発車―オーラーイ♪バック―オーーラ―――イ♪(タレカカ妄想付)

2016.01.28.Thursday


【改札口にて】

 三つ並んだ改札を我先にと抜けていく人波が落ち着いたところで、精算所を兼ねた駅員室を出る。田舎の駅らしく改札の向こう側にある通路を兼ねた広場はコンコースと呼ぶのも気恥ずかしい程度の規模だ。

 ターレスがこの駅に配属されてからちょうど一年。
 初めこそ古くからの知人かと思う勢いで親しげに声をかけてくる利用客達に驚いていたが、この頃はすっかり慣れてしまった。年配の女性客から差し入れだと言って自家製の漬物やクッキーを渡されるても驚かず、ありがたく受け取れる余裕も出てきた。
 着いたばかりの列車から流れてきたサラリーマンや学生たちの波が落ち着くのを待って、いつものように少しくたびれた黒い車掌バッグを手に駅員室と改札の間の通路に向かう。そのまま正面の階段へ歩きかけた時、ピーッと甲高い音がターレスを引き止めた。

「……またおまえか」
 勢いよく閉じた自動改札のフラップドアの前で立ち往生している制服姿の青年を見て思わず溜め息を吐く。相手が客だと分かっていても、この一年で四度も自動改札に引っかかり、そのたび世話をしていれば、いい加減呆れてしまうというものだ。
「あ、あぁ、えっと……今日何日だっけ?」
 冷や汗をかきつつ問う青年に答えるよりも先に挿入口に戻ってきた定期券を取り、代わりに印字を確認する。電車通学をしているのは週に三、四回らしいから、つい更新を忘れてしまうのだろうが、それにしても……。
「期限切れだから通れなかったんだ」
「そ、そりゃそうだよな」
 ターレスのぶっきら棒な口調にどうしていいか分からなくなっている様子の青年を視線で促し、改札を挟んだ格好で駅員室まで歩いていく。ターレスは青年を窓口に回らせて駅員室に入ると、精算窓口の前に立っていた同僚の肩を叩いて車掌バッグを渡し、一つ後の電車と交替してくれるように頼んだ。

「――悟空、本人だな」
 窓口から二十センチほど張りだしたスペースに無言で差し出した定期券購入申込書を慌てて記入している青年に問いかけると、
「うん」
 としょげかえった答えが返ってくる。
 何度も同じ失敗をしていながら、どことなく憎めないのはこういう素直な反応のせいか。ふと浮かんだ疑問の答えが見つかる前に悟空が意外に丁寧な字で申込書を書き終えた。
「オラ、次こそ絶対ぇ忘れねぇから!」
 身長差のせいで否応なく上目遣いになった悟空が、決意だけは本物だと言わんばかりに宣言するのを見ると、それ以上の嫌味を言う気にもなれない。ターレスは黙って肩をすくめ、手慣れた様子で傍の端末を操作し、新しい利用期間が印字された定期券を発行した。
「ありが……」
「期待してるぞ」
 濃紺のポリエステル地にオレンジのラインが入ったスポーツバッグに財布をしまいかけていた悟空は、思いがけないタイミングで自身の言葉を遮られ、目を丸くした。
「へ?」
 ターレスは間の抜けた声を上げた悟空を片眉を上げて見返し、
「次は忘れないんだろう?」と問い返した。
「あ、ああ。うん」
「いい加減狙ってるのかと言いたくなるタイミングだからな」
「狙って……って何をだ?」
 首を傾げ、心底不思議そうに尋ねる悟空の癖の強い髪を片手でクシャッと潰す。
「オレの時ばかりみたいだからな。おまえが改札トラップに捕まるのは」
「あ、そっか、そうかも。わざとじゃねぇんだ、ごめん」
「――気にするなと言いたいが、実際迷惑だ」
「だ、だよな」
 申し訳なさそうに肩をすぼめた悟空に冗談だと言って、ターレスは短く笑った。
「学校始まるんじゃないのか?」
「あ、いけね。あのっ、ほんとごめんな! えーと、ターレス!」
「年上を堂々と呼び捨てにするな」
 やけに元気よく謝ってから、ターレスの胸の名札を確認し、明るく手を振りかけた悟空の頭を軽く小突く。悟空は悪びれるでもなくへへっと笑い、慌てて駆けだしたが、何を思ったのか駅の広場から出る寸前に足を止めると、ターレスに向けて大きく手を振った。

「……おかしな奴だな」
 思わず振り返しそうになった手を握り、説明のつかないくすぐったさを誤魔化すように呟く。立ち往生していた悟空を見た直後のうんざりした気分はすっかり消え、まだ遠いはずの春に似た柔らかな温もりがターレスの胸に広がっていく。

 間もなく、一番ホームに……

 ターレスは暫く悟空の走って行った方を見ていたが耳慣れたアナウンスで我に返った。
 白い手袋越しに触れた悟空の黒髪の感触を思い出し、弟でもいればこういう感覚なのだろうかなどと、とりとめのないことを考えつつ、ルーティンワークをこなすべく駅員室に戻る。
 明日からも繰り返される日常に、淡い優しい色が混ざったことをターレスはこの時まだ気づいていなかった。





続き・・・・はしないかもしれない(笑) 

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