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枕に顔を埋めて座っている仁は、瞳どころか体さえも隠すように髪が覆っている。

たぶん仁は瞳を見られたら
昔あった嫌なことと同じことが起きると思ってる。

だから瞳を見たボクに怯えて泣いている。
ボクが仁を襲うと思って泣いている。


そう思うと泣き続ける仁の肩を抱くことも背中をさするもできない。
指一本触れることさえできない。



「ふざけんな!」

くやしい


「全部ソイツが悪いんだろ!」

仁が泣いてるのも


「ソイツがズルくて卑怯で」

たぶん今までに何回も泣いたのも


「自分の弱さを」

あんな綺麗な瞳を隠してしまったのも


「全部仁のせいにして」
ボクに仁の涙を止める力がないのも


「仁のせいなんかじゃない!!」

悔しくて悔しくて、全部ソイツにぶつけたかった。



「違う」

嗚咽交じりの声で仁が言う。


「あの時のことは今でも思い出したくもないし、もう二度とあんなのは嫌だ」

なんと言っていいか考えるように仁は一旦そこで言葉を切った。


「だけど俺は先生と一緒の時間が大切で、先生のこともお父さんみたいで大好きだった。
だからもしかしたらって…」

また仁が言葉を切る。
口にするのが辛い事を一生懸命口にしようとしてる仁の姿にボクは黙ったまま、言葉の続きを待った。


「も、もしかしたら俺は本当はオトコが好きで無意識に誘ってたのかもって…」

「ま、松野に瞳を見られたときもそんな瞳をしてたかもって思ったら…」

「き、気持ち悪いって思われたかもって…」


仁がぽつぽつと途切れ途切れに言う。
不安そうにボクを見つめる仁には悪いけど、正直ボクは仁の予想外の言葉に顔がにやけてくるのを止められなかった。

だって、それって「ボクが怖い」んじゃなくって「ボクに嫌われる」のが怖いってことでしょ。


「ねえねえ、それってボクのこと好きってことでしょ?」

ボクの場違いな程明るくあけすけな言葉に仁はかぁーっと耳を一気に赤くした。
「す、好きっていうか…」

「うんうん、分かってるってば。
友達として好きだけど、そのバカヤロウのせいで自分がゲイかもしれないと思ってて、
それでボクに嫌われるのが怖いってことでしょ?」

「う、うん」

耳を紅くしたまま仁が頷く。


「なら、大丈夫!
だってそのバカヤロウは全部責任逃れの適当ばっかだし。
仁だってさっき『あんなのしたくなかった』って言ってたじゃん」

でしょ?ボクが同意を求めると仁は慌てて肯く。

「第一、ボクは仁が誘ってたなんて全然思えなかったし。
むしろ嫌われたと思って慌てて謝りにきたんだよ。
結局まだ謝ってないけど」

へへと仁に笑いかける。


「あ、あの時はパニックになっちゃって」

仁がまた謝ろうとするのをボクは遮った。

「いーの!仁は悪くないんだから堂々としてて。
いろいろ気にしすぎ」

ぶっちゃけまだボクが謝ってないってのに仁にこれ以上謝ってもらったら居心地悪いよ。
ボクは腰に手を当てて自信満々に宣言した。


「それにボクは例え仁がゲイだったとしても嫌いになんかならないよ!
どんな仁だって嫌いにならないってさっきも言ったでしょ!?」


ボクは堂々と言う。
この根拠の無い自信を仁にも分けてあげたいぐらいだ。


「…ありがとう」

仁がほんの少しだけど微笑みながら言う。
ボクはそれだけで問題が解決した気になって、今まで一歩も入れなかった部屋にもずんずんと入れるようになった。


中に入ると部屋はすっかり暗くなっていた。

ボクはカーテンを勢いよく開ける。
外は夕方になっていて、暖かいオレンジ色の光が部屋を染めていく。


「部活さぼっちゃったな」

ボクは振り返って仁に笑いかける。

「ねえ、隣座っていい?」

もしかしてまだボクのこと怖いかもしれないから、いつもだったら聞かないことも確認してしまった。


「いいよ」

そう言って暖かいオレンジ色の日の光の下にいる仁はいつもの仁と同じに見えた。


ボクが仁の横に座り「へへ」と笑いかけると、仁はいつものように微笑もうとしてくれた。
それだけでいつもの調子を取り戻したボクは、ずうずうしいお願いをいつものようにしてしまった。



「ねえ、もう一度瞳見せて」

それを聞いて仁はぎょっとして身を硬くする。
でも、嫌われたわけじゃないと知ってしまったボクは止まらない。

「さっき一瞬しか見れなかったし、ちゃんと見たい!」
大丈夫!仁が嫌がることは絶対しないし!!」

瞳を見せること自体が嫌だってことも実は重々承知の上。

「一回だけ。もう一回だけでいいから、ね」

それでもちゃんと仁の瞳を見たいボクは手を合わせて必死にお願いする。


仁は結構長い間固まっていたけど、あーとかうーとか困ったように唸った後、
小さい声で「いいよ」って言ってくれた。


「やったあ!」

ボクはガッツポーズを決めたあと、仁の方に向き直った。

「行くよ?」

確認して手を伸ばそうとすると、仁が首を横に振った。
やっぱり無理かと諦めそうになったら、なんと仁が自分で長い前髪をかき上げてくれた。


もう一度見れた仁の瞳は、沢山泣いたせいかまだ赤くてそれはまるで――


「夜明けの空だ」


ボクの言葉に不思議そうにしてる初めてちゃんと見る仁の顔。
なんのことって顔してるけど、それさえ可笑しくてボクは小さく笑うだけ。


ああ、この瞳みたいに仁の長い夜も明けてくれればいいのに。
ボクの言葉で少しでも夜明けに近づいていてくれれば嬉しいんだけど。

結局ボクは自分の事ばっかで嫌われてないって分かった途端に問題が解決したみたいに思ったけど、仁の問題はボクの言葉ぐらいで軽くなったのかな?

仁の赤く染まった瞳からは全然わからないけど、これから二人で少しずつでも夜明けに向かって歩いていけばいい。


ボクは大きく伸びをしてベッドに寝転ぶ。


「ねえ、もう一個お願いがあるんだけど」

髪を戻してしまった仁はやっぱり身を硬くしてボクの言葉を待つ。
ああ、やっぱり仁と一緒に居るの、楽しいや。


「部活サボった言い訳、仁が考えて」




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