オープンキャンパスとか行ってみたかった(カカ空妄想文付)

2016.02.07.Sunday


【Like a Twins】


 自宅が見える角を曲がった時、もう太陽は西の空の低い位置にあった。足を速めた訳は自分でもわからなかったが、第六感めいたものでもあったのかもしれない。
 西日に照らされた玄関前でオレンジ色のスポーツバッグから自宅の鍵を取り出し、鍵穴に差す間も、悟空の胸はドキドキしていた。ロックが外れる感触が指に伝わり、鍵を抜く。ドアレバーを九十度回してドアを開け、家に入ろうとしたところで足元に落ちているハガキに気づいた。
 表面に書かれた自分の名前と、見覚えのない字を訝しく思いつつハガキを拾い上げた悟空は、裏返した白い面に丁寧な字で書かれた言葉と右下の差出人と思しき署名を見て目を丸くした。

「カカ……?」
 無意識に呟いた途端、胸の奥底にしまい込んでいた懐かしさが溢れ出す。
 十年、いや、もう十五年近くは経っているだろう。
 ハガキの真ん中にただ一言『覚えてる?』と書かれたメッセージとそれよりも少し小さな字で書かれた名前。幼い悟空は"カカロット"と上手く発音できず、カカ、カカと呼んでいた幼馴染からの手紙だ。
 慌ててもう一度表書きを見てみたが、そこには悟空の住所と名前しか書かれていない。ただ一言問いかけるだけのハガキを食い入るように見つめ、悟空は開けっ放しの玄関で暫く動くことができなかった。


「イヤだ、いっちゃやだ、カカっ!」
 同い年の二人は、幼稚園ではもちろん家に帰ってからも出来る限り一緒に遊んでいた。
 いつもニコニコしていて子供らしさい悟空とは対照的に、幼いながら金髪と印象的な青い瞳が生える整った顔立ちのカカロットは少しばかり人見知りだった。だが、悟空といる時だけはいつも楽しそうに年相応の笑顔を見せ、家族や幼稚園の先生たちから生き別れた双子だなどとからかわれるほど二人はとにかく仲が良かった。実際、一卵性双生児でもあそこまでウマが合うものではないだろう。滅多にない喧嘩の後ですら、お互いに喧嘩をしてしまったことそのものの方が悲しくて大泣きするほどだったのだから。

 だが、二人が小学校に上がる前に別れは突然訪れた。
 最初はカカロットが引っ越すと聞いても、言葉の意味が分からず、悟空は明るく明日帰ってくるのかと尋ねてた。だが、その日以来、一緒にいても目に見えて沈んでいるカカロットと過ごすうち、次いつ会えるか分からないということをぼんやり理解した。結局、悟空は見送りの朝、カカロットの家の前で周囲の大人も思わずもらい泣きする勢いで号泣してしまった。
「ぜったい、ぜ、ぜったいあいにくる、からっ」
 悟空と手を握り合ったカカロットも青い目に涙をいっぱい溜め、必死で答えていたが、どこかで幼すぎる自分たちではどうしようもないことを理解しているように見えた。

 実際、あの年齢では手紙や電話で繋がっていくことさえ難しい。
 結局、引っ越し以来一度も会うことは出来なかったが、一枚のハガキがカカロットもまた悟空との思い出を大事にしていたことを教えてくれている。
「……懐かしいなぁ」
 口にした途端、温かな感情が胸に広がる。
 せっかく便りをくれたのに住所も電話番号も書いてくれていないから連絡のしようもないじゃないかと、少し恨めしい気持ちにもなったが、覚えてる?という一言が、カカロットの心情を雄弁に語っている気がした。
「覚えてるよ、決まってっだろ」
 ハガキに向かって微笑みかけ、学ランのポケットにしわにならいようにそっとしまい込む。確かちょうどいい大きさのカードケースがあったはずだから、明日から通学用のスポーツバッグに入れて持っておこうと決めた。特別な理由があったわけではないが、そうしていると、いつかどこかでまたカカロットと縁が繋がるのではないかと思えたからだ。
 ポケットの上からそっと手をあてると、カイロを入れている時のような温かさを感じる。錯覚だと分かっていても心地よかった。悟空はいつの間にか薄闇が近づいていることに気づいて慌てて開けっ放しのドアを締め、二階にある自分の部屋へ駆け上がって行った。

 数日後、悟空はとある大学のオープンキャンパスに来ていた。
 周囲を緑に囲まれてはいたが、正門から見える六階建のレンガ色の校舎も高層ビルを思わせるような新設の校舎もいかにも都会的で、少々気おくれしてしまう。
 だが、スポーツでも好成績を残しているこの学校の設備はどうしても見学しておきたかった。ふうっと一つ大きく息を吐き、傍目には可笑しいほどの気合いを入れて正門をくぐろうとした時、誰かかが悟空の肩にそっと手をかけた。
「悟空?」
 誰だろうと振り返り、ポカンとしてしまう。
 悟空よりも頭一つ分ほど背の高い青年は、自身のなさげに声をかけたが、悟空を見て間違いないと確信したのか、青い目で照れ臭そうに笑った。
「カ、カカ!?」
 驚きのあまり声が上ずってしまった。
「そう。……良かった、会えて。一時間前から待ってたんだ」
 心底ホッとした様子のカカロットをまだ幻じゃないかという思いで見つめ、悟空はどうしてと訪ねた。
「二週間くらい前だったかな。偶然、悟空と同じ高校だったって奴に会ったんだ。あの町に住んでるって分かった時に試しに聞いてみたら、悟空のこと色々教えてくれて……」
「そうだったんだ。だから、あのハガキもくれたんか?」
「うん。……ごめんな、急に。そいつからこの大学のオープンキャンパスを申し込んでたはずだって聞いて、もしかしたら会えるかもって思ったんだ。でも、忘れられてたらと思うと、住所とか書けなくて」
 困ったように金の眉を下げたカカロットは、思わず見とれてしまうほど端正な顔の青年に成長している。実年齢より幼く見られがちな悟空は、懐かしさでハガキを送ってくれたカカロットが自分を見てがっかりしてはいないか心配になっていたから、謝られて慌てて首をブンブン左右に振った。
「嬉しかったよ! まさか連絡してもらえるなんて思ってもなかったし、絶対そのお陰で今日も会えたんだよ。オラ、あのハガキ持ち歩いてるんだ」
 悟空はいつものスポーツバッグの中を探り、プラスチックのカードケースに挟んだハガキを取り出した。
「――ありがとう」
「カカ?」
 一瞬間を空けて礼を言ったカカロットの目に、何とも言えない表情が浮かんだ気がして、悟空は首を傾げた。
「なんでもないよ。まさかそんなことしてくれると思わなくて、感激してるんだ」
「へへっ。なんかいつも持ってたらカカに会えるかもって……女みてぇだろ?」
「そんなことない。会いたかったから、ずっと」
 万感の思いを込めた青い目で見つめられ、悟空の心臓が急に騒ぎ出す。懐かしい幼馴染に会えた高揚感だけでは説明がつかない気がしたが、それ以外にこの感情を説明する言葉も知らなかった。
「良かったら一緒に回らない?」
「カカもここ受けるんか?」
 もちろん願ったりかなったりだったが、そんな偶然があるものだろうか。もし、せっかくの休日に付き合ってくれるつもりだとしたら……。カカロットは心配そうに尋ねる悟空に笑顔で頷いて見せた。
「悟空が受けるなら」
「へ?」
「……まだ自分で全部決められる大人じゃないけど、ようやく一緒にいるために少しだけ自分でも動ける歳にはなったからさ」
 カカロットは何かを抑えるようにふうっと息を吐いて、穏やかに答えた。
「でもっ、進路だし、大事なことだから、そんなオラなんかのことで……」
「なんか、じゃなかったんだよ。ずっと会いたかったから」
「でもっ」
「迷惑?」
 明らかに傷ついたカカロットの目を見て、悟空はまた大慌てで首を振る羽目になった。
「違うよっ。オラだって、また会えてすげぇ嬉しいっ。でも、大事なことだからって心配になったんだ」
「心配いらないよ。オレには悟空が……」
「カカ?」
 唐突とも思えるタイミングで言葉を切ったカカロットを見つめると、何でもないと笑顔を返された。
「とにかく、将来のことも何にも考えずに一緒の学校に行こうとかしてるわけじゃないから。オレの勉強したいこともちゃんとこの学校で出来ることだし、第一、一緒に行きたくても受験受からないとな」
 楽しげに笑っていても、久しぶりに見るカカロットの青い瞳の奥には押し殺した悲しみが隠されているように見えた。だが、悟空は十年以上の時間を経て再開した幼馴染にいきなり全てをさらけ出してくれというつもりもなかった。

「じゃ、行こう! 正直オラ一人だと心細かったんだ」
「うん」
 悟空が明るい声で促すと、カカロットもホッとしたように笑った。
「でも、カカ、すっげぇかっこよくなったんだなぁ。元々似てたわけでもねぇけど、これじゃもう誰も双子だなんて言ってくれねぇな」
 オープンキャンパスの受付へ並んで歩きながら、悟空が楽しそうにそう言うと、カカロットは真顔になって
「兄弟なんかじゃなくて良かったよ」と言った。
「あ、あのさ、カカ」
「ん?」
「えっと、……何でもねぇ」
 垣間見える表情が気になっても、すぐに優しい笑みで隠されてしまい、それ以上何も言えなくなる。
 もし、同じ大学に通えるようになったら色々話してくれるだろう。
 何も今日聞くことじゃない。悟空は胸の奥の引っ掛かりを無理に剥がした途端、自分でも想像のつかない感情が溢れ出しそうな気がして、無理に笑顔を作った。
 何より今カカロットが隣にいることが嬉しいという事実だけは変わらなかった。
「そう? じゃ行こう」
「うん。あ、終わったら飯でも行かねぇか?」
「もちろん!」
 二人は顔を見合わせて楽しげな笑みを交わし、既に数人並んだ受付の列に加わった。

 雲一つない空は、再会に相応しい青に輝いていた。




end

カカさんの方は引っ越してからもずーっと悟空さのことが忘れられなかったんだったらいいなぁ、とかそんなこんなの話でした。続きのキャンパスライフを書くとそのうち黒い人がでしゃばって来そうです。。。でも、この話はカカ空さんで貫きたいけど。脇にだったら出てもいいじゃない、ねぇ(;´▽`A``

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