あと2日だー♪(トマタレ妄想付)

2014.07.05.Saturday


 会計ソフトに昨日の売り上げを入力していると、従業員出入り口のインターフォンが鳴った。
「はい」
 立ち上がって事務所の入り口にあるボタンを押し、応答する。スピーカー越しに独特の少しざらついた音で答えが返ってきた。
「ビールのお届けです」
「すぐ行きます」
 早足でドアに向かい、出入りの酒屋を出迎える。
 ここで働き始めて数ヶ月も経つと、ターレスが信用にたると見たバーダックは、裏方的な事務作業や準備はターレスのやりやすい方法で取り仕切らせてくれるようになった。帳簿に関しては、細かい作業が苦手なバーダックよりもよほど正確につけている。
 この頃では、酒や備品の発注も過去の注文履歴や残りを確かめつつ、的確にできるようになっていた。

 額に汗を滲ませ、入ってきた男はバーダックの友人でもあるトーマだ。
 家が古くから小さな酒店を営んでいるらしく、バーダックが店を始めた時から酒を届けてくれている。
 少し洒落たラベルの小ぶりな瓶のビールは、客にも人気があるらしい。トーマは二十四本入ったケースを軽々と抱え、いつものストック場所に置くと、箱に貼っていた伝票を剥がした。
「サインもらえるか?」
「はい」
 この頃はトーマともすっかり顔馴染みだ。
 いつもなら二言、三言、世間話を交わしたり、暑い日には冷たいお茶を出してやったりしているが、この日、ターレスは最低限の返事を返しただけで、少し硬い表情のままボールペンでサインをした。
「ターレス」
「……何?」
 顔を上げずに答えると、ふうっと息を吐く気配が伝わってくる。
「顔も見たくないか?」
「ごめん」
 大きく息を吐いて顔を上げ、困ったように眉を下げているトーマと視線を合わせる。
「あ、いや、オレも……どんな顔してここに来ればいいか散々考えて、前の通りで10分は悩んでいた」
 トーマは苦笑いしてそう言うと、ポンとターレスの肩を叩いた。
「もうガキじゃないって言ったけど、まるっきりガキだよな、オレ」
「まぁ、オレの歳と比べればな」
 わざとおどけて答えたトーマを見つめ、ターレスも笑顔を見せた。
「ただ、な……」
 トーマは言い難そうに切り出してから、自身を勢いづけるようにガシガシっと頭をかいた。
「オレは、――あの時、嬉しいと思った。それだけは間違いない」
「え?」
 驚いて目を丸くしているターレスにトーマが引きつった笑みを返す。
「あんな答えじゃ、いや、本当はあの答えのまま終わらせるべきだと分かっているんだが……」

 二日前、二人は夜の街でばったり会った。
 どちらも予定らしい予定もないと分かり、ターレスの提案で一緒に食事に行くことにした。配達に来た時のちょっとした会話を通してトーマの実直な人柄に少しずつ惹かれていたターレスは、適当に選んだ居酒屋に入る時も、いつになくはしゃぎたい気持ちになっていた。結果、慣れない酒で饒舌になり過ぎてしまい、自分の気持ちを伝えてしまったのだが……

 トーマはただ驚いた顔をしていただけで、何も答えなかった。
 酔いの勢いと思われたのだろう。
 恥ずかしさのあまり逃げ出したくなったが、何気ない風を装い、その後も当たり障りない話を続けた。店を出てすぐ、礼を言って別れようとしたターレスの手を掴み、トーマはすまないとだけ言った。


 今、目の前にいるトーマは違う答えを用意してきたのだろうか。、
 束の間の沈黙の後、まだ迷いを感じさせるトーマの手で引き寄せられた。
「ここ何ヶ月も、酒の配達に来るのが楽しみになっていた。おまえが打ち解けてくれればくれるほど、……本当は数分しか話せないのがもどかしいくらいになっていたんだ」
「それは、トーマがいつもも声かけてくれたからだよ。他の業者となんて今でもほとんど会話しない。アルバイト相手だと、あからさまに見下した態度になる奴もいっぱいいるし」
 おずおずとターレスの背中に腕を回してきたトーマの、少し汗臭い胸に顔を押し当て、鼓動の速さを確かめるように目を閉じる。
「初めて会った時からおまえのことが何となく気になっていたんだ。何て言っていいか分からんが……」
 本当に言葉が見つからないのだろう。
 いや、何より自分との関係を進めていいのか迷っているに違いない。
 ターレスはトーマの理性が早く切れてくれればいいと思いながら、腰に絡めていた手を広い背中に滑らせた。
「もの欲しそうなんだって、オレ」
「は?」
「バーダ……、オーナーに言われたことがあるんだ。そんなんじゃ身体目当ての奴にすぐ引っかかるぞって」

 ――あの言葉を機に、バーダックとは時々セックスをする関係になっていた。
 ただ、特定の相手は作らないという宣言どおり、バーダックは決してターレスに過度の期待をもたせることはしなかった。
 そのうちターレスの方が少し成長したからか、いつの間にかバーダックに慰めを求めることは減り、二人の関係はオーナーと従業員に戻っていた。

「オレは違うぞ!」
 トーマの強い口調に釣られて顔を上げ、ターレスは分かってると笑った。
「誰かに構って欲しそうで、悪意のある人間から見たら隙だらけなんだって。もちろんトーマがそんな奴だと思ってる訳じゃないよ」
 苦笑して付け足すと、驚いたことにトーマはターレスをいっそう強く抱きしめた。
「当たり前だろ? まだ二十歳そこそこで、心底一人の方がせいせいするなんて思う奴は滅多にいない。まして、……その、ゲイを自覚してからは、多かれ少なかれ、苦しむもんだ」
「トーマ……」
「ただ、な……」
「――聞きたくない
 ターレスは抱き締められたまま、トーマの言葉を遮った。
「ターレス?」
「この流れなら、オレじゃ駄目だってことだよね?」
「いや、問題があるのはおまえじゃない、オレだ」
 身体を離そうとしたターレスを息苦しくなるほどの力で抱き締め、トーマは辛そうに言葉を絞り出した。
「……それなら理由、聞きたい。それがオレにとっても問題になるのか、知りたいから」
「言うべきじゃないんだ」
 話しが前進しないのは、トーマがそれだけ迷っているからだろう。
 ターレスはトーマの背中をさすり、無理矢理ではなく身体を離すと、少し背伸びをして不意打ちのキスをした。
「――っ、ターレス」
「トーマっ、ごめん。オレ、もうトーマのこと好きになってるんだ」
 呆然としているトーマを見上げ、ターレスは喉の奥にせり上がってきた熱い塊を抑え込みながら、震える声で言った。
「それはっ、……オレ、も」
「じゃあ、何が問題なんだ? 歳の差? オレ、そんなの平気だ! トーマが物足りないって思うなら、早く大人になれるように努力する!」
 勢い込んで話すターレスの頭を抱え込むようにして抱き締め、トーマは顎の下にある黒髪にキスをした。
「――そうじゃない。今、年相応に自然にしているおまえに惹かれてる。無理して大人になれなんて言う気もない。理由は……これだ」
「トーマ?」
 片手を持ち上げられ、何事かと眉を寄せたターレスの手に、トーマがチノパンのポケットから取り出したものを握らせる。
 浅黒い手をゆっくり開くと、シンプルなデザインのリングが光っていた。
「これ……」
「分かるか?」
「結婚指輪、だよね?」
「ああ」
「結婚……してるんだ?」
 さすがに予想外だった。
 話している自分の声がどこか遠くから聞こえてくる。
「――正確には離婚調停中だ。オレは、女相手が絶対に無理なわけじゃなかったからな。世間並みに結婚して、……ノンケのフリをして生きていくつもりだった」
「トーマ……」
「だけど、こういうのは理屈じゃないと思い知らされた。いくら昔馴染みのバーダックの店だからと言って、うちには配達をする従業員は他にもいる。自分が請け負う必要もないのに、ここには必ず来た、。――ここなら少なからずオレと同じ嗜好の人間がいることに安心できるからな」
「浮気、した……とか?」
「いや、そういう具体的なことがあった訳じゃない。だが、誰かから誘われていたら断れないだろうってことに気づいちまったんだ。とてもじゃないが、こんな気持ちで結婚生活を続けられないと思った」
 ターレスは苦しげに話すトーマを見つめたまま、手の平のリングをギュッと握りしめた。
「じゃあ、オレが誘惑すればチャンスはあるんだ?」
「待ってくれ、ターレス。そういうつもりで話したわけじゃ……」
「オレは、チャンスがあるなら、オレのしたいようにする」
「ターレス……」
「これ、預かっとく」
 リングをポケットに入れるターレスを見て、トーマが目を見開いた。
「え?」
「――好きだよ、トーマ」
「――っ、オレはっ、こんな中途半端な男なんだっ」
「それでもいい。トーマ、今、すごく苦しい時だろ? オレが……支えになるから」
 綺麗事だ、と頭の中で自分が自分を笑う。
 多分トーマも分かっているだろう。踏み出してしまえば、より深い沼にはまり込むだけだと。だが、背徳は予想以上にお互いの思いを刺激してしまう。

「好きだ、ターレス……」
「余所の配達、終わったらもう一回ここに来てくれよ、トーマ」
 ターレスは自分でも驚くほど落ちついた声で話していることに気づき、フッと笑みを浮かべていた。
「何かあるのか?」
「ホテル行こう? ちょっと遠いところ」
「お、おいっ」
 さすがに驚いているトーマの頬にリングを握っていた手をあて、ターレスは薄く唇を開いた。
「トーマを知りたい。……揃いのリングをはめてた相手よりも、もっと」
「――ターレスっ」
 堪らないと言わんばかりの声と熱い吐息がターレスの耳を擽る。
 トーマに激しく抱き締められ、今度は迷うことなく二人の唇が深く重なった。貪るように舌を絡め合いながら、ターレスはまるでそこだけ熱でも持っているかのように、ポケットの中の小さなリングを意識していた。




end

トマタレさん、ちょっとドロドロっぽいな(;´▽`A``
まだ若いタレさんの情熱に押されちゃうトーマさん。なんかこういう関係が好きな二人です。もちろんラブラブも好きだけど(*ノωノ)

18:53|comment(0)

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