ジムでも行きたい(タレカカ妄想文付)

2016.02.20.Saturday


【本日営業終了】

 
 営業終了十分前。
 大概の客はジムと併設された温泉で汗を流し終え、満足そうに疲れた顔で帰っていく。
 それほど大きな規模の施設ではないから、受付専門の若い女性従業員は最終受付時間が終わると、退社している。館内の掃除以外の後始末や客の見送りは数名のトレーナーたちの当番制だ。
 主に初めての利用客にジム内で利用できる器具の説明と、希望者のパーソナルトレーニングを担当しているターレスは、受付カウンターの名簿を確認し、残っている客があと一人だと確認すると、椅子に掛けてあったトレーナーに支給されている濃紺にも見える紫色のジャージを羽織り、館内施錠点検シートが挟まった黒のクリップボードを手にして歩き出した。

 緩い弧を描いた階段を昇り、まず正面にあるスタジオを覗く。無人になっていることを確認して電気を消し、セキュリティシステムをオンにしてから隣のジムスペースに入った。
「電気消しますよー?」
 型どおりに声をかけるまでもなく、部屋中が見渡せるのだが、万一、器具の影に隠れて倒れていたりしてはいけないからと、点検担当者には声かけが義務付けられてる。ただ、正直無人になってがらんとした部屋に自分の声だけが響いているのは、少々気味が悪かった。

 とはいえ、ターレスがこの温泉兼スポーツジムで働き始めてもう五年。最終点検にもすっかり慣れてしまった。元々自分が体験したこと以外を信じる方でもない。ターレスはいつものように淡々と点検を続け、階段を下りて受付のあるロビーに戻った。

 いつもどおり続けて温泉をチェックしようと思っていたが、形式的に確認した名簿の最後の一人の名前の横にある退出チェックが空欄のままだと気づく。
 訝りつつ脱衣所に向かい、軽く扉をノックする。だが、返事はない。まだ、のんびり湯に浸かっている客がいるのだろう。勘弁してくれと思いながら、従業員用のサンダルをつっかけて脱衣所に入り、下三分の二ほどがすりガラスになった浴室へ続く引き戸に近づく。中の熱気で薄く曇ったガラスの向こうに目を凝らしてみたターレスは、黒っぽい御影石の床に横たわる人影に気づいて、ぎょっと息をのんだ。

「お客様!?」
 勢いよく扉を開き、慌ててかけよる。
 どうやらサウナでのぼせてしまったのだろう。当然全裸の男は、ターレスの呼びかけにも反応せず、完全にのびてしまっている。日頃は冷静なターレスも自分以外誰もいない時間の出来事に内心さすがに慌てていたが、とにかくその場に膝をついて、横向きに倒れている男の頬をごく軽く叩いた。
「大丈夫ですか?」
 ハッキリした口調でもう一度呼びかけると、男の瞼がピクリと動く。どうやらそこそこ若い男のようだから、意識を取り戻せば大丈夫に違いない。救急車を呼ぶにしてもどこか涼しい場所に運んでからだ。
 ターレスはジャージの上着を脱いで全裸の男の腰に腹にかけ、男の背中と膝の下に手を何とかすべり込ませて抱き上げた。
「……こりゃまた随分美人だな」
 後で考えれば、この状況でよくそんな軽口が出たものだと思ったが、いつもの自分のペースを取り戻したかったのかもしれない。濡れた金色の髪が端正な顔にピタリと貼りつき、時折苦しげに息を吐く表情とも相まってなかなか魅力的だ。熱気で紅潮した白い肌は、恐らく平時なら陶器のように滑らかな白さだろう。

 脱衣所に出て、ひんやりした空気を感じると、ターレスの焦りもしずまったのか、このところよく温泉だけ利用する客だと思い当たる。 
 名前は……確かカカロットだったな。
 ほぼ毎週来ているのに、チケットのまとめ買いをするわけでもないカカロットに、ジムと温泉を両方利用できて、数回で元がとれるチケットの会員制度を教えてやろうかと思っていたところだった。
「ぶっ倒れるようじゃジムは無理か」
 扇風機の前にある籐製の長椅子にカカロットをゆっくりと横たえ、一番弱い風量で風をあててやる。貸し出し用のフェイスタオルを洗面台で濡らして戻ってきたターレスは、カカロットの真っ赤な頬にそっとあてて、もう一度大丈夫ですかと呼びかけた。

「……っ、ぅ、ん」
 冷えたタオルのお陰か、涼しい場所でクールダウンできたからか、カカロットが眉間に深く皺を刻んで呻く。救急車を呼ぶか迷っていたターレスは、どうやらこのまま暫く休ませれば大丈夫そうだと思い、ホッと息を吐いた。
「お客様?」
「あ、の……」
「ああ、よかった。サウナを出て倒れられたんですよ。中でなくて本当によかった」
 営業用の笑顔を貼りつけ、カカロットの金髪を片手でかき上げ、濡れたタオルを乗せてやる。まだぼんやりしてはいたものの、なんとなく事情を理解したらしく、カカロットは青い目に謝罪の表情を含ませた。
「何か飲み物をとってきましょう」
「すい、ません。ほんとに」
「おっと、まだ起きられませんよ」
 反射的に起き上がりかけたカカロットの肩をつかみ、慌てて椅子に押し付ける。咄嗟のことで、まるで押し倒したみたいだなと思い、ターレスは思わず小さく笑っていた。
「何?」
 見咎めたカカロットをジッと見つめ、浅黒い指を伸ばし、水分を失った唇をなぞる。思いがけないことをされたせいで、カカロットは飛び上がらんばかりの様子で驚いていたが、実際はまだ体をしっかり動かせていなかった。
「大丈夫。病人を襲うほど鬼じゃない。ましてや大事なお客様だ」
 ターレスはニヤッと笑ってそう言うと、カカロットの唇から指を話し、それを自身の唇にあてがう。
「次に会ったら口説かせてもらうからな」
 含み笑いでウインクすると、カカロットは口をパクパクさせ、いい加減赤かった顔をさらに赤くした。
「……ジムへの勧誘ですよ」
 プライベートの顔を垣間見せた直後とは思えない営業用の笑みを浮かべ、ターレスは呆気にとられているカカロットの視線が自分を追っていることを背中で感じながら、ウォーターサーバーの方へ歩き出した。







続きも書けたらいいなぁぁとは毎回思うけど、それ以上に次のネタがきたりするんだぁぁ><;;

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