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「仁、いる?」
そうっと中を覗くと、カーテンが締め切られていてまだ夕方にもなっていない時間なのに部屋は薄暗く目が慣れるのに時間がかかる。
廊下の明かりを頼りに部屋を見渡すと、仁が制服のままベッドの上で枕を抱えて体育座りで俯いていた。
「仁」
ボクの声に身じろいでより暗がりへ少し動く仁に、ボクの心は怖気づき、ここへ来た言い訳を探しだす。
「鞄」
手にしていた仁の鞄を前に突き出す。
「鞄、忘れてたから届けにきた。」
ボクは鞄を置くため暗がりへと身を屈める。
「来ないで」
でもその瞬間に叫ぶ様な悲痛な声が薄暗い部屋に響く。
その声が痛くて、ボクは身を屈めたまま動けない。
「さっきは、ごめん」
え?
思わず仁を見る。
仁もボクの方を見てる。
…なんで仁が謝るの?
「驚いただけだから」
…なんで嘘つくの?
「もう大丈夫」
…大丈夫になんて見えない
「鞄ありがとう」
…鞄なんてどうでもいい
「だからもう部活行って」
…だから帰れなんて言わないで!
「嫌だ」
咄嗟に大きな声が口から出ていた。
仁の声を打ち消すような大声に仁の肩がびくりと強張る。
でも、でも、こんなの嫌だよ。止めるなんて出来ない。
「今、このまま帰ったら仁は明日からも今までどおりボクと一緒にサッカーしてくれる?
一緒にお弁当食べたり、一緒に帰ったりしてくれる?
絶対しないくせに!
絶対ボクのこと避けてよそよそしい態度とるんだ!」
「そんなのヤだ!
せっかく友達になれたのにそんなのヤだよ!!」
ボクはさっきのことを無かったことにしようとしてる仁が、まるでボクのことも無かったことにしてるようで本当に本当に怖くて、
謝るつもりだったのに気づいたら自分勝手な本音が全部口から出てた。
感情が高ぶって泣きたくないのに目頭が熱い。
ボクは口をぎゅっと結んで涙が零れないように堪えた。
ボクの目は大きいからこんなとき不便でしょうがない。
だってこれで泣いたら本当に駄々をこねる子供だ。
仁は、そんなボクをしばらく見つめた後、小さな声で呟いた。
「嫌いにならない?」
それは、さっきまでのやけによそよそしい声とは違い仁の本当の声に聞こえた。
「ならない」
ボクはその声にすがる様に力強くうなづく。
「変だ。って、思わない?」
仁の本当の声に嘘はつけない。
「変だと思ったけど、嫌いにはならない」
ボクは仁をまっすぐ見て本心を口にした。
「どんな仁だって嫌いにならない。だから…」
――だから仁もボクのこと嫌わないで。
言葉にさえ出来なかったボクの本心が痛いくらい胸の中でいっぱいになる。
仁はしばらくボクを見つめてから、もう一度枕に顔を埋めた。
「…怖いんだ」
枕で声が篭って不明瞭だったけど確かに聞こえた。
「瞳をみられるのが」
さっきよりも確かな声。
「あのとき」
「あのとき先生が変になったのも」
何かに追われる様に仁の声がどんどん大きく早くなっていく。
「俺の瞳のせいだ」
「俺の瞳が悪いんだ」
「俺の瞳さえ見なければ、あんなこと」
「あんなこと無かったはずなのに…ッ」
最後は吐き出すように言う。
「仁?」
大丈夫かと言外に含んで名前を呼ぶと、仁はボクの方に顔を上げた。
顎からぽたぽたと涙が滴り落ちて、枕にシミを作っている。
「俺はあんなこと一度もしたいなんて思ってなかった」
「でも・・・でも先生が」
また俯いてしまった仁。
まるでボクの視線から逃げたいみたいだ。
「俺の瞳が誘ってたって」
消え入る様な声。
もう一度枕に顔を埋めてしまった仁の嗚咽の声だけが部屋に響く。
ボクは仁の言葉の意味が本当はわかっているはずなのに、なかなか受け入れられずにいた。
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