消さないで・・・・(タレカカ妄想)

2015.01.17.Saturday


 ノックもなく開いたドアに目を向け、悟飯はベッドサイドの椅子から立ち上がった。
「様子はどうだ」
 真っ直ぐ近づいてきたターレスに椅子を譲り、片手で眼鏡を直す。ターレスはすぐには腰を下ろさず、ぐっすり眠っている青年の額に浅黒い手を伸ばした。
「まだ熱は高いですが、容態は落ち着いてます。ドクターも明日には回復すると言ってました」
「そうか」
 短く答えたターレスの表情にほとんど変化は見られなくても、公私にわたる秘書として常に行動を共にしている悟飯は、声に明らかな安堵の色が滲んでいるのを感じていた。
「今夜は目を覚まさないかもしませんが……」
「そうか。……まあ、せっかく仕事を切り上げてきたんだ。もう少しここで様子を見る。おまえは自分の部屋に戻っていろ」 
「分かりました。……コーヒーでも用意させましょうか?」
「ああ」
 悟飯は返事を聞いて軽く頭を下げると、一旦部屋を出て行った。

「失礼します」
 数分後。
 香り高いコーヒーをトレーに乗せて戻ってきた悟飯は、律儀にノックをしてドアを開けた。
「少し濃い目にいれさせましたが……」
「確かにここで眠り込んだら看病にもならないからな」
 逐一指示をしなくても、細かい事まで気をきかせる悟飯を楽しげに見返し、ターレスは受け取ったコーヒーを一口飲んだ。
「では、僕は下がっています」
「……何故家の連中はカカロットが倒れたことを直ぐ知らせなかったんだ?」
 挨拶をして下がろうとしていた悟飯は、ターレスの問いに足を止め、珍しく一瞬困ったような表情を見せた。
「カカロットさんが止めたようです。……大学のレポートで少し根を詰め過ぎたようで、その疲れだからと。会長も留守のうちに済ませておこうとされたんでしょうね」
「……だからと言って、馬鹿正直にオレに隠してどうするんだ」
「それだけカカロットさんが必死だったんでしょう。もちろんその場にいた訳ではないので、想像でしかないですが。好きな人の足でまといになりたくないと思うもの、……じゃないんでしょうか。僕にはよく分かりませんけど」
 少し喋り過ぎたと思ったのか、悟飯は最後は誤魔化すように肩をすくめた。
「――オレに対して我儘になれる特権を持ってるのは自分だけだから、有効活用すればいいものを」
 ターレスは可笑しそうにそう言うと、片手でもう一度カカロットの金髪を優しく梳いた。 

「ん……」
「カカロット、大丈夫か?」
 ターレスの手が離れるか離れないかというタイミングでカカロットが一寸、辛そうに顔を歪める。椅子から身を乗り出し、静かに問いかけると、カカロットは億劫そうに瞼を持ち上げ、まだどことなく焦点があっていない青い目でぼんやりとターレスを見た。
「カカロット?」
「……誰?」
「何?」
 掠れた声でポツリと呟いてすぐ、カカロットの意識はそのまま再び眠りに飲みこまれたらしく、やや気色ばんで問い返したターレスに答えることはなかった。
「おい……」
「会長。熱と薬のせいで、一瞬記憶が混乱しているだけだと思います。眠らせてあげてください」
「そう、か。そうだな」
 溜め息とまでは言えない程度だったが、ごく小さく息を吐いたターレスを見て、悟飯は場には似つかわしくないと思いつつ、思わず笑みを浮かべていた。
「お気持ちは分かりますが、……大丈夫ですよ。カカロットさんが会長を忘れるはずありません」
「ふん、くだらん。一瞬でもこの程度で動揺するとは、オレも甘いもんだな」
「そうですね。……たとえ記憶がなくなったとしても、カカロットさんと会長の関係は変わりませんよ。相思相愛ですから」
 クスっと笑って答えた悟飯に、ターレスは苦い顔でいいからもう下がっていろと言った。

「――おまえのことになると、オレもただの男だな」
 ドアが閉まる音を聞いてから、ターレスはカカロットの金髪を片手でかきあげ、汗で濡れた額にキスをした。


***********************


 数時間の深い眠りから覚めたカカロットは、一瞬、自分がどこにいるのか分からなかった。

 青い目を何度か瞬かせ、焦点を合わせる。
 ふわふわととらえどころのない地面の上を必死で進もうとするような奇妙な感覚は高い熱に浮かされていたせいだろう。あるいは夢を見ていたのかもしれない。暫く天井を見ているうちに、ようやく見慣れた自分の部屋にいるのだと分かり、ようやく何が起きたかを理解した。
 
 寝汗をかいたせいか、酷く喉が渇いている。
 少し頭を動かして、ベッド脇を見ると、予想通り水がたっぷり入ったピッチャーが用意されていた。
 まだ気だるさが残る身体を起こし、トレーの上に伏せられたグラスに手を伸ばす。冷たい水を注ぎ、一気に飲み干そうとしたカカロットは、グラスに口をつける前にソファで寝ている男に気づき、目を丸くした。
「ターレス!」
 思わず声に出してしまってから、ハッと口をつぐむ。
 まだ夜も開けていない時間に起こしてしまってはいけないと思い、カカロットは束の間、無意識に呼吸まで止めていた。
「……ついてて、くれたんだ」
 ごくごく小さな声で呟き、水の入ったグラスをサイドテーブルに戻す。音を立てないようにベッドを滑り出て、革張りのソファに近づくと、その場に膝をついて眠っているターレスの顔を覗き込んだ。
「心配かけて、ごめん」
 ジャケットを脱ぎ、ネクタイを外しただけの格好でいるということは、仕事から帰って何もせずこの部屋にいてくれたに違いない。多忙なターレスがこんなにも自分のことを考えくれているのかと思うと、胸がいっぱいになった。

「自己管理も仕事のうち……なのにね」
 自嘲気味に笑い、ターレスの髪に口づける。
 ここまですればターレスが起きることは分かっていたが、我儘でも声を聞きたいと思った。
「……ああ、起きたのか」
 案の定すぐに目を覚ましたターレスは、カカロットと目が合うと、浅黒い手を伸ばして金髪を撫でてくれた。
「うん、ごめん。心配かけて」
「いや」
 ターレスは淡々と答えると、片手で髪の乱れを直し、ソファにカカロットのスペースを空けてくれた。
「……ずっとここにいてくれたの?」
「こんな状況でオレが他の部屋で寝ると思うのか?」
「そんな……、ただちょっと寝不足と風邪が重なっただけだよ。ターレスに迷惑かけたくなかったのに」
 自分でも矛盾しているのは分かっていた。
 ターレスが仕事を優先して、自分を誰かに任せてしまったとしたら、きっとショックを受けているに違いないから。
 それでも、常日頃からターレスに見合うパートナーでいたいと思っているカカロットは、不本意さも感じずにはいられなかった。
「迷惑そうに見えるのか?」
「そういう意味じゃなくて……」
 軽く首を左右に振ったカカロットの肩を逞しい腕が抱き寄せ、キスの時はいつも強く香るシガーの香の唇が、まだ少し血の気が引いている頬に落ちてくる。カカロットは甘えるようにターレスの広い肩に頭をあずけ、膝を撫でているターレスの指に指を絡みつけた。
「――まあ、ただ具合が悪いだけならドクターに任せればいいんだろうが、な……」
 珍しく言い淀んでいるようなターレスの口調に違和感を覚え、青い目を問いかけるように細める。ターレスはシニカルなだけではない、不思議な表情を返し、フウッと小さく息を吐いた。

「まぁ、今はこうしていられるから、どうということじゃない」
「何の話? 説明してくれよ」
「……いや、我ながら……堪えたと思っただけだ」
 はぐらかそうとするターレスの手を握った手に力を込め、カカロットは無言でジッとターレスを見つめた。
「話すほどのことじゃない」
「いい。聞きたいから、教えて」
「おまえは変なところで頑固だな」
 ターレスは大げさに肩をすくめてみせた。
「……昨夜、オレを見て、誰だと言ったんだ」
「へ?」
 予想できるはずもない答えにカカロットは青い目を飛び出さんばかりに見開いた。
「熱のせいで、一時的に混乱していただけだろうが、……おまえの世界から自分が消えることの意味を痛感させられたな」
「そ、そんなっ、そんなの、絶対熱のせいだから! オレだって、ターレスを忘れるくらいなら、いっそ消えた方がましだっ。オレっ、オレ、そんなこと、絶った――っ、んっ、ぅぅ……っ」
 たとえ熱のせいで意識が混濁していたのだと言われても、カカロットにとっても認めがたい事実だったのだろう。泣きださんばかりの顔でターレスの膝に手をつき、必死で訴えるカカロットを黙って見つめていたが、ターレスは最後まで聞き終えることなく目の前の唇をキスで塞いだ。
「――おまえを責めるために話したんじゃない。それに、たとえおまえがオレを忘れてしまったとしても、必ずまたオレのものにする」
「絶対に? 絶対だよ!?」
「ああ。昨夜、ここで考えていたんだ。おまえがいないかもしれない時間は……、随分情けない話だが、想像だけで耐え難かった。たとえこの先おまえに憎まれることがあっても、オレからおまえの手を離すことはない」
「有り得ないよ。……それに忘れたりしない。オレの気持ちも、ちょっとやそっとで揺らぐレベルじゃないから」
 そう言って穏やかに微笑んだカカロットの青い目を見つめ返すと、二人はどちからともなく唇を重ねあわせた。

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