ひとりでトマさん愛で祭!F(トマタレ妄想付)

2014.10.10.Friday



「トーマ!!」
 カフェなどという洒落た言葉は全く似あわない喫茶店のいつもの席でコーヒーを飲んでいると、どこからか自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。
 待ち合わせの相手にメールを打っていたトーマは、今どき珍しい折り畳みの携帯電話から顔を上げ、店の中を見回した。
 平日の夕刻。
 まだサラリーマンやOLが訪れるには早い時間の店内には、トーマともう一人常連の初老の客がいるだけだ。洗い物をしているウェイトレスはこちらに背を向けていたし、新たな注文が入るまで休憩でもしているのか、マスターの姿は見えない。
 空耳だったかと再び携帯電話を操作しようとした直後、通りに面したガラス窓がコツコツ叩かれた。
 驚いて視線を向けると、二十センチ四方の白い枠で出来た格子窓の向こうに金髪の青年が立っている。さっき自分を呼んだ声がこの青年のものだということは理解できたが、何故こんなところにいるのか、さっぱり分からない。
 店を出て話しに行くべきか迷っているうちに、青年は軽く手を振り、満面の笑みを浮かべると、小走りで店の入り口に向かった。

「良かった、いてくれた」
「――あ、えっと……」
「あ、覚えてないかな?」
 汗で額に貼りついた金髪を軽くかき上げ、青年が形のいい眉をハの字に下げる。
 絵に描いたようなという形容詞がこれほど似合う人間がいるのかと思わせる淡麗な容姿は、一度会ったら忘れる人間はそうそういないだろう。トーマももちろん覚えていた。
「いや、もちろん覚えてる。えっと、カカ……」
 数日前の記憶を辿り、青年の名前を思い出そうとしたが、それは元々あまり得手な方ではない。苦戦しているトーマを見て、クスリと笑い、青年は青い瞳に悪戯な笑みを浮かべてトーマの向かいに座った。
「思い出せなかったらケーキおごってもらおうかな」
 テーブルに片肘をつき、顎に手をあてた青年の顔を見つめて記憶の引き出しを探ってみたが、どうしても思い出せない。トーマは肩をすくめて降参だと言った。
「ふふ。忘れてても無理ないよね。ごめん、恩人にこんなこと言って」
 口では謝っていても、青年の表情は悪戯心に満ちている。
 これだけ整った顔立ちでこの若さなら、当然人気もあるだろうから、少々マイペースなのは無理ないかもしれない。何故かこの状況を面白がっているらしい青年が何を期待しているのか分からず、トーマは肩をすくめて黙り込むことしか出来なかった。

「怒ったの、トーマ?」
「いや、怒るようなことは何もないだろう」
「そう? 良かった。カカロットだよ、オレの名前。――今度は覚えてくれるよな、トーマ?」
「あ、ああ」
 覚えるも何も、今後縁があるとは思えないが……
 人のいいトーマは青年の楽しげな様子に水を差さないよう、曖昧に答えた。

 カカロットに会ったのは、数日前、とあるショッピングモールでのこと。併設されているシネコンで映画を見た帰り、エレベーター前に列が出来ているのを見て、駐車場まで階段を使うことにした。
 モールの一番奥にある映画館から駐車場に繋がっている階段は、あまり利用する客がいない。映画のクライマックスシーンを反芻しながらゆっくり階段を上がり、踊り場まできたところで、トーマの耳にいきなり怒声が飛びこんできた。
「離せ、しつこいな!!」
「しつこいだとっ。おまえが散々……っ」
 明らかに痴話喧嘩と分かるやりとりに出くわし、かなり面食らったが、そのまま行き過ぎるのが得策だろうと思った。だが、必死で抵抗している青年の腕を掴んでいる男の、半ば狂気じみた目に気づいて、足を止める。
 介入してきそうな第三者がいることに気づいたのか、青年を押さえつけようとしていた男の力が一瞬逸れた。
「もう終わりだって言ってるだろ! これ以上付きまとったら警察行くからな」
 男の腕を思いきり振り解いた青年が、いきなりトーマの背中に回り込んでくる。驚いて目を丸くしているトーマに何か言うわけでもなく、青年は広い背中の影から恐らく元恋人であろう男を怒鳴りつけた。
「カカロットっ、なんで……」
「一人で出かけるだけでいちいち細かく聞かれるのなんかうんざりなんだよっ」
「――っ」
「おい、もう少しトーンダウンしてやれ」
「はぁ!?」
 カカロットと呼ばれた青年は、思いがけず自分がなだめられたことにカチンときた様子でトーマを睨みつけた。
「……痴話喧嘩に口挟む筋合いじゃないが、おまえがオレを巻き込んだんだから、意見させてもらうぞ」
 二人にとっては全くの他人であるトーマの静かな口調で、喧嘩をする雰囲気でもなくなったのか、カカロットとその恋人、――いや、カカロットの中ではあの時既に元恋人だったのだろうが、は、黙って顔を見合わせた。
「聞くけど……どこの誰かも分からない人に言われる筋合いない」
 すっかり消沈してしまったもう一人の男よりも勝気さに勝るカカロットは、そう言うと、口を尖らせてそっぽを向いた。
「痴話喧嘩じゃなくて、ガキの喧嘩だったか。なおのこと巻き込まれたくなかったが、……理由はどうあれ、好きで付き合ってたこともある奴なら、別れる時も誠意を尽くすべきだ」
「おじさん、名前は?」
「あ、あの、オレは失礼します。すみません、その……ご迷惑かけて」
 憑き物が落ちたのか、さっきまでカカロットを離すまいと奮闘していた男は、トーマに頭を下げると、カカロットをチラッと見てから駈け出していった。
「一件落着みたいだな」
「そうだね。ねぇ、それより名前は?」
「聞いてどうするんだ」
「お礼したいから」
「結構だ」
 今時の若者にはついていけないと内心疲れを感じつつ、呆れ顔で立ち去ろうとしたが、カカロットに腕をとられ、青い印象的な目が逃げるなとばかりにトーマを見ていた。
「名前を聞いたって礼は出来ないだろう?」
「これからお茶おごる。――それでいいよね? 話をするのに名前くらい知りたいから」
 あまり人から拒絶された経験はないのだろう。
 カカロットの口調は答えて当然と言わんばかりだった。だが、そんな気ままな振る舞いがよく似合う魅力があるのも事実。何よりトーマの今のパートナーも、タイプは全く違うが気まぐれさならいい勝負だ。どうやらこの手の男に振り回される運命らしい。
 
「トーマだ」
「オレ、カカロット」
「そうか」
「まだ学生だから、高いものは無理だけど、コーヒーくらいなら奢れるから、行こう、トーマ」
 断られることなど一切想定していない様子でトーマの腕に自分の腕を絡め、カカロットはモールの方へトーマを引っ張って強引に歩き出した。
「オレは別に礼をされるほどのことはしてないし、第一、学生に奢ってもらうわけには……」
「じゃあ、トーマが奢りたい?」
「はぁ?」
 さすがに驚いて間抜けた答えを返すと、カカロットはクスっと笑ってトーマを振り返った。
「嘘だよ。今日はオレがお礼したいから。――ちょっと話をして、知り合おうよ」
「ごめんこうむりたいんだが」
「へぇ。あんまりそんなこと言われたことないから、トーマに益々興味出てくるなぁ」
 既にモールの中に戻っているにも関わらず、カカロットは組んだ腕を離そうとはしなかった。
「コーヒーに付き合えば気が済むんだな? 分かったから手を離してくれ」
「嫌?」
「オレにもパートナーがいるんだ。他の奴と手を組んで歩くわけにはいかない」
「……ふぅん」
「何だ?」
「別に。今日のところはコーヒーでいいよ、トーマ。ただ……」
 思案するように言葉を切ったカカロットを眉をひそめて見ていると、青い目に不思議な表情が浮かんだ。
「もし、オレが……どこかでもう一度トーマに会えたら、その時は友達が無理だとしても、とにかくただ偶然出会って、それきり忘れる人間じゃないポジションにして欲しいな」
「あ、ああ……」
「良かった。言っとくけど、オレ、運は強いよ」
 トーマの太い腕から手を離しながら、カカロットは軽くウィンクした。

 あの時はまさか本当にもう一度カカロットに会うことがあるとは思ってもみなかった。
 実際、ここ数日は仕事も忙しかったから、あの日の出来事すら遠い記憶になりかけていたのだから。
 近づいてきたウェイトレスにケーキセットを注文し、どうやら居座る気らしいカカロットを溜め息を噛み殺して見つめ返す。最初に会った時から感じていたが、改めて見てみても、カカロットには我儘も許される独特の魅力があった。
「おまえの運、というのか、とにかくそれには感服する。だが、今日はここで待ち合わせなんだ、だから、その……」
「こんな若いのと話してたら疑われる?」
「いや、おまえの相手がこんなオヤジだと思う奴はいないだろうから、それはいいんだが……」
 自分でもはっきりした理由は分かっていなかったが、何となくカカロットと自分のパートナーと対面させたくなかった。
「冗談だよ。食べたら出ていくから。でも、せっかく探し当てたのに相手してくれない分、ケーキセットおごりと、……今度ランチでも付き合ってくれよ」
「最初から思っていたが、おまえは本当に強引だな」
「駄目?」
 演技なのかもしれないと思ったが、端正な顔が曇るのを見ると、無下に出来なくなってしまう。つくづく自分の性分を呪いながら、トーマは一度だけだと言った。
「やった! じゃあ、これ、オレの連絡先。後でトーマの登録するから、絶対連絡くれよ? 約束だよ?」
「分かった、分かった」
 身を乗り出して念押しするカカロットにお手上げだとばかりに両手を広げて見せ、トーマはタイミングよく運ばれてきたケーキセットを食べるように促した。
「トーマも食べる?」
「いや、いい」
「ひと口だけ。ほら」
 フォークの先に載せた生クリームたっぷりのショートケーキを鼻先に持ってこられ、仕方なくパクリと飲み込む。馴染みのウェイトレスがさっきからちらちら自分達を見ているのが、いたたまれなかった。

「――ゆっくり食ってろ。オレは場所を変える。そろそろ待ち合わせ時間なんでな」
「……分かった。絶対連絡くれよ?」
「ああ」
 カカロットの連絡先が書かれた紙と伝票を手に立ち上がったトーマは、財布の中に小さなメモをしまいつつ、短く答えた。
「トーマ」
「ん?」
「ありがとう。この前も今日も」
「いや、……じゃあ、またな」
 改めて礼を言われ、照れ臭くなってしまう。
 去り際に何気なく残した言葉に目を輝かせているカカロットを見て、トーマは何とも言えないこそばいような思いが込み上げてくるのを感じていた。





・・・・続き書けるかな、どうかな。
ま、続くとしたらトマさんのパートナー登場です(;´▽`A``

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