ほんとは・・・

2013.10.04.Friday

 真っ白な雲の間を抜け、春特有の湿った空気の中を飛んでいたカカロットは、気が付いたら昨日と同じ白梅の樹の上に来ていた。

 ……何してるんだよ、まったく。

『・・・・・・とにかく 、明日下界を見回るときに・・・・悟空という奴を探さないことだ』

 昨日未知の熱で自分を翻弄したターレスの、いつものどこか冷めたものとは全く違う真剣な目と相反する静かな言葉を思い出す。

 探してなんかない。
 第一、こんな朝早くからいるはず……

 乱れそうな心を落ち着かせるべく、昨日のデジャブのように梅の枝に腰を下ろす。
 まだ朝露に濡れた歯にそっと触れると、カカロットの指に驚いたようにフルリと揺れた。

「あれ?」
 真下から聞こえてきた声に目を見開き、まさかという思いで視線を下ろすと、そこには晴れた空よりも涼やかな魂を感じさせる悟空が黒い目をまん丸くしてカカロットを見上げていた。
「ぅわっ!! 危ねぇ!!」
 昨日の再現フィルムのように枝の上でバランスを崩し、そのまま落下してしまう。
 慌てて駆け寄ってきた悟空は、生存本能があるのか疑いたくなるほど躊躇なく落ちてくるカカロットに手を伸ばし、抱きつくような格好で尻もちをついた。
「だ、大丈夫か、悟空!?」
 カカロットは天使だ。
 基本的に神の意志を遂行し、天啓を下す時以外に人間を傷つけることはない。
 分かってはいたが、生身の人間と直接かかわることが初めてだったから、聞かずにはいられなかった。
 悟空はまだ腹の上に膝を折って重なったままのカカロットをポカンと見上げていたが、ニコっと笑った。
「良かった、やっぱりカカだった」
「え?」
「だって、天使なんて見たのカカが初めてだから、もしかしたら、皆カカみたいに綺麗ぇで、同じ顔だったりすんのかなぁ、って。だから、声かけて違ってたらどうしようかって思ったんだ」
 ヘヘと照れ笑いを浮かべた悟空をジッと見つめ、何か言おうと口を開くが言葉にならない。カカロットはまだ悟空の腹をくの字に折った膝でまたいでいるのも忘れ、片手を悟空の頬に伸ばしてゆっくり顔を近づけた。
「カカ?」
「……また会えたから、祝福だよ」
「あ、……んっ」
 さすがに予想外だったのか、顔を引きかけた悟空の頭を半ば強引に引き寄せ、唇を唇で塞ぐ。目を閉じることも忘れて息を飲んだ悟空の唇の柔らかさに眩暈を感じ、慌てて身体を離す。天使にあるまじき偽りを伝えたカカロットの胸は、深い罪悪感の刃に突き射さされているようで、赤い顔で自分を見ている悟空に何も言えなかった。

「カカ?顔色悪ぃけど、大丈夫?」
「あ、うん。し、仕事……行かなきゃっ」
「あ、そうだよな。オラもボランティアでここの掃除に来たんだ。始めないと……」
「悟空、あ、の……さっきの、キス……」
「しゅ、祝福だって分かってても、恥ずかしいな、オラにはカカは男に見えるしっ」
 真っ赤になって早口で話す悟空の髪に指を絡め、カカロットは青い目を辛そうに細めた。
「どうかしたんか?」
「……あれは、祝福なんかじゃ、ないよ」
「へ?」
「もちろん、悟空にだったらいくらでも与えたいけど、そう……じゃなくて、――天使が唇にキスをするなんてありえない。悟空、ごめん」
「オ、オラ、別に嫌じゃなかったし!! すげぇ、ドキドキしたけど、嫌じゃ……」
「余計に悪いよ」
 フッと自己嫌悪の笑みを浮かべ、羽を大きく広げる。
 何と言葉をかけていいか分からず、一先ず飛び立とうとした時、悟空に手を掴まれた。
「カカっ、意味わかんないよ。オラ、人間だから、天使の事情なんてわかんねぇ。こんな……そんな辛そうな顔で行っちまうなよ。オラっ」
「ごめん、大丈夫、大丈夫だよ、悟空」
「……カカ」
 どちらかと言えばおっとりして見えた悟空の思いがけない取り乱し方を見て、慌てて羽と両腕で包み込むように抱きしめる。悟空はカカロットに身体を預け、不安そうに顔を上げた。
「もう、行かなくちゃ」
 悟空が落ち着いてきたのを見て、カカロットは極力自身の動揺を悟られないように笑顔を作った。
「うん。分かってる。ごめんな、カカ?」
「怒ってないし、……酷いことしたのはオレの方だよ」
「なんで? ダメ、なんか?」
「……こんな気持ちじゃ悟空に会えない」
「カカ、き、昨日はオラ、もう会えないって思っても諦められた、けど……っ、また来てくれっだろ?」
「……オレは天使なんだ」
「うん」
「悟空だけに会いに来るわけにいかない。ううん、本当ならこんな風に姿を見られるはずなかったんだ」
「カカ」
「……いつか、天寿をまっとうしたら、悟空は必ずオレが迎えにくるよ」
 自身の言葉が細い針のようにチクチクと胸を刺す。カカロットはこれ以上ここに留まっていることを天界の誰かに気づかれないうちに立ち去らねばと、悟空から離れた。
 
「……お祈りっちゅーのしたら、来てくれねぇんか?」
「願いは?」
「またカカに会いてぇ」
「オレに会うたび、悟空はきっと望まないまま罪の中に沈むことになる」
「罪?」
「説明する気になったら、また……来てしまうかも、しれないけど」
「いいよ、オラ……っ」
 一歩前に進んで勢い込んで話そうとした悟空の唇に人差し指をあて、カカロットは目を閉じて首を左右に振った。
「もし、……次にオレをここで見かけても、――悟空」
「何?」
「悟空が、怖いと思うなら……声かけなくていい。目が合っても、何しても……。罪の淵に落ちるのは、思ってる以上に恐ろしいことだから」
「カカ……」
 戒めを与える天使らしい威厳を感じさせるカカロットの言葉に悟空は仕方なく頷いた。
「じゃあな、悟空」
「うん」
「……ずっと悟空を見守るから」
 カカロットはそう言って懺悔と後悔を柔らかい笑みで隠した。
 そのまま一直線に青い空を切って飛び立ち、直ぐに姿が見えなくなる。
 悟空はカカロットと初めて出会った梅の樹の下のベンチに腰を下ろし、小さく溜め息を吐いた。

「守られたいんじゃねぇのに……」
 
 そう、ただ、もう少し。
 絵のように綺麗なのに、少しおっちょこちょいな、金髪の天使と知りあえたらと思っただけ。
 悟空は苦笑いして両手で頬をペチっと叩くと、持ってきたゴミ袋に放り出されていた空き缶や紙くずを入れ始めた。

 


「……カカロット、おまえとオレは正反対に見えてもよく似てるな。人間に……惚れるなんぞ、大罪だぞ」
 それぞれの思いを抱えて、離れた二人の姿を天界から見下ろし、ターレスは皮肉な声とは裏腹に厳しい目で地獄への入口を見つめた。

 ――助かって、結ばれる奴らがいたっていい。

 ターレスは浅黒い肌に映える白い羽を広げると、下界へ向けて舞い降りて行った。






 このお話はタレカカはまあたまに肉体的繋がりはするけど(笑)、本命はカカ空さんなので、タレはカカのサポート役ですね^^
 きちんとまとめて書けたらいいなぁ。
 そして、このシリーズ去年の天使の日に上げてから全然書いてなかったことに気づきました(;^ω^)一年早い!

22:04|comment(0)

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