いい思いし過ぎてて・・・・・(タレカカ文付)

2016.02.28.Sunday

【Heavenly Happy in the Hell】


 平和だな……。
 ふと浮かんだ考えを自嘲する。
 ここをどこだと思っているんだ。まったく。

 生きている時に想像した光景からはかけ離れていても、ここは紛れもなく地獄。均衡を破ろうとすれば、いつ何時耐え難い苦痛を与えらるかもわからない。自分の運命を握っているのが自分でないことだけは明らかなのだ。
 赤ら顔の大男に地獄行きを命じられた時には、どんな酷い場所に送られるかと思っていたから随分拍子抜けしたものだ。ここまで連れてきたガイドの説明によると、――そんなものがいること自体驚きだったが、同じ地獄行きでも犯した罪と当人の性格に合わせた場所に送られるらしい。だから、いわゆる地獄らしい地獄もありますよと言いながら、オレが案内されたのは、オレンジの花で埋め尽くされた大地にポツリと建つ高い塔の前だった。

「ここか?」
 眉を寄せて問うと、小さな鬼はいかにも事務的にうなずいた。
「はい。あなたはここで、犯した罪の記憶を洗い流す順番が来るまで待っていただきます」
「ふぅん」
 どうでもいいことだ。
 この時はそう思い、どこからともなく吹いてきた風で揺れる濃淡様々なオレンジ色の花を見ていた。鬼はポケットから取り出した鍵で塔の扉を開け、オレを振り返った。
「一度入られたら、お迎えに上がるまでは外に出られません。扉自体消えてしまいますから」
 そんなことを聞かされて何を言えばいいのかと思いつつ、促されるまま中に入る。逆らってみたところで、恐らくどうにも出来ない力が働くのだろう。第一、死んでからなにに抗うというんだ。
 背後でゆっくり扉がしまるにつれ、扇を閉じるように床に映っていた光も消えてしまう。一応振り向いて確認すると、確かにそこに扉があった形跡は全くなくなっていた。

 確かにうんざりするな。
 わずかな光は塔のてっぺんにある部屋についているたった一つの窓から射すだけ。肩をすくめ、ひとまず最上階に移動しようと地面を蹴ったが、おかしなことに飛び方がわからなくなっていた。その場で無意味にステップを踏んだだけになり、舌打ちする。どうやらこの塔にいる限り生前のパワーをそのまま使うことは不可能らしい。
 上手い手を考えたもんだ。
 幸いにして最上階の部屋が見上げられる程度の距離だが、それでも階段を上がるのかと思うとうんざりした。だが、この壁に囲まれた空間でいつまでもいるのとどっちがいいと聞かれれば、当然考えるまでもない。盛大な溜め息を吐き、目の前の階段に足をかける。一歩、また一歩。足を進めているうちにオレは自分に課せられた罰を悟ることになった。


 惑星ベジータの時間に換算すると、あれから何年経ったのか。
 あの日、最上階にあるガランとした部屋まで昇り切った時、感じた孤独はたとえようもないものだった。階段を昇るたび胸を塗りつぶしていった真っ黒な孤独さえ比較にならない。自分が既に死んでいることも忘れ、舌を噛み切りたい衝動に何度も駆られながら一段、また一段と踏みしめ、一筋の希望を求めて辿り着いた部屋を満たす空虚。飢えも睡魔も襲ってこないであろうこの部屋で、いつくるともわからない呼び出しを待ちづける。吐き気がした。

 ――そうだ。オレは独りが嫌いだった。

 狂いそうな数日を経た後、薄暗い部屋よりも虚ろな精神が孤独にとって代わる。どれほど美しい花が咲き乱れたところで、変わらない景色など拷問でしかない。唯一の家具と言えば、窓の反対側にあるベッドと小さな椅子。仕方なく無意味にベッドに横たわり、ただひたすら目を閉じる。運よく訪れた眠りから覚めれば、さらなる孤独に苛まれるとわかっていても、そうせざるを得なかった。

 そんな永遠に続くかと思われた空っぽの時間をある日一変させたのは、思い出すのも忌々しい声だった。
「あれ? ターレスじゃねぇか」 
 いつものように唯一の窓の傍に置いた椅子に腰を下ろし、見るともなしに外に目を向けていると、突然声をかけられる。当然驚いたが、ほんの少し高いトーンが混ざった声には聞き覚えがあった。我ながらみっともない勢いで窓から身を乗り出し、声の方に目を向ける。やはりカカロットだ。さすがに動転し、何も言えずにいるオレを見上げ、奴は何故か呑気に手を振りながら、窓辺まで舞い上がってきた。

「おめぇ、こんなとこで何してんだ?」
 間抜け面のカロットの言葉は、久しぶりにオレに感情を持たせた。
「死んだからに決まってるだろ!!」
 苛立ちを露わに怒鳴りつけたが、カカロットはへぇっと悠長に答えるばかり。
「わかったらさっさと行けっ。だいたいなんで貴様が地獄にいるんだ!」
 吐き捨てたオレを見てヘラリと笑い、カカロットは、自爆して地球をぶっ壊しそうになってた敵を別のところに連れて行ったから、一緒に死んじまった言った。
 当然意味はわからなかったが、別に知りたくもない。ただ、腹立たしいことにオレは久しぶりに自分以外の人間を目にして、それがたとえカカロットでも、心の底から会話に餓えている自分に気づいていた。
「なぁ、おめぇも死んじまったんなら、どうせもう悪さはできねぇんだろ」
「だったらなんだ」
 本当にカカロットは人の神経を逆なですることにかけては天才的らしい。ぶっきら棒に問い返しても、黒い瞳は負の感情を表すことなく、何故か嬉しそうだ。
「ここ広ぇし、オラと組手しようぜ!」
「はぁ!?」
「だって退屈じゃねぇかぁ」
 口を尖らせ、うんざりだと言わんばかりのカカロットをジッと見つめていると、自分でも驚いたことに噴き出していた。
「何だよ?」
 益々子どもじみた顔になったカカロットに鼻で笑って答え、山吹色の大した機能性もなさそうな服を掴む。恐らく今ではオレより遥かに力をつけているであろうカカロットだが、不意打ちには誰だって弱いものだ。バランスを崩し、前のめりになったカカロットの後頭部に手を回して、有無を言わせず唇を重ねる。奴の反応が見たくてすぐ目を開けてみたら、狙い通り目を丸くし、何が何だかわからないといった顔だ。

「おまえと違って死にたてほやほやでもない。ずっとこんなところに閉じ込められているんだから、体も鈍っているし、……オレはここから自力で出られないんだ」
 キスから解放したカカロットの顔が少し赤いのを見て、少し溜飲が下がる。
「オラといる間だけなら出られっぞ、たぶん」
「何?」
 驚いて問い返すと、カカロットは人差し指で頬をかきながら、試してみるかと言った。
「何だ?」
 いささかの躊躇もなく手を出され、不覚にも一瞬怯んだ。
 地球であったカカロットは当然のことながらオレに敵意しか抱いていなかったから、向こうから手を差し伸べることはあまりに想定外。自分でもかなり険しい顔をしているだろうと思っていたが、どうやらカカロットにはかつて敵だったかどうかなど無関係らしい。
「だって、おめぇ飛べねぇだろ?」
「ああ」
 何故知ってるんだと思ったが、当然地獄に落とされるはずもないこいつがこんなところをフラフラできるということは、なにかしら死語の世界にも精通しているのだろう。
 戸惑いつつ、ここにずっと押し込められていることに間違いなくうんざりしていたオレは、たとえ目の前のカカロットが狂った自分の幻覚だとしても構わないと思い、奴の手をとった。
 カカロットはニッコリ笑ってオレの手を引き、窓の外へ導き出す。塔を出てからもオレが落ちないように腰に片腕を回してきた。
「あぁ、でも、オラが帰る時には、あっちに戻ってもらわなきゃいけねぇんだ。悪ぃな」
 すまなそうに詫び、カカロットが眉を下げて微笑む。一度は心底憎んだであろうオレに対して、何故これほど親しげでいられるのかわからなかったが、性分の違いという以外の理由などないのだろう。
「飛べないことがこんなに不便だとはな」
 考えても仕方ない。
 あまり意味のないことを言ってから、オレもカカロットの腰に腕を回す。塔の上から眺め、うんざりしていた花々も幾ばくかの自由を与えられた今なら美しいと思った。なによりオレンジの花の海はカカロットの立ち姿によく映えている。

 柔らかな地面に並んで降り立ってからもカカロットに腕を回したまま、期限付きとはいえ、久しぶりの自由と人の存在を味わいつくすべく大きく呼吸する。死んでいるのにおかしな話だが、拒絶するわけでもなく隣に立っているカカロットには確かに温もりがあった。
「手合せしたいのなら相当手加減しないと、本当に今のオレは相手にならないぞ」
「そっか? まぁ、あんなとこにずっといたらそうなるかぁ」
「そういうことだ」
 名残り惜しさを感じつつカカロットから離れ、皮肉な声で答える。カカロットはしばらく、うーんと唸っていたが、ポンっと手を叩いた。
「じゃ、オラ、明日から毎日おめぇに会いにくっから」
「は?」
「おめぇのパワーが消されちまうのはあの塔の中だけだと思うんだ。だって、さっきもちょっとだけ自分でも浮けそうだったし。オラ、閻魔のおっちゃんに地獄のパトロールも頼まれてっから、おめぇはその手伝ぇっちゅうことで、そんために一緒に修行して強くなる時間は必要だろ? ま、あんまり長ぇ時間は無理でも、おめぇもあそこでずっと一人よりいいよな?」
 得意げに話いているが、カカロットの理論は何もかも無茶苦茶だ。
 オレのように身勝手に星を潰しまくった人間でなくても、カカロットの手助けをするに相応しい奴は山ほど名乗りをあげるだろう。そんなことが通るはずがない。だが、突拍子もない話には、かえってつっこみづらいものだ。
「なぁ! 聞いてんのか、ターレス?」
 何から言うべきか迷っていたオレにカカロットがぐっと詰め寄る。オレは無言で目の前の不思議な生き物を見ていたが、答えの代わりに大袈裟な溜め息を吐いた。
「おまえの言うとおりにするのも忌々しいが、確かにあそこで一人にはもううんざりだった。その、閻魔とかいうのに話をつけておいてくれ。おまえの顔でも見られるのなら、……大歓迎と言わざるを得ないだろうな」
 カカロットは、最後のプライドで斜に構えたオレの答えにカチンときた顔で腕組みした。
「そんなん言うなら来てやんねぇぞ」
「――なら、これでどうだ?」
「んっ、っ!?」
 顔だけ前に突き出し、もう一度キスをすると、カカロットが目を白黒させる。
「なんでさっきからチューするんだ」
「サイヤ人式の仲直りだな」
「へぇ、そうなんか!」
 心底感心しているカカロットを見ていると、悪戯心が湧き、今度は一歩近づいて逆らわない相手に深く唇を重ねた。
「ふ、ぅ……ンッ、ターレスっ」
 どこまで許すか試したくなり、歯列を割って舌を入れる。カカロットは当然驚いて顔を引きかけたが、強引に舌を絡め、抵抗を許さない。戦闘時には想像も出来なかった甘い吐息を漏らし、カカロットはいつの間にかオレの腕を掴んで、自らキスに応えた。
「今日のところはこれだけでいいだろう?」
「ふぇ?」
 とろけた顔で返事をしたカカロットの頬を軽く叩き、その場に腰を下ろす。カカロットは警戒することもなくオレにならって隣に座り、首を傾けてオレの顔を覗き込んだ。
「じゃ、また来たら組手してくれっか?」
「……もう一度殺してくれるなよ」
 クスッと笑ってカカロットの黒髪を軽く弾く。カカロットは顔をほころばせ、音を立ててオレに子どものようなキスをした。
「じゃ、また来るな」
「ああ。それと、さっきの和解法は他の相手には試すなよ」
「なんでだ?」
 きょとんとしているカカロットにフンと鼻を鳴らして答え、そういうものだからだと言った。
「そっか。わかった。とにかくオラ、帰ぇるな。地獄にいる奴を決められたとこからあんまり長く連れだしちゃいけねぇみてぇだかんよ」
「そうか」
 内心酷くがっかりしていたが、表に出さないように努め、短く答える。カカロットはオレにもう一度手を差しだすと、力を込めて地面を蹴り、塔のてっぺん近くまで飛び上がった。
「じゃあ、またな」
「ああ」
 生前の憎しみなどなかったのかと錯覚させる笑顔で、カカロットがオレに片手を上げて見せる。それから、どこへともわからない場所へ一気に飛び去っていった。

「またな、か……」
 きっとこの窓辺に座って外を眺めることが習慣になる。
 我知らず笑みが浮かぶ。今のオレは随分腑抜けた顔をしているのだろう。だが、ここには甘っちょろいと笑う奴もいないのだから、知ったことか。
 小さく笑い、ここでの明日という時間の流れが巡ってくるまで、しばし休息をとることにする。夢にはあの笑顔が出て来るに違いない。ベッドに横たわり、目を閉じると、塔の下からオレの名前を呼び、笑顔で手を振るカカロットが見える気がした。

 地獄に仏、か。
 
 妙に的を射た言い回しを思い出しつつ、オレはここに来て初めて穏やかな眠りに引き込まれていった。



end

一人称は苦手だぁぁ><;;
それにしてもたまらんタレカカイラストでしょ(*Vдv艸)

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