線路はまだまだ続いてる(タレカカ妄想付)

2016.02.03.Wednesday


【Incense of Temptation】

 ブラインドを下ろし忘れた窓から朝日が射しこみ、瞼を刺激する。
 んっ、と短く声を上げ、目を開けかけたが、眠気に負けて直ぐ元通りに閉じてしまった。
 二の腕の少し上まで隠していた羽布団を引き上げ、頭まですっぽり覆ってしまってから、胎児のような格好で背を丸めかけた悟空は違和感に気づいて飛び起きた。

「目が覚めたのか」
 やはり夢ではない。
 悟空と同じベッドにいた男は読みかけの本から目を離すと、ページの間に背表紙からぶら下がっているスピンを挟み、上半身を起こした。
「あ、あ、あのっ、おめぇっ。いやっ、オ、オラっ」
 何があったか忘れたわけではない。……忘れたわけではないが、信じられなかった。だが、目の前の男は何度瞬きしても消えることなく存在している。
 うろたえるあまり思いがけず岸壁に打ち上げられた魚のように口をパクパクさせている悟空とは対照的に、男は至って落ち着いているようだ。褐色の肌色がよく映える形のいい筋肉に覆われた上半身を曝け出していることも一向に気にしていないらしい。それどころか、恐らく羽根布団で隠れた下半身にも何も身に着けていない可能性が高い。
 悟空は昨日の出来事を思い出そうとしたが、始まりから終わりまで熱に浮かされていたようなフワフワした掴みどころのない感覚が押し寄せてくるだけだった。

「無理矢理だったつもりはないぞ?」
 悟空の動揺が収まるのを待っていても無駄と判断したのか、男が口を開く。その言葉で一気に五度は体温が上がったような気がしたが、悟空はかろうじて首を縦に振った。
「わかってるならいいけどな」
 昨日まで二人の関係はほぼ毎朝駅のホームで会う駅員と利用客に過ぎなかった。もっとも何度かうっかり有効期限切れの定期で改札を通ろうとして迷惑をかけたことはあったが、それも男にとっては仕事の範疇に過ぎない。名前を覚えられるきっかけとなったことは否定しないが、それだけで家に上がり込んで、一つのベッドで朝を迎えるとは……。

 そう。ターレス、だった。
 まるで今急に思い出したかのように男の名前が脳裏に浮かび、心臓がドクンと大きく跳ねる。
 改札を抜けられなかったあの日、男の胸の名札を確認した。
 この名前を自分でも初めて知る、恐怖も孕んだ甘く熱っぽい時間の中で、何度も何度も繰り返した。思い出すだけで、一気に顔が熱を持ち、きっと隠しきれないほど赤くなってしまったのだろうと思う。悟空は次の言葉も見つけられず、ただただシーツに視線を落とすしかなかった。

「朝飯くらいは用意してやるから、着替えて来い」
 何も言わない悟空を責める風もなく、ターレスは淡々とした口調でそういうと、先にベッドを降りた。
 朝日を受けた浅黒い体は予想通り全裸だ。慌てて目を逸らした悟空に気づいたのか、ターレスは可笑しそうに唇を歪ませ、寝癖がついた悟空の髪を大きな手でグシャグシャにした。
「や、止めてくれよっ」
「髪に触るくらいどうってことないだろう」
「そう、だけどっ。でも、――っ、オラっ」
「……やり方がまずかったみたいだな」
「え?」
 床に落ちていた黒いボクサーパンツを履いたターレスが苦笑いを浮かべる。悟空はその表情に戸惑いつつ、問いを重ねる代わりに無言でターレスを見つめた。
「昨夜のことはあの記憶を消してやるためのボランティアだと思え。一度のセックスに付け込んで、高校生を手籠めにし続けなけりゃならないほど相手に困っちゃいないから、安心しろ。朝飯を食ったら、真っ直ぐ帰っていいぞ」
「そんなっ、オラ、別に!」
 既に寝室を出ようとしているターレスの背中を追って立ち上がりかけたが、自分が素っ裸なことに気づいて慌ててブランケットを体に巻きつけた。
 民族衣装でも着ているようなおかしな格好になっているのも構わずターレスに駆け寄ろうとした悟空は、見事にブランケットを踏んづけてバランスを崩してしまう。
「おい、慌てるな。危ないぞ」
 ターレスは咄嗟に腕を伸ばして悟空を抱きとめ、少し厳しい口調で言った。
「ごめん。……置いてかれそうな気がしちまって」
「ここはオレのマンションだぞ」
「そう、だよな」
 噛みしめるように答えた悟空の視線が、自分を不思議そうに見下ろしているターレスの視線とぶつかる。
「――だって、これもターレスの匂いがする」
 自らの腕を鼻に近づけ、ブランケットの香を確かめ、悟空は赤い顔で呟いた。
「そうだな」
「何が可笑しいんだ?」
 明らかに笑いを含んだターレスの目を悟空は尋ねるように見つめた。
「この家にオレの匂いがするのは当然だろう。縄張りみたいなものだからな」
「うん」
「……そこにおまえの匂いが混ざるのは悪くないと思ったんだ」
「そ、そっか?」
「ああ」
 耳まで赤くなった悟空を抱き寄せるついでに二人を隔てているブランケットを床に落とすと、ターレスは全裸の悟空を躊躇うことなく腕に閉じ込めた。




end

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