連日連夜(タレカカ妄想文)

2016.02.24.Wednesday


【アフター・ファイブ】


「何考えてるんだ! くそっ」
 後ろから誰か来ているかなど確認もせず、背中側に伸ばした手で乱暴に会議室のドアを押す。かろうじてバタンと音を立てて閉まるまで待って毒づいたカカロットの声は、果たして中の重鎮たちに聞こえていないのか。神のみぞ知るといったところだが、当のカカロットはたとえ聞かれていたことで咎められたとしても、受けて立ってやるといわんばかりの気迫だ。
 だが、実際のところ、安全策ばかり選ぼうとする管理職連中がカカロットに意見するはずもなく、中では皆一様に聞こえないふりをしていることだろう。憤懣やるかたない様子で大股に一歩踏み出したところで、ドアが開く音が聞こえ、誰かがカカロットの腕を掴む。勢いよく振り返ったカカロットの真後ろで、少し眉を下げているのは、教育係のターレスだ。ターレスはエキサイトしているカカロットと対照的な落ち着いた目でカカロットを見つめ、フッと笑った。

「……すみません。また、オレの代わりに謝ってくれたんですよね?」
 営業の最前線で働きたい。
 大学卒業後、初めての就職先は充分な将来性もある企業だったが、いかんせん伝統が邪魔をして、新たな施策は受け入れられない傾向も否めなかった。それでも、伝えれば変わることもあると信じて自分の仕事に臨んでいたカカロットは、同期の新入社員たちがただ黙って参加しているミーティングでも、積極的に発言し、成果につながる対策を提案してきたつもりだったが、新人のアイデアが、――論理的な説明が苦手だったせいもあるが、容易く受け入れられるほど甘くはなかった。
 入社から半年。
 カカロットは仕事に慣れようと必死に取り組んだ反動もあって、そろそろもどかしさも限界に達しかけていたが、教育係のターレスはいつも絶妙なタイミングでフォローしてくれていた。
「別にひたすら謝ったわけでもない。おまえの意見の論点をもう少し柔らかく説明しただけだ」
 確か歳も二、三歳しか違わないはずだが、ターレスはいつも冷静沈着で、カカロットのアイデアの甘い部分は端的に指摘しながらも、しっかり根幹の部分を取り入れ、時には管理職への橋渡しもしてくれた。もちろんカカロットの手柄を横取りするようなこともない。
 営業職である以上、このソツの無さも必要だと思うが、自分ならとても面倒な部下をターレスのようにフォローしきる自信はなかった。
「オレ、むいてないんでしょうか」
 珍しく弱気な発言をしてからすぐ恥ずかしくなる。これでは否定して、構ってくれと言っているようなものだ。
 だが、ターレスは無言で肩をすくめただけで、カカロットの金髪をポンポンと二度叩いた。
「ランチミーティングなんて洒落た名前で、ていよく働かされたから苛立ってただけだろ。機嫌直せ。仕事が終わったら、美味いものでも食わせてやる」
「……子ども扱いしないでくださいよ」
 ムッと口を尖らせたカカロットを横目で見て、ターレスは小さく息を吐いた。
「そうじゃない。話しなら聞くと言ってるだけだ」
「はい。すみません」
 自身の言葉に反して、明らかに子どもじみた態度をとったことを素直に反省し、カカロットはペコっと頭を下げた。
「さ、午後も気合い入れてさっさと終わらせるぞ。飯を楽しみにしていれば出来るだろう?」
「はい!」
 必要以上に説教じみないよう、ターレスが明るい声を出す。
 それから、喫煙所に行くからと片手を上げて廊下の角を曲がったターレスを慌てて追いかけ、訝る相手に笑顔を見せた。
「オレも一緒に行っていいですか? もう少しターレス先輩と話したいんで」
「――好き好んでニコチンを摂取しなくてもいいだろう」
 思いがけず返事の前に長い間合いが空き、一瞬不安になった。だが、ターレスはいつもの穏やかな口調で答え、カカロットにいいから仕事に戻っていろと言った。
「はーい」
「何だその返事は」
「サー・イエッサー!」
 ターレスのつっこみに敬礼で答え、カカロットは呆顔で笑っているターレスに軽く頭を下げて回れ右した。オフィスに向かって小走りに去っていくカカロットの後姿を見送り、ターレスは眉間に薄く皺を刻んでふうっと溜め息を吐いた。


「ぜっっっったいにあっちの方がデザインがいいし、お客さんウケもいいと思うんですよ!!」
 会社からは少し離れた場所にある小さな焼き鳥屋にカカロットの声が響く。生ビールのジョッキ二つと、三皿ほどの料理、安っぽい円盤型の灰皿。それだけで、小さなテーブルはほぼいっぱいだ。
 熱い思いを必死で訴えていたカカロットが、ジョッキに入った冷たいビールをグイッと煽り、ドンとテーブルに置く。向かいの席でターレスは、テーブルの縁に肘をつき、煙草をくゆらせながら楽しげにカカロットを見ていた。
「何が可笑しいんですか?」
 むうっと口を尖らせたカカロットを見て、ターレスが小さく笑う。その反応で、子どものように頬を膨らせ、ぶつぶつ文句を言っていると、ターレスが褐色の手を伸ばしてカカロットの頬に触れた。
「何? あっ、何ですか?」
「業務時間じゃないんだ。ため口でいい」
「でも、ターレスさんは……」
「ターレスだ」
 さすがに戸惑っているカカロットの片頬を軽くつまみ、ターレスは片眉を上げて見せた。
「いいの?」
「ああ。会社でなければな」
「うん。……でも、オレ、本当にターレスのことは尊敬してる。ほとんど歳も変わらないのに、すぐカッカするオレと違って、すごく冷静だし」
 言われるままに敬語を止めたカカロットを満足そうに見返し、ターレスは自分のビールを一口飲んだ。
「そういう気概も必要だ。全員冷静じゃ面白くもないだろう」
「でもさ、めんどうくさい後輩にあたったって思ってるだろ?」
 テーブルに両肘を乗せ、身を乗り出して尋ねるカカロットをジッと見つめ、ターレスは一寸思案するように唇に力を込めた。
「……おまえをどう思ってるか、か」
「ターレス?」
 静かにひとりごちたターレスの表情に違和感を覚え、カカロットは不思議そうに首を傾げた。
「悪いが、秘密だな」
「え〜!? 散々溜めてそれ??」
 腹の力も抜いて大袈裟に肩を落としたカカロットにニヤッと笑って見せ、ターレスは顎でテーブルを指すと、いいから食べろと言った。
「食べるよっ。でも、絶対オレをどう思ってるか、聞き出すからな」
 社内の女子の視線を集める金髪碧眼の整った顔をイーッと舌を出して崩し、カカロットは目の前のつくね串をかじった。
「後悔するなよ」
 ターレスは聞こえるか聞こえないかのごく小さな声でそう答え、短くなった煙草を灰皿に押し当てた。
「ターレスこそもっと食べなよ」
「ああ。――明日は休みだし、たまにはゆっくり飲むか」
「うん! そうだ。ターレスってあまり自分のこと話さないし、今日は質問攻めにしていい?」
 青い目を悪戯っぽく光らせて問うカカロットに苦笑いを返し、ターレスは勘弁してくれと笑った。
「あまり詮索すると、酔い潰れるまで飲ませるぞ」
「あ、こう見えてもオレだって結構強いんだからな」
 嬉しそうに答えたカカロットは、自分を見つめるターレスの黒い瞳の奥で陽炎のように揺れる思いに、まだ気づいていなかった。



end

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