眠いぃぃ〜(+タレカカ妄想付)

2016.03.03.Thursday


【他愛ない話】


 地下鉄の出口から表に出ると、雪がちらつき始めていた。
「寒ぃと思ったら――っ」
 首をすくめ、カカロットが隣を歩いているターレスに半歩近寄る。チラっと視線を落とすと、カカロットはヘヘっと笑ってターレスのコートのポケットに自分の左手を突っ込んだ。
「また手袋を失くしたのか?」
「いいじゃねぇか。今日はターレスがいるんだし」
 舌を出して答えたカカロットに呆れ顔を見せながらも、ターレスの目はとても穏やかだ。突然吹き付けてきたビル風に仔犬のようにぶるっと体を震わせたカカロットを見て、ターレスはため息交じりに自分のマフラーを外した。
「少し寄るところがあるから、これをして先に帰ってろ」
「え?」
「いいから」
 カカロットの首にマフラーを巻いてやりながら有無を言わせない口調でそう言うと、カカロットが不満げに口を尖らせる。それもそうだろう。二人のマンションはほんの十分ばかり歩けば帰り着く距離だ。
「オラも行く」
 カカロットはターレスのコートのポケットに入れていた手をさらに奥まで突っ込もうとしたが、素早く腕を掴まれ、引き出された。いよいよ膨れっ面になったカカロットの肩を軽く押し、ターレスはすぐだからと言った。
「すぐならいいじゃねぇか」
「駄目だ」
「ケチっ」
 いつも大抵のことはカカロットに合わせてくれるターレスがここまで拒否する以上、食い下がっても無理だと諦め、仏頂面で視線を落とし、道路に向かって不満を漏らす。だが、ターレスはカカロットが歩き出すまで動く気はないらしく、未練がましく靴先で石畳を蹴っているのを黙って見ていた。
「……早く帰ってきてくれよ」
「ああ。すぐだと言ってるだろう。いいから、行ってろ」
 少し苛立ちを見せ始めたターレスの口調にカチンときていたが、カカロットは最後の抵抗で首に巻かれたマフラーを外してターレスに押し返し、口を横にイーッと引いてから小走りに駆けだした。
「……ガキだな、まったく」
 去っていくカカロットの背中を見送り、苦笑する。もっとも、今の出来事に関しては自分に非がないとも思っていない。久しぶりに早く仕事が終わり、帰りに待ち合わせて楽しく食事をしたのだから、当然家まで一緒に帰りたいに決まっている。カカロットが不審がるのも無理はなかった。
「そんなガキを喜ばせたくて、小芝居するんだから、オレも甘くなったもんだ」
 家とは反対方向に歩きだしながら、ターレスはまんざらでもない表情でひとりごちた。

「……おかえり」
 三十分後、マンションのドアを開けると、カカロットは案の定不機嫌な顔で出迎えた。
「ただいま」
「用事終わったんか?」
「ああ。とりあえず中に入らせてくれ。浮気をしてきたわけじゃないんだ。玄関先で問い詰めるな」
 頭一つ背の高いカカロットが腕を組んで仁王立ちしているのを可笑しそうに見て、ターレスは顎を軽く動かし、廊下の奥を指した。対するカカロットが全然納得していないのは明らかだったが、ターレスの言い分に反論も思いつかなかったのか、渋々回れ右をして開けっ放しのドアに向かった。

 明かりのついたリビングに入ってすぐ、カカロットはターレスに向き直った。
「なぁ、どこ行って……」
 勢い込んで抗議をしようしたところで、おもむろに白い箱を鼻先に突きつけられる。驚いて顔を引いてすぐ、それがケーキの箱だとわかり、カカロットは目を丸くした。
「ターレス?」
「今日はオレ達の記念日だろう」
「……そう、だけど。覚えててくれたんか!?」
 効果音が聞こえそうなほど顔を輝かせ、前のめりになったカカロット二ケーキの箱を渡し、ターレスは気恥ずかしさを誤魔化すように肩をすくめた。
 カカロットと一緒に暮らすようになって五年。
 もちろん始まりの日を忘れたことはなかった。ただ小さな幸せを積み重ねながら今日まできたという印象だったから、特別祝うようなこともしたことがなかった。今日も地下鉄を下りて他愛ない話を交わす帰路で不意に思い立っただけのこと。それでも、頬を染めて満面の笑みを浮かべたカカロットを見ていると、陳腐に思えるイベントも悪くないものだと素直に感じられた。
「食べるか?」
「うん!」
「そういえばシャンパンもあったな」
「あ、うん! この前ターレスが風邪ひいて飲めなかったもんな」
「それも運命だろ」
 クッと喉を鳴らして笑うと、カカロットも否定することなく楽しげに笑う。二人してキッチンに入り、一緒に皿やグラスを用意し、そのままリビングには戻らず小さなテーブルの真ん中に苺がたっぷり乗ったケーキを出した。
「美味そう! こんなホールケーキよく残ってたな」
 ホールの周りにはきめの細かい生クリームがたっぷり塗られ、半分にスライスされた苺がわざと不規則な配置で隙間なく並べられている。カカロットは歓声を上げ、ますます目を輝かせた。
「確かに運が良かったな」
「ほんとに急に思いついてくれたんだな。さんきゅ」
「いや、柄じゃないだろうが……こんなに甘くなったのもおまえのせいなら、悪くない」
「ターレスは最初から優しかったよ」
 真っ直ぐな賛辞にシニカルに笑って答え、以前引き出物でもらってから一度も使ったことのなかったケーキナイフを引っ張り出してくる。真ん中に飾られている『Happy Anniversary』と書かれたチョコレートのプレートを避けて、ケーキにナイフを入れようとすると、カカロットがターレスの隣に立って浅黒い手に自分の手を重ねた。
「何だ?」
「ケーキ入刀」
 答えてからさすがに恥ずかしくなったのか、カカロットの頬が僅かに染まる。ターレスは珍しく意表を突かれたのか、一瞬ポカンと口を開けていたが、すぐに噴き出した。
「笑うなよ」
「いや、まだプロポーズもした覚えがないのに随分気の早い予行演習だと思ってな」
「いいだろ」
「――もちろんだ」
 益々赤くなり、ぶっきら棒に答えたカカロットの黒髪にキスをし、ターレスは添えられた手をそのままにしてケーキにナイフを入れた。
「食うか?」
 笑顔で見つめ合い、どちらからともなく唇を重ねた後、ターレスはこのままカカロットを抱きしめたい欲望を押さえて尋ね、ケーキを皿に乗せる作業に切り替えた。
「うん。これもらっていいんか?」
 ホールの四分の一はあろうかというケーキが乗った皿を聞きとして受け取り、カカロットが嬉しそうにターレスを見上げる。ターレスはとてもそんなに食えないと答え、自分の分はかなり控えめにスライスした。

「あああああ!!!!」
 束の間、カカロットに背を向け、シンクに置いてあったシャンパンをとろうとしていたターレスは、突然の絶叫に仰天して振り返った。
「何だ?」
「落としちまったぁ〜」
 ガックリ肩を落としたカカロットの視線の先には、皿から滑り落ちたケーキが無残にひっくり返っている。床ではなくケーキの外函が受け止めてくれていたから、食べられないこともなかったが、意気消沈するのは無理のない状態になっていた。
「……ケーキ」
「そんな顔するな。これも食えないわけじゃないし、まだ半分以上あるだろう」
「だって」
「残りは全部おまえが食っていいから」
「え? いいんか?」
「ああ、正直オレはこれで充分だ」
 自分用のケーキを乗せた皿を指先でつき、ターレスはフッと笑った。
「ありがとう! オラ、苺と生クリームのケーキすっげぇ好きなんだ」
「なら良かった。……そう思うと、あまり欲しがったこともないが、我慢していたのか?」
 ふと浮かんだ疑問を口にすると、カカロットは照れ臭そうに笑った。
「うん。ケーキ食べてぇとか、ターレスにガキに思われるだろ?」
「……生憎、オレはもっと甘いものを食べ慣れているから、少々のことじゃ驚かない」
「んっ」
 ターレスはカカロットの顎を片手で軽くすくい上げ、ひっくり返したケーキから苺を一切れとると、カカロットにくわえさせた。
「――やっぱりオレはこれだけでいいな」
 そのまま食べようとしたカカロットの顎をさらに持ち上げ、ターレスは真っ直ぐ自分を見つめる黒い瞳を見返し、低い声で呟いてからカカロットの口からキスで苺を奪った。
「ん、……ターレスっ、大好き」
 名残りを惜しみながら唇を離すと、カカロットがまだ口にしていないシャンパンよりも甘い時間に酔ったようにターレスをジッと見つめ、優しく微笑む。
「とっくに知っていただろうが、オレもだ」
 ターレスもまた満ち足りた笑顔でカカロットを見つめ、二人は飽くことなく唇を重ねた。



end

ちなみにお借りしたエピソードはケーキをひっくり返した下り^^あああってなる黒ちゃん、と言ってもカカロット呼びですが、可愛い(*´∇`*)

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