あと4日♪(バダタレ妄想付)

2014.07.03.Thursday


「何ぼんやりしてるんだ」
 愛想の欠片もない声で我に返り、ほとんどないに等しいカウンターチェアの背もたれに寄りかかって、せり出た壁にかかった時計を確認する。
 開店まで一時間もなかった。グラスを磨くのに小一時間もかけたということか。
「すみません」
 素直に詫び、左手の上に広げたクロスにワイングラスの底をあて、右手で丁寧にふき取っていく。幸い心ここにあらずだったのは、そう長い時間ではなかったようで、ターレスの目の前には綺麗に磨かれたグラスが整然と並んでいた。
「昔の男でも思い出したのか?」
 揶揄する言葉に似あわぬ素っ気ない口調で問いかけてきた男はバーダック。
 このバーのオーナー代理だ。
 代理と言っても実質店に関わることはほぼ全てバーダックが取り仕切り、オーナーにとっては税金対策らしい。

 数週間前。
 街を散策していたターレスは、店の前に貼られていたアルバイト募集の広告に興味を引かれ、足を止めた。何も金に困っている苦学生というわけではないが、大学以外のコミュニティにも所属してみたかった。夕方から開店まで、それも週三回という条件は自分にピッタリに思えた。
 それにこの近辺なら、常日頃感じている自分の居場所がないという感覚は軽減される気がした。
 しかし、いかにも落ち着いた大人向けの店といった風情だが、大学生でも雇ってもらえるものだろうか。一抹の不安を覚えつつ、ターレスはポケットからスマートフォンを取り出し、張り紙に書かれている番号をタップしようとした。
「うちに用か?」
 背中から声をかけられ、飛び上がりそうなほど驚いた。
 振り返ってみると、お世辞にも人相がいいとは言い難い男が立っている。ターレスは一瞬迷ったが、意を決して頷いた。
「アルバイトに応募したくて」
「……入れ」
「え?」
「今から面接だ」
 驚くターレスを一瞥し、男は気が変わったならついて来なくければいいとばかりにさっさと従業員の出入り口へ歩き出した。ターレスは慌てて男の後を追いながら、自分はきっとここで働くだろうと思っていた。

「名前は?」
 薄暗い店内の一角だけ照明をつけ、ターレスを四人がけのテーブルに座らせ、自分は灰皿を持ってきてから向かいに腰を下ろした。
「ターレスです」
「大学生か?」
「はい」
「オレはバーダック。ここのオーナー代理だ。ま、採用も店のことも基本的にはオレが全て決めてる。貼り紙の内容は全部読んだか?」
 煙草に火を点け、バーダックはターレスを無遠慮に観察した。
「あ、はい」
「じゃあ条件は分かってるな。明日だけは一時間早めに来い。仕事の説明をする」
「え?」
「……採用だ。開店前の準備だ。働く気のある奴なら誰でもいい。小器用に見えるしな」
「ありがとうございます」
 適当過ぎるようにも思ったが、何となくバーダックという男は、この店のことに関していい加減な決断をしそうには見えなかった。
「一つ確認したい」
「はい」
 改まった前置きに戸惑いつつバーダックに頷いて見せる。
「この街がどういうところかは知ってるのか?」
 ターレスをジッと見据えるバーダックの目は、採用と言ってなお、真贋を見極めるように鋭く光っている。バーダックが何を言わんとしているかはよく分かっていた。
 ターレスは黙ったまま頷き、オレもそうですからと答えた。
「なるほど。まぁ、若い女との出会いを求めてきたわけじゃないなら何よりだ。うちはバーテンダーも調理担当もウェイターも全員男だからな。……おまえにはその方が誘惑かもしれないが、この店での痴話喧嘩は勘弁しろよ」
「はい」
 もちろん同性愛者のハッテン場として有名な街ではあったが、ノンケもいくらでもいる。これほど早く自分が同性愛者だと見抜いたということは、バーダックもゲイなのだろうか。
 そうだとしても、生粋の……じゃないんだろうな。
 もちろんターレスの直感でしかなかったが、バーダックには男からも女からも好かれそうな独特の魅力があった。

「何かあったのか?」
 ターレスがグラスを拭き終えたのを見て、バーダックが近づいてくる。
 ターレスは黙って首を振り、数分前にかかってきた業者からの電話の内容を伝えた。
「やっぱり修理は丸一日か。……仕方ない明日は臨時休業だな」
 バーダックは溜め息を吐くと、カウンターに置きっぱなしの煙草の箱をとった。
「ご苦労さん。帰っていいぞ」
「はい」
「……どうした?」
「あの……、相談というか、報告しておいた方がいいかなと思ってるんですが」
 何と切り出したものか迷いつつ、いつもより歯切れの悪い口調でそう言うと、バーダックはターレスの隣に座った。
「言ってみろ」
「はい。あの……、この前、常連の……って言っても、オレは名前も知らないんですが、顔だけは何度か見たことのある方に、声をかけられて」
 言い難そうなターレスを特に急かすでもなく、バーダックは紫煙をゆっくり吐きだした。
「付き合えって。……でも、オレは全然知らない人だから、その、断ってしまって」
「別にいいさ。プライベートでまで店への影響を考える必要はない」
「すみません」
 ペコリと頭を下げたターレスは、自分をジッと見ているバーダックの視線に違和感を覚え、何ですかと言った。
「恋人はいるのか?」
「いえ……。ゲイだってことも隠してますから。さすがにこの店の人は何となく察してるみたいだけど」
「まぁ、まだ学生ならカミングアウトもそう優しくはないな」
 フンと鼻を慣らし、バーダックはつまらなそうに言った。
「そういうことです。じゃ、オレ……」
「――待て。誰でもいい訳じゃないのなら、そんなもの欲しそうな顔でうろつくな」
「え?」
 突然の暴言にも近い言葉に眉をひそめると、バーダックは煙草を灰皿に押し付け、カウンターに肘をついてターレスに視線を向けた。
「もの欲しそうはピッタリこないな。てめぇの顔には一人が嫌だと書いてある」
「そんなことあるわけないだろっ!!」
 バーダックの言葉にカッと顔が熱くなり、思わず怒鳴りつけてしまう。カウンターに拳を叩きつけ、目を怒らているターレスを見ても動じることなく、バーダックは落ち着いた声で言葉を続けた。
「……カミングアウトする度胸はないのにこの店を選んだのは、自然とばれるとか、自分と同じ境遇の奴が声をかけてくれるかもしれないとか、そんなところだろう?」
「――っ」
「別にそれが悪いと言う気はない。ただ、そんな無防備に弱みを曝け出してたら、……取り返しがつかないことにもなりかねない。雇った以上は、従業員の身の安全を守るのもオレの仕事だからな」
 いつものようにからかうこともなく、淡々と話すバーダックを見つめ返し、ターレスは何も言えないまま唇を噛んだ。
「初体験はおまえの身体のペースに合わせてくれる相手を選べ。おまえなら、いくらでも名乗りを上げる奴はいるだろうから、安売りの必要はないだろ」
 バーダックは照れくささを誤魔化すようにニヤリと笑い、ターレスの跳ねた髪を片手でクシャリと潰した。

「引きとめて悪かったな」
「いえ。ありがとうございます。お疲れ様でした」
「お疲れ」
 バーダックは頭を下げて出口に向かうターレスの背中を見送っていたが、ターレスはドアの前までくると、不意に足を止めた。
「オーナー」
「何だ?」
「明日、店休みにするんですよね?」
「ああ」
「……今夜、オレに付き合ってもらえませんか?」
「それはプライベートの誘いなのか?」
「はい。――でも、そう言ったら断るのなら、仕事の延長でもいいです」
「オレは特定の相手は作らないぞ?」
「構いません」
「面白いガキだな、おまえは」
 バーダックは喉の奥を鳴らして小さく笑うと、ターレスの方は見ずに一時までは仕事をしていると答えた。
「じゃあ、その時間に来ます」
「ああ。――その時は敬語は止めろ。プライベートで、オレをその気にさせたいなら、まずそこからだ」
「……あんたの知ってること、全部オレの身体に教えてくれよ、とかでいいですか?」
「生意気だな。覚悟しろよ、ターレス」
「まだ甘い覚悟しか出来ない歳なんだよ、バダ」
 ドアを開けて出て行きながら、楽しげに答えたターレスの目が、一寸妖艶な光を覗かせる。
 磨きがいはありそうだな。
 バーダックは苦笑しつつ、磨き上げられたグラスの先をチリンと爪で弾いた。




end

書くところまで気力が続きませんでしたが、バダさんに開発されちゃうわけです、若タレさん^^ちなみに前話のノンケ黒ちゃんとは発展らしい発展をしないまま、高校卒業で離ればなれに。゚(PД`q。)゚。淡い初恋なのです。あ、でも、卒業式のワンシーンだけは考えてましたw今回の話しの冒頭の回想に盛り込もうとしたけど、上手くいかず……(゚∀゚ ;)

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