどっちでもよくなってきたんだ。おめぇにとって、オラがカカロットなら……それでもいいかなぁって」
「そうか」
 決して分かりやすい説明ではなかったが、要するに悟空にとってターレスはもう憎むべき敵ではないということだろう。短く答え、何となく黙ったまま悟空と見つめ合う。悟空はやや居心地悪そうに首をすくめていたが、何かに気づいて目を軽く見開いた。

「どうした?」
「――おめぇ、なんかここ、赤くなってっぞ」
 悟空はターレスの腰の横に片手をつき、もう一方の手で浅黒い頬の真ん中に出来た赤いふくらみに軽く触れると、痛みに顔を歪めたターレスを見て目をぱちくりさせた。
「寝ていたら虫に刺されたんだ」
「蜂かな」
「さぁな。この星はやたら色んな生き物がいて、いちいち覚えていられない。どっちにしても放っておけば治る」
 答えながら自分の頬に触れようとしたターレスの手を悟空がガッチリ掴む。突然のことに訝る間もなく、悟空はターレスの頬に出来た刺し痕に唇をあて、目を閉じて強く吸った。
「何をしている」
 予想外の行動をとられ、珍しく目を丸くしたターレスから唇を離し、悟空は何故か得意げに胸を逸らした。
「むやみに傷に触っちゃいけねぇんだぞ。それに、刺されたんなら毒が入ぇってたらいけないから、吸っといたんだ。応急処置ってやつだな」
 ターレスは得意げに話す悟空を呆れ顔で見ていたが、フッと笑みを浮かべ、片眉を上げると、悟空に真っ直ぐ顔を近づけた。
「ターレ……っ」
 近づいてくるターレスを不思議そうに見ていた悟空がどうしたんだと聞く前に、褐色の手でしっかりと悟空の後頭部を支え、薄く開いた唇でキスをする。素直に受け入れるというよりも吃驚するあまり完全に固まっている悟空の唇を軽く噛み、わずかに力を込めて、チュッと音を立てる。
「――ちゃんと消毒しないとな。オレの毒を吸いっぱなしじゃ、おまえがやられるかもしれないだろう」
 突然のキスから解放されてなお、何も言えずにいる悟空の頭を片手で乱暴に撫で、ターレスはさも当然とばかりの表情で言った。
「消毒って、こんなんでかっ!?」
 本気で驚いている悟空を一瞥し、ターレスはひょいと肩を持ち上げた。
「ただの言い訳で、おまえにキスしたかっただけだと聞かされる方がいいのか?」
「キスって。タッ、ターレス」
 真っ赤になって口をパクパクさせている悟空を穏やかに見つめ、ターレスは先に立ち上がり、そろそろ帰るぞと言った。
「う、ん……」
 明らかに困惑している悟空の腰に手を回し、やや強引に地面を蹴る。
「何も起こってない。何も……考えるな」
 されるがままに体を預けてきた悟空の方を見ずに、ターレスは進行方向の空を見たまま念押しするように繰り返した。もっとも、誰のために念を押しているのかは、ターレス自身もよくわかっていない。

 二人が飛び去った後、空もまた、刻一刻と変わる感情の様に夕焼けから夜へと移ろい始めていた。



end

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