ス●ーバッ●スコーヒーなぞ(カカ空妄想文付)

2016.02.24.Wednesday


【Happily Ever After】


 ショッピングモールの一角にある行きつけのコーヒーショップに入ると、カウンターにいた店員たちがカカロットに気づいていらっしゃいませと声をかけてくる。
 輪唱のような挨拶に少し首をすくめ、順番待ちの客用のラインに沿って立つ。二つ並んだ注文口にはカップルが一組と三人組の女性客。トッピングやフレーバーで様々な変化をつけられることがこの店の売りということもあって、どちらもかなり迷っているようだ。
 冬はいつもホットカフェラテを頼むカカロットは、少々手持無沙汰だ。ポケットからスマートフォンを取り出しては見たものの、いつもなら心待ちにしている相手からの連絡も期待できない理由があるから、溜め息を吐きたくなる前に元に戻した。

 さらに三分ほど経過して、ようやくカップルの方が注文を終え、商品受け取り口カウンターへ移動する。お待たせしましたと声をかけてくれた店員の方に向かいかけたカカロットは、従業員用の通用口からカウンターの中に入ってきた背の高い店員に気づいて、あ、と声を上げた。
「いらっしゃいませ」
 カカロットの視線に気づいたその男性店員は、一瞬不思議そうに片眉を上げたが、すぐにそつのない笑顔で挨拶する。特別親しいわけではなかったが、いつもカカロットが来る時間帯にいる店員だったから、一瞬知り合いにあったような錯覚を覚えてしまった。少し気恥ずかしさを感じつつ頭を下げ、注文をしようとすると、その店員はカカロットの注文を聞こうとしていた女性店員に何事か言って、するりと交替した。

「お一人ですか?」
「あ、はい……」
 一人だけエプロンの色が違うからという理由だけでなく、改めて見ると、長身で浅黒い肌の男は人目を引く空気を漂わせていた。ほぼ毎週来ているとはいえ、親しい人間意外にあまり興味を持たないカカロットが思わず声を出してしまったのも、どこかで男の存在感を認めていたせいかもしれない。接客用の笑顔を浮かべた男をジッと見つめていたカカロットは、注文を終えてカウンターを離れる隣の女性たちの明るい笑い声で我に返った。
「カフェラテ?」
「あ、う、うん」
 穏やかな笑顔を浮かべたまま静かに問われ、慌ててうなずく。
 他に注文がないか確認することもなく、男はレジを打ち終えると、お席までお持ちしますと言った。
「え?」
 聞き間違えたかと青い目を見張ったが、男は少しお時間をいただきますからとだけ言った。飲み物だけの注文ならそれでも基本的にセルフサービスのはずだが、混み合っていない時間にはそういうサービスもあるのだろうか。不思議に思いながらも渡された番号札を持ってテラス席に移動する。朝晩はまだまだ寒い季節だが、この頃、午後になるとほどよく暖かい日も多くなってきた。
 椅子に座ると、ちょうど目隠しになる程度の高さに数種類のグリーンが植えられていて、すぐ前の通りを行き交う人の視線も気にならない。カカロットのどこか浮かない顔も隠されてちょうどよかった。
 深いため息が出そうになった時、お待たせしましたと声をかけられる。テーブルの上に乗せていた手を引き、無言で注文の品が置かれるのを待つ。無駄のない所作でカカロットの前にカフェオレを置き、当然そのまま店員も立ち去るかと思っていたが、もう一つ別のカップが向かい側に置かれる。
「あの、これ……」
 違いますよと言いかけたカカロットは、向かいの席にさっきの顔見知りの店員が当たり前のように腰かけたのを見て、青い目をこれ以上ないほど大きく見開いた。
「喧嘩か?」
「はぁ?」
 勝手に相席したことになんの釈明もないばかりか、いきなりストレートな問いを投げられ、さすがに不機嫌な声が出る。だが、男は、――どうやら休憩中らしいが、カカロットの反応を気にした風もなく、自分の分のコーヒーを一口すすった。
「それだけ美形だと悩んでいるところも悪くないが、出来ればいつものように二人で仲良く来て欲しいからな」
「大きなお世話だよ!」
 思わずきついトーンになり、軽く周囲の客の注目を集めてしまう。決まり悪そうに視線を落としたカカロットとは対照的に、男は意に介した様子を見せなかった。
「もちろんお節介だ。だが、大事な常連さんだからな。片方失うのは惜しい。――うちの店を贔屓にしてくれてるお礼に悩み相談のオプションもつけるぞ?」
 カウンターの向こうにいる時の丁寧な接客から想像のできない、からかうような口調でそういうと、男は促すように沈黙した。
「喧嘩……だよ。悟空、あ、えっと、いつも一緒にいる子だけど」
「ああ」
「あいつは、全然そんなつもりないってわかってるんだけど、――オレの方がつまらないことでいつもヤキモチ妬いて。でも、悟空が何回も許してくれてたから、どんどん我儘になってたんだ」
「そこまで分かってるのにこんなところで呑気にコーヒーブレイクか」
「違うっ!! 会いたくないって言わ、れ……っ」
 そこまで話したところで喉の奥から熱い塊が込み上げ、見ず知らずの人間と言ってもいいカフェ店員の前だと言うのに、青い目に涙が滲む。情けなくなり、慌てて顔を背けようとしたカカロットの目の前に紙ナプキンが差し出された。
「ご、ごめん」
「謝ることじゃない。だが、その、悟空?と言ったか。そんなことを言いそうなタイプには見えなかったがな」
「でも、言われたんだ!」
「落着け」
 男は少し呆れ顔になり、思案するように浅黒い指で自分の唇を軽く摘まんでいたが、テーブルに片肘をついてカカロットの顔を少し低い位置から覗き込んだ。
「会いたくない、ただそれだけか? おまえが言われたことを一言一句正確に言ってみろ」
「――っ、れ、冷静になるまで会いたく、ないって。似たようなものだろ……」
 男に促され、答える傍から自分の子どもっぽさが胸を突き刺した。だが、悟空のことはもっと傷つけたのだろう。カカロットを見つめる黒い瞳が酷く辛そうだったことが、今さらながら思い出された。
「あや、まってくる」
「それがいいな」
「あの、ありがとう、えっと……」
「ターレスだ」
 男は自分のカップを手に立ち上がり、クスっと笑って答えた。
「ありがとう、ターレス」
「どういたしまして。大事なお客様ですから」
 わざとらしいほど慇懃な口調で礼を言い、そのまま仕事に戻るかと思ったターレスが、足を止め、カカロットを振り返る。
「おまえのパートナーの家は近いのか?」
「あ、うん。大学の寮だから、ここから二、三分」
「そうか。なら、手土産を用意してやるから、少し待っていろ」
「うん」
 自分でもどうして素直に従っているのかわからなかったが、なんとなくターレスの言うとおりした方がいいという気にさせられた。

 結局、話している間、ほとんど口をつけていなかったカフェオレを飲んでいると、ターレスがテイクアウト用の紙袋を提げて戻ってきた。カカロットの前までくるとテーブルにそれを置き、薄い笑みを浮かべる。慌ててポケットから財布を取り出そうとしたカカロットを片手で制し、ターレスは勝手に用意しただけだからと言った。
「あ、じゃ、じゃぁ、遠慮なく。ありがとう」
 結局最初から最後まで押されっぱなしだと思いつつ、カカロットが素直に礼を言うと、ターレスはフッと笑みを零し、すぐに接客用の顔に戻って軽く頭を下げた。
 ありがとうございました〜。
 来た時と同じように重なり合う挨拶を背中で聞きながら、カカロットは足早にショッピングモールを出た。

 歩いて二、三分という距離だから、当然早足だったらあっという間に辿り着く。
 やや年季を感じさせる量の門から中に入り、外階段で二階へ上がる。むき出しのコンクリートの通路を歩き、三つ並んだ部屋の一番奥まで行くと、ベージュ色のドアの前で大きく深呼吸した。
 謝ろう。正直に気持ちを伝えて、それで……
 許してもらえるかはわからない。いい加減カカロットが勝手に腹を立てることにうんざりしていてもおかしくないのだから。
 それでもと意を決し、四角いグレーのインターフォンの右下にある白いボタンを押す。今のカカロットの心境にはそぐわない、一音一音が間延びしたような長い感覚でチャイムが鳴った。
「はーい」
 すぐに返事が聞こえ、玄関まで駆けてくる足音が聞こえる。
 覚悟を決めてのぞき穴の前に立つと、こちらから見えているわけでなくても、息をのむ程度と思われる間合いを開けてドアが開いた。
「カカ……」
「悟空、ごめ……ん」
「カ、カカ!? 泣いてるんか? 入れよっ」
 泣こうなどというつもりはなかった。同情されるべきは悟空の方なのだから。ただ、若さ特有の真っ直ぐさゆえに、この喧嘩で本当にもう会えなくなるのではないかと思っていたのだと気づく。悲しいわけではなく、許してもらえようがもらえまいが、悟空の顔を見れたことで安堵したのだ。
「悪いっ、悟空の顔見れて、気が緩んだだけだから」
 数回息を吐いてそう言うと、悟空はホッと息を吐いた。
「ビックリした。オラ、別にもう会わないとか言ってねぇだろ」
「うん。わかってる。それに、あんなことでヤキモチ妬いて勝手に怒って酷いこと言ったよ、ごめん」
「いいよ、もう。でも、……なんちゅうか、独占したいって思われるんが嫌なんじゃなくて」
「悟空?」
 照れくさそうに言葉を切った悟空を見つめ、首をかしげると、悟空はパッと顔を上げてカカロットの頬にキスをした。
「好きだから、カカにもオラを信じて欲しいだけなんだ」
「悟空っ」
「わっ、ちょっ! カカッ、危ない」
 自分が紙袋を抱えているのも忘れ、飛びつかんばかりの勢いで悟空を抱き締めようとしたが、そもそも学生寮の狭い玄関でのこと。足元にあった悟空の靴をおもいっきり踏んづけてしまい、バランスを崩した。頭半分背の高いカカロットをなんとか支え、悟空はもうっと言って苦笑いした。
「ごめん。嬉しくて」
「オラも、喧嘩してまだ二時間も経ってないのに、もう会えねぇんが辛かったから、嬉しい」
「うん。あ、そうだ。これ、あの店でもらったんだ」
「もらった?」
「うん。サービスだって。……詳しい話は、部屋でしてもいい?」
「あ、ごめん、ごめん」
 悟空は楽しそうに謝って、カカロットと一緒に部屋へ入った。

「何くれたんだ?」
「たぶんコーヒーだと思うけど……」
 問いかけながらも、身を乗り出している悟空の真横に顔をくっつけ、一緒に袋を覗く。中には紙製のドリンクホルダーで支えられたカップが二つと、桜色の薄紙に包まれたスコーンが入っている。
「あ、もうこのシリーズ出たんだな」
「そうみたいだね」
 片方はカカロット用と思われるいつものカフェラテだが、もう一つは、毎年悟空が楽しみにしている桜とバニラの風味でアレンジされた期間限定ドリンクらしい。スコーンの上にも桜の塩漬けが乗っているはずだ。
 嬉しそうな悟空の前にまずはスコーンを取り出し、続いてカップを二個並べる。それぞれ自分のカップに手を伸ばそうとした時、同時に側面に黒いマジックでなにか書かれているのに気づいた。

「Happily?」
 眉を寄せて書かれた文字を口にすると、悟空も自分のカップを目の高さまで持ち上げ、
「こっちは、えっと、Ever Afterだって」と言った。
「……なんちゅうか、随分気障な定員さんだったんだな、カカ」
「まぁ、それは否定できないかも」
 カカロットは頬を染めた悟空の言葉にうなずき、もう一度カップに書かれた文字に視線を落とした。
「土曜にあの店行こう。お礼、言わなきゃ」
「あ、うん」
 穏やかに笑ったカカロットに一瞬見惚れていた悟空は、こちらを向いたカカロットに慌ててうなずいて見せた。

 ハッピーエンド。



end

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