存在は忘れられない(タレ空妄想付)

2016.02.05.Friday


【獣道を通って】

 そこは初めただの獣道だった。
 獣たちが踏み固めたお陰で倒木と丈の低い植物の間に出来た細い道は、大人一人くらいなら快適に歩ける程度の道幅がある。だが、昼なお暗い森にわざわざ近づく者はほとんどいない。一足ごとに湿った土とシダの匂いが混ざり合い、不思議な芳香を漂わせるせいか、森の奥には御神木に守られた場所があり、深夜に狐火が飛ぶだの女人禁制だのと、まことしやかな噂が流れていた。

 森は知っていた。
 数ある風説の一つである狐火の正体を。
 もっとも何故その人間が何一つ道具も持っていないのに、自分の手の上に小さな光の玉を作れるのかまでは分からなかった。だが、森はそれが禍々しいものではなく、単なる特殊能力を持った人間の仕業だということを知っていた。
 男はここ数ヶ月あまり決まって深夜になると現れ、どことなく思いつめた表情で獣たちが切り開いた道を歩いて森の奥へ向かった。
 森は知っていた。
 男が心に大きな迷いを抱えていることを。
 それでも足を進めずにいられない訳が森の奥にあることを。そして、奥深くまで行くと、昔、この森の生態系の調査に訪れたグループが残して行った小屋が残っていることを。そこには毎夜訪れる男を出迎えるもう一人の男がいることを。
 だが、森の干渉はここまでだ。
 それがどんな清い行いでも、反吐が出るような悪行でも、所詮は自然とは比較にならない短い時間を生きる人間たちの間に起こる出来事。後はただ、男たちが密かに過ごす時間を生い茂った木々で夜明けまで隠すだけだった。

 やがて小屋に辿り着いた男が、疲れた様子も見せず、いいつものようにペンキがはげかけた扉の前に立つ。ノックしようと軽く拳を握った直後、扉が中から開き、驚きの声ごと中に引っ張り込まれた。
「ビックリすっだろ!」
 抗議の声を上げながらも、男は抱き寄せられるまま目の前の男に体をあずけた。
「さっさと入って来ないからだ」
 小屋の住人らしい男は特徴のある浅黒い肌以外、この小屋を訪れた男と瓜二つの容貌をしている。だが、訪問者の方がいかにも素直な表情をしているのに対し、男はシニカルな笑みを浮かべている。
「そんなことねぇよ」
 口ごもりつつ否定したが、図星だったのだろう。訪れた男の声に勢いはなかった。
「……いつまで罪悪感を感じているつもりだ、カカロット」
 褐色の肌の男の問いに、カカロットと呼ばれた男はさっと顔を上げたが、言い返すことなく目の前の筋肉質な胸に額をつけた。
「いつまで、でも……だよな、多分。オラ、ここに来ちゃいけねぇんだ」
「なんだ、つまらないな。そこは孫悟空だ!と返すところだろう」
 小馬鹿にした口調ではあっても、男はあまり背格好の変わらないカカロット、……正確には孫悟空なのだが、に回した手に力を込めた。
「ターレス、おめぇは不安になんねぇのか?」
 悟空は首をすくめた男の名を呼び、尋ねたところで意味のない問いを口にした。
「おまえとオレの倫理観を比べる意味があるのか?……罪悪感に押しつぶされそうになりながら、おまえはここに来る。オレはそれを待つ。それだけのことだ」
 真意かどうかも判断させないほど冷静な男の目を恨めしげに見つめ、悟空は、
「始めちまったら、こんなに断ち切るのが難しくなるなんて思わなかったんだ」と言った。
「自分から始めたような言い方だな。どこまでお人好しなんだ」
 悟空の言葉にシニカルに笑って答えたターレスの手が、紺色の帯にかかる。一瞬ギクリとした悟空の額に口づけ、慣れた手つきでオレンジ色の道着から帯を奪うと、はらりと開いた布の下から鍛え上げた胸筋が現れた。
「――おまえとこんなことをするようになると想像出来た人間はいない。だが、こうなってみると、……おまえはオレから逃げられない運命だったと思わないか、カカロット?」
「そう、かもな」
 一瞬言葉が途切れたのは、短いキスのせい。
 乾いた唇が束の間触れ合っただけで、さっきまで慄いていたはずの境界線がぼやけてしまう。

 今夜だけ、今夜だけ。今度こそ終わりにする。

 頭の中で繰り返した思いはどちらがどちらを傷つけないためのものだったのか。

「これなら、少しはましだろう」
「え?タ、ターレス?
 浅黒い手が悟空の頬に触れ、深いキスをされた後、床に落としたとばかり思っていた長い帯で目隠しされる。
 驚く悟空の胸元に唇を落としながら、ターレスは静かにしろと言った。
「なんでっ、見えねぇだろ!?」
「オレだと思うから苦しくなるんだ」
「無茶苦茶だろ、そんな理屈!」
 大声で訴える悟空の耳を軽く噛み、ターレスはごく低く笑った。
「後で外してやる。オレに全部委ねてみろ」
「……怖ぇよ、そんな、の」
「信じろというのは無理があるだろうが、言うとおりにしろ」
「信じちまいそうだから怖ぇんだ」
 悟空は渇いた声でそう答えると、ターレスの声がする方に顔を近づけた。
「怯えるおまえが見られるなら、それはそれで構わない」
 ターレスは布一枚隔てた上から悟空の瞼にキスを落とし、褐色の指に黒髪を絡めながらもう一度深く唇を重ねた。
「ターレス……っ」
 道着の上から太腿に尻尾を絡めると、何かを予感し、悟空がせつない声を漏らす。

 深い森の奥、濃く、短く夜が更けていく。



end

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