バレンタインTKTKさんPart.2(トマカカ)

2015.02.15.Sunday


 鳴り出した目覚まし時計に手を伸ばし、スヌーズ機能ごと止めるスイッチを下に下げる。
 まだ完全には目覚めていない体を無理矢理起こしたトーマは、隣で寝ているはずのカカロットに声をかけようとして、ん?と目を細めた。

「珍しいこともあるもんだな」
 濃紺の布団を白いマルチカバーごとめくってみたが、やはりカカロットはいない。
 いくら歳の差があるとはいっても、小さな子どもではないのだから、セミダブルのベッドに当然青年一人が隠れるスペースもないのだが……

 シーツにそっと手をおくと、まだ温もりが残っている。少し前に起きたばかりなのだろう。朝に弱く、毎日ギリギリまで寝ているカカロットが自分より早起きしたことなどこれまであっただろうか。不思議に思いつつ、大きな欠伸と同時に両腕をグッと天井に向かって伸ばし、ベッドから降りる。こげ茶色のサイドテーブルの上に、無造作に置いてあったスウェットを身に着け、部屋を出ると、奥のキッチンから物音が聞こえ、何やら甘い香りが漂ってきた。

「カカロット?」
「あ、トーマ、おはよう」
「おはよう。休みなのに随分早いじゃないか。どうしたんだ?」
「うん。今日はオレが朝ご飯作ろうと思ってたから」
 何故か少し照れくさそうに微笑んだカカロットは、まだ本当に寝起きなのだろう。欠伸を噛み殺しつつ、皿を出したり、トースターにパンを入れたりしていても、どことなく動きが緩慢だった。
 カカロットと一緒に住むようになって三ヶ月。
 ちょうど卒業間際で、論文に負われているカカロットが少しでも勉強時間を確保できるように、不器用ながらも家事全般はトーマが請け負っていた。カカロットは手伝いたいと申し出ていたが、大学を卒業したらいくらでも手伝ってもらうからと譲らなかった。

「そんなことしなくても、飯くらいオレが……」
「大丈夫。論文は昨日提出したんだよ」
「ああ、それは分かってるが、ここのところほとんど寝ていなかったじゃないか。今朝は少し寝坊させてやろうと思っていたのに」
 トーマは眉を下げ、困ったように言った。
「いいんだ。オレは大学明日も休みだし。それに今日は特別だから」
「特別?」
 首を傾げて尋ねるトーマに笑顔を返し、カカロットは両手に揃いのマグカップを持って近づいてきた。
「そう。……多分トーマは忘れてると思ってたから驚かないけど。あまりイベントに興味もなさそうだしね」
「イベント?」
 謎かけのような話に困惑しているトーマにカカロットは見惚れるほど整った顔を、クシャッと崩して笑って見せ、カップを差出した。
「ココアか?」
「違うよ。ホットチョコレート」
「何が違……、あっ」
「分かってくれた?」
 悪戯な笑みを浮かべ、軽くウィンクしたカカロットに頷いて見せ、トーマはそうか、と呟いた。
「オレ達が出会った日だよ。――あの日のオレは、ほんとに酷かったと思うけど、でも、インパクトは十分だったよね?」
「そりゃ間違いないな」
 トーマは苦笑いしたものの、すぐに懐かしそうに目を細め、カップを持っていない手でカカロットの金髪をかき上げた。
「まさか、あの時はおまえが恋人になるとは思いもしなかった」
「オレ、酷い奴だったしね」
「そのお陰でおまえがここにいるんだから、オレにとっては別にどっちでもいいことだ」
 甘やかすようにそう言うと、トーマはカカロットが軽く持ち上げたカップに自分のカップをそっとあて、見つめあったまま甘いホットチョコレートを一口飲んだ。


「――この人だよ! これでいいだろっ!?」
「へっ?」
 冬枯れのポプラの樹にもたれ、行き交う学生たちをぼんやり眺めながら煙草を吸っていたトーマは、いきなり近づいてきた金髪の青年に腕を組まれ、目を丸くした。
 頬を紅潮させ、不快そうにこめかみを引きつらせた青年は、怒り心頭という様子だ。もっとも、見ず知らずの相手だから、青年の怒りの矛先はトーマではない。恐らく目の前の女子大生たちに向けたものであろうが、いずれにしても説明はつかなかった。
「嘘! こんなおじさん、有り得ない」
「そうよ。どうせ、あたしたちが追っかけて来ないように適当なこと言ってるだけでしょ?」
「どうせ嘘吐くなら、せめて綺麗な女の子とかにすればいいのに」
 女三人よればかしましいというが、カカロットの怒りにも負けない勢いで女子大生たちも食って掛かっている。明らかに何かしらのとばっちりを受けているのは分かっていたが、この時はまだ名前も知らなかったカカロットの苛立った横顔から目が離せず、トーマは咥えた煙草から灰が落ちかけているのにも気づかないまま、彼らのやりとりを聞いていた。

「その人が本当にパートナーだって言うのなら、証拠見せてよ」
「そうよ! バレンタインに一大決心で告白したあたし達への誠意ってもんよ」
 事情が全て飲み込めた訳ではないが、随分乱暴な理屈だと思った。
 ただ、冷静に考えて信じられないという彼女たちの方に分があるのも事実。
 大学の改装工事に来た見るからにブルーカラーのトーマと、改めて見ると絵の中でしか見たことがないほど整った顔をした若いカカロットでは、釣り合う釣り合わない以前の問題だ。
「訳わかんねぇなっ。見たいなら見せてやるよ!」
 怒りに任せて目の前の女たちを怒鳴りつけたかと思うと、カカロットはトーマの腕に回していた手を解き、真正面から向き合うと、トーマの頬を両手で挟んだ。

「……ごめんなさいっ」
 トーマのようなガッチリした体型ではないが、スラリと長身のカカロットとあまり身長差はない。どうやらキスされるらしいと悟った時には、カカロットの顔は目と鼻の先まで迫っていた。避けるとすれば、腕でも肩でも掴んで押し退ける以外ない。咄嗟にカカロットの腕に手を伸ばしかけたトーマは、唇を重ねる一寸前にごくごく小さな声の早口の謝罪を聞いた。
「見せつけていいのか?」
 遠ざけるために掴んだはずの腕に力を込め、カカロットをぐっと引き寄せる。
「え? ――っ、んっ」
 トーマは煙草を地面に捨て、青い目を大きく見開いたカカロットの唇に深く唇を重ねた。
「ちょっ、嘘!?」
「ほんとに??」
「――こういうことだ、お嬢さんたち。あまり大学で目立つのもと思って、声はかけないようにしていたんだ。悪いな、こんなオヤジがこいつのパートナーで」
「あ、い、いえ」
「もう分かったんで、あ、あたし、たち、これで失礼します」
 目を丸くしていた女子大生たちは、呆気にとられた様子で笑顔のトーマと赤い顔のカカロットを交互に見比べていたが、互いに顔を見合わせると、足早に歩いて行った。

「あ、あのっ」
「すまん!」
 時折振り返って二人の様子を見ていた女子大生たちの姿が完全に見えなくなると、トーマは何か言いかけたカカロットの目の前でパンと両手を合わせ、頭を下げた。
「え、いや、あのっ、そうじゃなくてっ」
「あそこまでしていいのか分からなかったんだが、おまえが困ってるのは本当みたいだったからな。いや、ほんとの恋人がいるんだろ? さっきのは事故みたいなものだから忘れ……」
「ちょっと! オ、オレの話し聞いて」
 ちょうど次の講義が始まる時間になったせいか、キャンパス内の人の流れは落ち着いている。カカロットはかなり大声でトーマの言葉を制したが、気づくものはいなかった。
「あ、ああ」
「えっと、オレ、カカロットです」
「あ、どうも。トーマです。……って、おい、笑うな」
 自己紹介したカカロットに劣らず馬鹿丁寧に頭を下げるトーマを見て、カカロットは思わず噴き出してしまった。トーマは足元に投げ捨てていた吸殻を律儀に拾うと、決まり悪そうに頭をかいた。
「ごめんなさい。あの、ほんとに助かりました。何か知らないけど、ファンクラブだとか訳の分からないこと言われて、今まで何となくあしらってたんだけど、今日はすごくしつこくて……」
「なるほどなぁ。おまえくらい綺麗な顔だと、そりゃもてるだろうからな」
「――よく、分からない。あの場の勢いって訳じゃなくて、オレ、ゲイなんで」
「あ、ああ、そうなのか。しかし、隠してたんだろう? あれじゃ、明日には大学中に知れ渡るぞ」
 気遣うようにカカロットを見つめると、スッキリした表情で首を左右に振った。
「いいんです。トーマさん……」
「トーマでいいぞ」
「じゃあ、トーマ。トーマも、そうなの?」
「聞いてどうするんだ」
 トーマは苦笑いすると、カカロットの金髪をポンと一つ叩き、ポプラの根元に置いてあった工具用の腰袋を手にした。
「もう会えない?」
「――そうだと言いたいが、改装工事は始まったばかりだから、ほぼ毎日来ることになる」
「良かった」
「……これっきりじゃない辺り、オレらしいというか、締まらないだろ?」
「ううん。本当はこれからどっか行かないって言いたいけど、きっと駄目って言うよね?」
「そう、だな」
「じゃあ、また会いに行くから」
「あのなぁ、何もこんなオヤジを相手にしなくても、いくらでも……」
「トーマ、オレ達今日会ったばかりだよ?」
「そ、そうだ。だから……」
「結論急がないで。オレも、今、何か言うつもりないし。言っても、きっと本気にしてくれないだろうから」
「――物好きだな」
「ゲイだからロマンチストなんだよ。だって、バレンタインデーに……こんなキスの上手い人と会ったら、惹かれても仕方ないだろ」
「大人をからかうな」
「本当のことだよ。それともオレの勘違いかな?」
 カカロットは気まぐれな猫のように小首を傾げて見せ、トーマの腕に軽く触れると、青い目にはっきりと意志を持ってトーマを見上げた。
「最近の若い奴は大胆だな」
「……オレのこと知ったら、もっと大胆なところも見られるよ」
 まだ戸惑いながらも誘われるままに唇を近づけたトーマは、キスの直後、耳元に唇を近づけて囁いたカカロットの言葉にゾクリと胸が震えるのを感じていた。


「トーマ? トーマ?」
「あ、ああ、すまん。ちょっと思い出してた」
「オレのこと?」
「当たり前だろ」
「ならいいや」
 クスっと笑ったカカロットの頬に手を当て、もう一度キスを交わす。
 仄かに甘い唾液が混ざり合うと、あの日から積み重ねてきた恋心が胸を熱くするのが分かった。
「――朝飯が済んだら、久しぶりにデートでもするか?」
「それより、オレは久しぶりに一日中ベッドで過ごす方がいいな。もちろんずっと起きたままで、ね」
 薄く開いた唇から赤い舌を覗かせ、青い瞳をいっそう濃くしたカカロットを抱き寄せ、トーマは形のいい耳にそっと舌を這わせた。
「なら、朝飯もベッドまで持っていくか」
「うん」
 うっとりと目を閉じて答えたカカロットを今すぐ抱き締めたい衝動を何とか堪え、トーマは心なしか苦みを増したようにも思える濃いチョコレートを飲み干した。



end

昨日、珍しくやや天然?(まではいかないけどw)なタレさんだったので、今日のトマさんは……あたふたしつつも、少しだけスマートに(*´∇`*)相変わらずの一発書き。
スッキリしたところで、原稿に戻る!明日からまた仕事だぁ><;;

23:11|comment(0)

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