一段落・・・(トマタレ妄想付)

2014.07.12.Saturday


【Sweeter than the cakes】


 カランコロン。
 木枠で格子状に仕切られた幾何学模様のステンドグラスのついた木製のドアが軽やかな音を立てる。
 今時のカフェとは趣の違う喫茶店の客の訪れを告げるドアチャイムだ。オーナーの娘がカウベルをペイントした手作りらしい。常連客相手に父の日のプレゼントだと嬉しそうに話していた。
 ただ、店内に流れるピアノを基調としたジャズメドレーの邪魔をすることもない温かい音も、待ち人がいる客には少々酷な答えを出すこともある。ドアチャイムの音に釣られて五度も視線を向けていたターレスは、だんだんからかわれているような気になり始めていた。
 
「はい」
 片手を上げたターレスに気づいたウェイトレスがいそいそ近づいてくる。
「プレミアムチーズケーキ」
 少し不機嫌そうに注文してから内心後悔していたが、ウェイトレスは気にした様子もなく笑顔で復唱し、置いてあった手書きの伝票に注文を書き足した。
「今日はこの注文分合わせて残り二つですよ」
 少し悪戯な笑みを浮かべて話すウェイトレスを見上げ、苦笑する。
 褐色の肌に映えるミディアムブルーのシャツに小豆色のネクタイ、濃いグレーのスラックスという、ターレスのスマートなスタイルと注文内容のギャップを笑った訳ではないのは分かっていた。
 ターレスの勤務先からほど近いこの喫茶店に足を運ぶのは初めてではないし、そのたびこの一見レトロな喫茶店を隠れ家的人気スポットにしている特製チーズケーキを最低二つは食べるから、アルバイトのウェイトレスたちも今さら驚きはしないからだ。
「残り一つも食べ尽くさないうちに来るといいんだが」
 溜め息交じりに答えたターレスに大丈夫ですよ、きっとと笑顔で答え、ウェイトレスは既に空になって重ねられている三つの皿に手を伸ばした。
「あ、置いといて」
「え?」
「トーマが来たら、どれだけ待ったか強調してやるから」
 わざと苦虫をかみつぶしたような顔を作ったターレスを見てウェイトレスは声を上げて笑うと、軽く頭を下げ、オーナーが待っているカウンターの方に下がっていった。

「お待たせしました」
 数分後、真っ白な皿に乗せられたチーズケーキが運ばれてきた。スフレチーズケーキが外国産の黄色いチーズでコーティングされた見た目だけでも十分美味しそうだが、注文を受けてから軽く温めることで柔らかく溶けたチーズが、何とも言えない濃厚な風味を加える。微かに残るチーズの塩気と相まって絶妙なバランスだ。
 ターレスは何も極端な甘党ではないが、ここのチーズケーキならいくつでも食べられると思っていた。

 だからってな……

 目の前に置かれたチーズケーキは、待ち時間の象徴だ。
 礼を言おうとしたターレスは、注文していない紅茶が並べられたのを見て、首を傾げた。
「間違いじゃない?」
「これはオーナーからです。チーズケーキいっぱい頼んでくれたからって。あと、二杯目はコーヒーよりダージリンでどうぞ、だそうです。夏のは香りがいいんですよ」
「へぇ。ありがとう」
 今度待ちぼうけを食いそうな時はオーナーに相手をしてもらうかと思いつつ、ウェイトレスに礼を言い、振り返ってカウンターに向かって頭を下げる。オーナーはターレスにいかにも人の良さそうな笑顔を返してくれた。
 ウェイトレスが下がるのを待って、淹れたての紅茶に口をつける。
 ふわりと口に広がる爽やかな香りが濃厚なチーズケーキと合いそうだ。それに心なしかコーヒーよりも気持ちを穏やかにしてくれる気がする。
 ――長く人を見てると、そんなことも分かるようになるもんか。
 ターレスの口元に自然と笑みを浮かぶ。お気に入りのチーズケーキと紅茶を交互に味わいつつ、年季の入った壁かけ時計に目を向けようとした時、六度目のベルの音がした。

「ターレスっ、すまん!!」
 入口近くの客が驚いているのにも構わず、大声で謝って駆け寄ってきた男をジロリと睨みつける。
 白いワイシャツに紺色のネクタイ。
 典型的なサラリーマンの格好をした、かなり体格のいい男が平謝りしている姿はなかなか滑稽だが、当の本人はそれどころではないらしい。あからさまに不機嫌そうなターレスを見れば、男が焦るのも無理はないだろう。
「ハァッ、ハァッ。悪いっ、急いできたんだが……っ、長く、待ったか?」
 恐らく全力疾走してきたのだろう。
 息を乱して汗だくになっている男は、すぐにでも座りたいところだろうが、生憎ターレスが表通りに向かう形で一列に作られた一人席にいるから、一先ずは立って話すしかなさそうだ。
「トーマ、おまえはオレとの待ち合わせに何度遅れれば気が済むんだ!?」
 トーマと付き合い始めて一年。
 この店で待ち合わせた時だけでもトーマは五回遅刻している。
 店内の落ち着いた内装とマッチしたペールグリーンの椅子の背を掴んでターレスの顔を覗き込み、必死に詫びるトーマを一瞥し、ターレスは不機嫌さを隠そうともせず問い質した。
「いや、おまえだって分かるだろ? 仕事を抜け出すの、そんな簡単じゃないんだ!」
「オフの日は遅れたことがないって言いたいのか?」
 フォークで切り分けたチーズケーキをグサッと突き刺し、さらに追及すると、トーマはグッと言葉に詰まってしまった。
「罰としてここの支払いトーマ持ち」
 人差し指を立て、問答無用とばかりのターレスの言葉にトーマが目を丸くした。



「あ、すいません。チーズケーキもう一つ追加で」
「あ、はーい」
「ターレス〜〜っ」
 ちょうど通りかかったウェイトレスを呼び止め、素知らぬ顔で追加注文をする。ウェイトレスは二人を見比べ笑いを噛み殺していた。トーマはターレスの隣に腰を下ろし、開いた両膝に腕をだらりとかけ、大袈裟に肩を落とした。
「このくらい当然だろ」
「……分かった分かった。おまえの機嫌が直るなら安いもんだ」
 ハァっと大きく息を吐いたトーマを横目で見ながら、残っていたチーズケーキを食べ、空の皿の山をテーブルの脇に寄せる。無言の主張が改めて胸に響いたのか、トーマはまた溜め息を吐いて煙草を取り出した。

「お待たせしました。トーマさんはアイスココアでいいですか?」
「あ、うん。頼むよ」
 笑顔で問いかけるウェイトレスに大きく頷いて見せ、トーマはターレスとは反対方向に顔を向けて大きく煙を吐きだした。
「食うか?」
 ターレスが皿ごとトーマの方に押して尋ねる。
「いや、大丈夫だ」
「ああ、煙草中だな」
「それもあるが、この頃腹が出てきた気がして……」
 眉を下げて苦笑いしたトーマの前にタイミングよく生クリームの乗ったアイスココアが運ばれてきた。
「……お待たせしました」
 会話が聞こえていたのだろう。
 ウェイトレスの顔は明らかに可笑しそうに歪んでいた。
「ターレス、今のあの子反応。……やっぱり腹が出たってことだと思うか?」
 煙草をもみ消してターレスの方に身を乗り出し、声をひそめて尋ねるトーマにそうかもなと冷たく答える。
「そうか……」
 腹をさすってはアイスココアを見つめているトーマを横目で見ていたターレスは、堪え切れずに喉を鳴らして笑った。
「何だ?」
 豆鉄砲をくらったようなトーマの顔を見て、今度は思いっきり噴出してしまう。ターレスはひとしきり一人で笑い終えると、目尻に浮かんだ涙を指で拭い、呆れ顔でトーマを見た。
「太っちゃいないさ」
「ほ、ほんとか??」
「ああ。別にサイズも変わってないだろう?」
「まあ、それはそうだが。どうも、腹がたるんでる気がして……」
「別に気にならない。それに、歳をとれば誰でも多少はなるだろ。そんなこと気にするとは思わなかったぞ」
「いや、まぁ、オレだけなら気にしないんだが……」
 トーマは何やらブツブツ言いながらアイスココアの上の生クリームを持ち手の長い銀のスプーンですくった。
「何だよ?」
「……おまえが、一緒に歩いて恥ずかしいような風貌になるのは避けたいと思ってるだけだ」
「は?」
「そりゃ、おまえはどっちかっていうと落ち着いてるし、歳よりも上に見られるだろうが、オレとは八つも離れてるんだぞ。いきなり中年太りしてみっともないと思われたくないのは当たり前だろう」
「あのな……」
 ターレスは手元のチーズケーキを食べるのも忘れてトーマの話しを聞いていたが、眉をひそめてトーマを軽く睨んだ。
「オレは容姿だけでトーマに惚れたわけじゃない」
「それはそうだろうな。というか、容姿で選ばれるはずがない」
「なんで自信満々なんだよ」
「うちにも鏡くらいあるからな」
 うんうんと頷くトーマを軽く睨み、ターレスは手にしていたフォークを皿に戻した。
「いいこと教えてやるよ、トーマ」
「ん?」
「……オレが自分から好きだなんて言ったのはあんたが初めてだ。この先、トーマにフラれることがあっても、もう誰かに自分から告白するなんてことはないと思う」
「ターレス?」
「第一、待ち合わせに何度遅刻されても、あんたって人間に嫌気はさしてない。理由があるのも分かっている。それも大概別の奴の為だってな」
 呆れ顔でそう言うと、ターレスは少し椅子をずらして真っ直ぐトーマを見つめた。
「ただ、ちょっと悔しいだけだ。――オレより優先することがあるっていうことに妬けてるんだよ。だから、あんたがオレを好きだと思ってるなら、腹が出るくらいどうってことない。まぁ、それに……、いい身体してるのはオレが太鼓判押してやるよ」
 最後は少しからかうように付け加え、ターレスは窓の外に視線を戻すと、思い出したようにチーズケーキを食べ始めた。
「ターレス」
「何だよ?」
「早く食え」
「はぁ?」
「……我慢できないんだ。分かるだろ」
 声を潜めて話すトーマのテーブルを見てみると、いつの間にか綺麗にアイスココアを飲み干している。ターレスは唇を引き上げて小さく笑った。
「やっぱり十分若いじゃないか」
「満足させられるか試してみないと分からないだろ」
「それは大歓迎だ」
 周囲の目も気にせず、トーマの耳に唇を寄せて囁くと、トーマはゴクリと唾を飲んだ。
「行くぞ」
 ターレスのテーブルに置いてあった伝票を掴み、トーマが先に立って足早に出口へ向かう。ターレスは席を立つと、カウンター脇で顔をつきあわせて話しをしているウェイトレスたちに会釈し、会計を済ませたトーマの後を追って店を出た。
 




end?w

トマタレさん、好きだ――――(*」>д<)」!!

23:14|comment(2)

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