そして突然の・・・・(トラ天)

2014.03.31.Monday


【Let's Cook Together!】

 
「……見れば見るほど胡散臭い」
「兄ちゃん?」
 テレビに向かって突然毒を吐く兄に驚き、悟天は饅頭に伸ばしかけた手を止めて、目を丸くした。
「あ、ごめん、悟天。何でもないよ」
 どうやら悟飯は悟天も一緒にリビングにいることを忘れていたらしい。
 卒業論文の締切間近で連日睡眠不足だから、多少ぼんやりしているのも無理はないだろう。決まり悪そうに笑った悟飯はもういつもの表情に戻っている。だが、これほどあからさまにテレビに文句をつけるのを初めて聞いたから、さすがに悟天も誤魔化されなかった。

「あれ?」
 2、3度瞬きをしてからテレビに目を向け、思わず素っ頓狂な声を上げる。
 カメラに爽やかな笑顔を向け、楽しげに解説しながら切った野菜を炒めているのは、何度見直してもターレスだった。白いシャツの袖を肘まで捲り、濃いパープルのソムリエエプロンをつけた姿がやけに様になっていて、とても、かつて地球を危機に陥れた極悪人とは思えない。もっとも、その頃、悟天は生まれていなかったから、そう何度も顔を合わせたわけでもないターレスに対して、あまり悪人という印象をもっているわけでもなかった。
「兄ちゃん、ターレスさん、テレビで何してるの?」
「さぁ」
 悟飯はいかにも不愉快そうな声でぶっきら棒に答えてから、悟天に八つ当たりしたことを後悔し、小さく息を吐いた。
「……最近、ターレスがどこだかで知りあった女の人がテレビ局で働いてたらしくて、ターレスの料理の腕と、まぁ、見た目? そこはよく分からないけど、とにかく気に入られたんだって。その人の勧めで5分番組に出ることになったらしいよ」
「へぇぇ。ターレスさん、料理上手いんだぁ」
「見かけによらずね」
 悟飯の言葉にはいちいち棘があったが、ターレスの話しをする時はいつもこうだったから、あまり気にしていなかった。何より悟天の頭の中では『料理上手』というキーワードがグルグル回っていて、関係のない言葉はほとんど耳に入ってこない。
『じゃあ、また明日。あなたのメール、お待ちしています』
 悟天は画面に向かって絵に描いたようなウィンクをしたターレスをぼんやり眺めていたが、コーナーが切り替わると、グッと悟飯の方へ身を乗り出した。
「兄ちゃん、僕、ちょっと出かけてくる!」
「あ、ああ。遅くなるなよ?」
「うん! 行ってきます」
 勢いよく答えた悟天は、食べかけの饅頭を放り出して、そのまま一番近くの窓から飛び出して行った。
「……何慌ててるんだ?」
 あっという間に青空に消えてしまった悟天の背中を見送り、悟飯は面食らいつつもコーヒーを飲み干すと、仮眠をとるべくソファに横になった。

「兄ちゃん! 兄ちゃん!!」
 ソファからだらりと垂れていた悟飯の手を誰かが掴んで大きく揺さぶり、切羽詰まった様子で声をかける。
「……っ、ご、悟天?」
 何ごとかと飛び起きかけた悟飯は、思いがけず至近距離にある悟天の顔に頭をぶつけそうになって、息を飲んだ。
「ただいまっ。ごめんね、起こしてっ」
 謝ってはいたが、起こそうという意志に変わりはないらしい。
 悟飯はまだぼんやりしたまま起き上がり、テレビの上の時計を見た。
「いや、いいよ。そろそろ起きなきゃいけなかったし」
 ほんのうたた寝程度のつもりだったが、悟天が出かけてから1時間半は経っている。飯は一つ大きく伸びをしてから、悟天に視線を戻した。
「あのねっ、兄ちゃん。メールっ、メールの送り方教えて!?」
「メール?」
 この頃は、悟天くらいの歳の子ならメールを使うことくらい珍しくもない。
 だから特別驚くようなことでもないが、悟天は今までその手のものにほとんど興味を示さなかった。何か理由があるのは間違いないだろう。
「いいけど、どうかしたのか?」
「うん! さっきのターレスさんの番組にメール送りたいんだ」
「は?」
「リスペクトメール!」
「……あんなの尊敬しなくていいよ」
「へ?」
「何でもない。リクエストメールだろ?」
「そう、それ!」
 うんうんと頷く悟天の両目は文字通りキラキラ輝いている。
 悟飯は悟天の気分に水を差さないように、極力口調を和らげて尋ねた。
「どうしてそんなの送りたいんだ、悟天?」
「だって、あれメールが読まれたら料理の作り方教えてくれるんでしょ? 僕ねっ、トランクスさんに何か美味しいもの作ってあげたいんだよ! でも、自分じゃゆで卵くらいしかできないから……」
「トランクスさんに?」
 予想外の答えに驚く悟飯に悟天はまた何度も頷いて見せた。
「そう。せっかくこっちの世界でみんなと一緒に暮らせるようになったけど、トランクスさん、一人暮らしでしょ。なんか毎日コンビニのお弁当なんだって。そりゃ、好きだからって言ってたけど……」
「ああ、そうか」
 こことは違う未来、いわゆるパラレルワールドから来たトランクスは、悟飯と悟天にとっては父親である孫悟空の命の恩人と言ってもいい。
 人造人間との戦いの後、元の未来に戻っっていたから、悟天は当時面識があった訳ではない。だが、一週間前、不意にあの時と同じタイムマシンで、トランクスが彼にとっては過去にあたる世界を訪れた。驚く悟飯たちに、トランクスはタイムマシンの性能をアップさせ、チェックを兼ねて来たのだと説明した。それ以来、もちろん期限付きではあるが、この街で暮らしている。
 ブルマにはもちろんCapsule Corp.で一緒に暮らすように勧められたらしいが、あまり本来の自分と近い環境にい過ぎると、ちょっとした言動でパラドックスを引き起こしかねない。そこで、トランクスは小さなカプセルハウスを借りて一人で暮らし、悟天やこの時代の自分と遊んだり、ブルマの買い物やベジータのトレーニングにも付き合っていた。

 初めて紹介された時こそ、悟天は目の前の背の高い青年がトランクスだと言われてもピンときていなかった。
 だが、時空は超えてもそこは成長した大親友。ウマが合うのは同じことらしく、悟天はすぐに傍目にも驚くほど未来からきたトランクスに懐いていた。

「兄ちゃん?」
「ん? あ、ああ、メールか。それにしてもターレスの番組になんて……」
「もうっ、兄ちゃんは、またっ。何もそんなに嫌わなくてもいいのに」
「昔を知ってたら好きなれって方が難しいよ」
 悟飯は珍しくムキになって答えた。
「そうかもしれないけど、ターレスさんの番組なら僕のメール採用してくれるかもしれないし」
「分かったよ。ところで、さっきどこ行ってたんだ?」
 悟飯はコーヒーテーブルの隅に置きっぱなしにしていたノートパソコンを開きながら尋ねた。
「トランクスくんのとこ。最近ブルマさんにパソコン使わせてもらってるって言ってたから、兄ちゃんの邪魔しちゃ悪いし、トランクスくんに教えてもらおうと思って……」
 そこまで言って悟天は幼い子どものように頬を膨らませた。
「どうした?」
「なんでって聞くから理由言ったら、なんかすっごい不機嫌になって、悟天には無理だとか決めつけてさっ」
「ああ……」
 ブリブリ怒りながら説明する悟天にさもありなんとばかりの相槌をうち、悟飯は苦笑いした。
「何?」
「いや、別に。ほら、これ。ローマ字キーは分かる?」
 このところ随分成長したとは思うが、まだトランクスの複雑な心情を理解するには悟天が無邪気過ぎるのだろう。悟飯はサラリと受け流し、悟天の意識をパソコンに向けさせた。
「うん。遅いけど、なんとか打てると思う」
「じゃ、宛先だけ入力しておくから、ここに書きたい内容書けばいいよ。送る時はここにタッチすればいいから」
「わかった。兄ちゃん、ありがとう」
 満面の笑みで礼を言うと、悟天はいたって真剣な顔つきで人差し指二本だけを使ってキーボードを叩き始めた。


 ――翌日。

 今日は自分だけしかいないリビングで悟天は一人ソファに正座していた。
 いつもはどんな内容か気にも留めていなかった番組を真剣に身、今か今かと待ち構えていると、30分ほどしてから例の料理コーナーがスタートした。

『さて、今日もメールが来てますよ。パオズ山にお住いの悟天くん、12歳。どうもありがとう。"ぼくのだい好きな人は、いっつもコンビニのばかりたべているので、かんたんでおいしい料理をおしえてください。いっしょにたべたいです。" なるほどねぇ。仲がいいんだねぇ。……ここに送らなくても、料理くらいキミにならいくらでも教えてあげたのに、って。余計なこと言いすぎると、過保護な兄貴に怒られるな』
 公共の電波でこんな私信が許されるのかと思う自由さで悟天のメールを紹介し終えたターレスは、ニヤっと笑ってカメラに視線を合わせると、こともなげな調子で魚介のうまみが詰まったブイヤベースを紹介すると言った。

「ブイ……?」
 聞いたこともない料理の名前に目をぱちくりさせる。
 だが、ぼんやりしていては短いコーナーはすぐ終わってしまう。悟天は流暢に喋り始めたターレスが次々と紹介する珍しい貝や魚の名前を必死でメモに取っていたが、スープに使うスパイスの名前になると完全に取り残されてしまった。
「酷い! こんなわけわかんないものがいっぱい入ったの、僕に作れるわけないのにっ!!」
 お人よしの悟天でも、こうなればさすがにからかわれたと気づく。
 別に誰に見られていたわけでもないが、恥ずかしさと悔しさがこみ上げ、喉の奥で熱い塊がつっかえた。これを飲み下さないと涙になる。そう思って拳をきつく握った直後、窓を叩く音が聞こえた。

「トランクスくん!?」
 テレビに集中していたせいもあって、近づいてくる気にまったく気づいていなかった。
 驚いたはずみに零れそうになった涙を片腕で拭って慌てて窓にかけより、鍵を開けてやると、トランクスは悟天とは目を合わせないようにして部屋に入ってきた。
「――あの番組、見てたのか?」
「うん。……なんで?」
「悟天のことだから、オレが教えなくても何とかしてメール送るだろうと思ってた」
「うん」
 目を逸らし、生意気に腕組みをしたまま話すトランクスの顔は心なしか赤く見える。悟天は相手の意図が分からず、大きな目をいっそう丸くして、少し間抜けた調子で答えた。
「どうせ、あのターレスとかいうおっさん、役に立つ料理教えてくれなかっただろ?」
「どうして分かったの?」
「おまえのことだから、バカ正直にほんとの名前で出すだろうし、直ぐばれてからかわれると思ったんだ」
「すごいなぁ、トランクスくん」
 少々半分バカにされているようにも聞こえなくはないのだろうが、人のいい悟天はトランクスの洞察に単純に感心していた。屈託のない反応に嫌味が続かなくなり、トランクスはさらに視線を遠くに向けた。

「料理……」
「え?」
「そんなに作りたいのかよ? あいつのために」
 膨れっ面を隠し切れず訊ねたトランクスにしっかりと頷いて見せ、悟天は
「だって、トランクスくんだもん」と言った。
「え?」
「トランクスくんは僕の一番大事な友達だから、あのトランクスさんも僕の大事な友達。それなら喜んでもらいたいって思うの当たり前でしょ?」
 他に理由がいるのかと言わんばかりの真っ直ぐな言葉を聞いて、トランクスの頬が今度は誰の目にも分かるほど赤くなった。
「手っ、手作りならっ、何でもいいのか?」
「え? う、うん。僕、何にもできないし」
「カレー」
 ブスっとして呟いた言葉に首を傾げていると、トランクスは背中に隠していたスーパーの袋を突き出した。
「カレーだよ、カレー! 初めて作る料理はカレーで十分なんだよ!」
「教えてくれるの!?」
 ようやくトランクスが何を言っているのか分かった悟天は、ぱぁっと音を立てそうなほど顔を輝かせ、ニンジンやジャガイモが入ったビニール袋を受け取った。
「学校でも習ったし、母さんにも教わったからっ」
「トランクスくん、ありがとう!」
「別にっ。言っとくけど、出来たらオレも行くからなっ!」
「え? う、うん」
「ほら、早くしろよ、悟天」
 さっと背を向けて歩き出したトランクスを追って台所に向かいながら、悟天は何となくトランクスが耳まで赤くなっている理由は聞いてはいけないのだと感じていた。




end

未トラさんのお家に二人でカレー鍋ごともっていくところまで想像はしてるんですが、力尽きました(笑)。
もうなんか口調とかキャラとか全然書き慣れてない感じですいません><;;
でも、楽しかったなw

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