何故か(+バダカカ文付)

2015.12.08.Tuesday


【アスピリン】

 遠くで自分を呼ぶ声に気づいて、何故か貼りついているかのように重い瞼を何とかこじ開ける。
「あっ、……っ、っ」
 瞼が開き切るよりも早く酷い耳鳴りと全身の痛みがカカロットを襲い、喉の奥から呻きが漏れた。
「カカロット!」
 聞き慣れた怒気を含んだ声にハッとし、僅かに視線を動かすと、ようやく完全に開くことが出来た目に眉間に深く皺を寄せた男の顔が映る。
「と、ぅ……ちゃん」
「死んじゃいねぇな?」
 厳しい表情で問い質しているのはカカロットの父、バーダックだ。
「大丈、……うっ!」
 頷きながら答えようとしたカカロットは、瞬間頸椎から電流のように全身を貫いた痛みに顔を歪めた。
「薬だ、飲め」
 生きていると分かったからか、バーダックの声は幾分和らいでいる。だが、予断を許さない状況なのは間違いなさそうで、目は真剣そのものだった。
「う、ん……」
 目の前に突き出された赤いカプセルを言われるまま口に含み、おぼろげな記憶を辿る。バーダックと一緒に遠征に来たことは間違いない。最後の記憶はあまりに手応えのない敵に毒づくバーダックの背を追って宇宙ポッドに戻ろうとしていた時だったが……
「おいっ、さっさと飲みこまねぇか!」
 再び怒鳴りつけられ、慌てて舌先に乗っているカプセルを飲み込もうとしたが、どうやら自分で気づかないうちに相当強い攻撃をまともに喰らったらしく、唾液を飲み下すことすらできなかった。途方にくれたカカロットが、荒い呼吸を整えることもできないまま助けを求めるようにバーダックを見つめると、派手な舌打ちが返ってきた。
「ご、め……」
「喋るな。……気持ちのいいもんじゃねぇだろうが、我慢しろ」
 厳しい口調で遮られ、慌てて謝罪の言葉を飲みこんだカカロットにはバーダックが何を言っているのか理解できなかったが、問い質すことも出来ず、ただ、小さな円筒形のボトルに口をつけたバーダックの顔が近づいてくるのをぼんやり見ていた。
「――んっ、くっ、……っ、っ」
 そのまま目と鼻の先まで近づいてきたバーダックの唇が何の躊躇もなくカカロットの唇を塞いだかと思うと、少し生温い水が口の中に入り込んでくる。反射的に水を出してしまいそうになったカカロットの髪をやや乱暴に掴み、バーダックは口内で舌を起用に動かし、カカロットがどうすることも出来ずにいたカプセルを喉の奥まで押し込んだ。
「ぷっ、はっ……っ、ぁ、ハァッ」
「飲めたな?」
 フンと鼻を鳴らし、カカロットから体を離したバーダックは、濡れた唇を赤いアームカバーで拭って問いかけた。
「うん。父ちゃん、これ……」
 唇を重ねたと言っても、疑う余地もない非常事態なのだから、もちろん特別な意味はない。分かっていても、カカロットの心臓は全身の痛みを忘れさせるほど激しく打っていた。理由は分かっている。それがバーダックにとっては何の意味もない、いや、息子を助けるための行為だとしても、カカロットにはここ数ヶ月胸の奥に押し込めてきた感情を暴かれかねない行為だからだ。努めて冷静に答えようとしても、みるみる赤くなっていくカカロットの顔を不思議そうに見つめ、バーダックは広い手の平をカカロットの額にあてた。
「な、何……」
「顔が赤いから熱でも出たのかと思ったんだ。薬の副作用でもあるならまずいことになるからな」
「大丈夫、だよ。――なんかどんどん楽になってきてっし」
 実際、薬の即効性は驚くべきもので、さっきまで身じろぎしただけでも全身がバラバラになるかと思うほど痛みを感じていたのが嘘のようだった。
「あれほど出発前に足は引っ張るなと言っただろう」
「ご、ごめんっ」
「敵が全滅したと思って油断しやがって。警戒もせずに呑気に飛んでくるから背中からの攻撃なんぞまともに喰らうんだ」
「そう、なんか」
 おぼろげな記憶を辿ると、確かに背中に焼けつくような痛みと衝撃を感じた気がする。あからさまなバーダックの呆れ顔に身の縮む思いをしつつ、カカロットは黒目を伏せた。

「行くぞ」
「へ?」
「てめぇを急襲した奴はもうとっくに消した。任務は完了だ。さっきの薬はただの痛み止めだからな。治療は惑星ベジータに帰るまでできねぇ」
「あ、そうなんか」
「背中をやられてるから、ポッドまではおぶってやる」
「え、オレ、立て……、あれ?」
 バーダックの言葉に慌てて立ち上がろうとしたが、カカロットの体は全く動かない。訳が分からず目をぱちくりさせていると、バーダックは無言でカカロットの手首を掴んで身体を斜めに起こさせると、片膝をついた体勢のまま荷物を背負うようにカカロットを背中に乗せた。
「人の話を聞いてねぇのか。あれはただの痛み止めだ。怪我は治ってないんだから動ける訳がない」
「あ、そっか」
 合点がいったカカロットが少し照れくさそうに笑うと、バーダックはわざと大袈裟な溜め息を吐いてふわりと宙に舞いあがった。

「尻尾は動かせるか?」
 不意の問いに驚きながらもウンと答える。するとバーダックは自身の長い尾をカカロットの腰に巻きつけ、少しだけカカロットを振り返り、顎をくいっと動かした。
「何?」
「馬鹿野郎。てめぇの尻尾をオレの腰に巻きつけろ。捕まってないと落ちても助けねぇぞ」
「わ、分かった」
 慌てて頷き、だらりと垂れたままだった尻尾をバーダックの腰に巻きつける。正直バーダックの胸の前に垂らした手は骨がやられているのか、あまり力が入らなかったから、確かにこのまま飛ばれては不安定だろう。
「行くぞ」
 短い言葉を合図にゆっくり飛び始めたバーダックの広い肩に顎を乗せ、小さく頷く。それで了解したのか、バーダックはそれ以上は何も言わず真っ直ぐポッドを目指した。

 カカロットが幼い頃、バーダックは遠征続きで滅多に家にいなかった。それでも、たまの休みには面倒だ面倒だと言いながら幼いカカロットの相手をしてくれたし、時にはこうして家までおぶって帰ってくれたこともある。

 あのまま時間が止まってた方が良かったんかな……

 幼い頃の記憶のままの広く、温かい背中。
 だが、その背に伝わる自分の鼓動の早さはあの時とは全く違っているだろう。
 油断すると漏れそうになる溜め息も、無邪気に父親を慕っていた時には覚えのない苦さだ。

 まだ、大丈夫だ……。

 カカロットは鎮痛剤では消せない胸の痛みを悟られないようにと願いながら、静かに目を閉じた。

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