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朝、目が覚めると隣で寝てたはずのマックスの姿がなくなっていた。


う、嘘…!

一気に目が覚める。
がばっと起き上がり、マックスが寝ているはずだった場所に触れてみる。
そこはとても冷たくて、あんなに幸せな気持ちで眠りについたのが嘘みたいで心まで凍りつく。


ど、どうしよう…、なんでマックス居ないんだろう…。


俺は必死になってマックスの姿を家中探す。
もしかしてトイレに行ってるだけかもと思ってトイレを覗き、目覚めのシャワーかもと思って風呂場を覗く。
早く目が覚めてテレビでも見てるのかもと思ってリビングに向かう。


ああ、やっと見つけた…。
リビングでやっとマックスを見つけた俺は、ほっとしてリビングのソファーで寝ているマックスに手を伸ばす。
でも、途中でその手は止まってしまう。


ここでマックスを起こしてどうする?
おはようって挨拶してそれから…?
何で俺の隣じゃなくここで寝たのか聞けるだろうか?
それを聞かずに普通にマックスに接することができるだろうか?


……無理だ。
俺にはどれも無理だった。

だって、答えが怖い。
起きて俺を見たときのマックスの反応が怖い。
俺はマックスを起こさないようにリビングを後にする。


どうしていいか分からず、自分の部屋のベッドに戻る。
マックスがリビングで寝た理由を考えると、横になっているはずなのにぐるぐると眩暈がする。

男同士のセックスについてマックスは昨日初めて知ったみたいだったし、もしかして嫌になったのかも。
だって動画見てから、すごい気持ち悪そうにしてた。
もしそうなら俺はセックスなんてしなくてもいいのに。
マックスがいてくれるだけでいい。
俺の隣に居てくれるだけでいいのに…!


そんなことをぐるぐる考えていると、部屋のドアが開けられる。
…マックスだ。
俺は慌てて寝た振りをする。


「仁。仁。
起きて、朝だよ」

そう言って俺を起こすマックスはいつもと同じように感じる。
俺は少しほっとしてなんでもないような振りで挨拶を返す。


「ん。おはよ」

起き上がると、目に溜まった涙が零れそうになって慌てて目を擦った。


「ねえ、朝ごはんどうする?」

マックスは俺の誤魔化しに気づかなかったみたいだ。
いつもの調子でそんな事を聞いてくる。
でも、俺の心はなんで?って疑問がいっぱいで普通の会話なんて耳に入ってこない。
問い詰めたいのにできなくて苦しくて堪らない。
適当な生返事しか出来ないのに会話がちゃんと続いていく。


「そうそう。
仁、今日は先に帰ってて」

「えっ、…な、なんで?」

それなのに聞きたくない言葉はちゃんと耳に入ってくるから不思議だ。


「ちょっと用事があるからさ」

「…昨日は何にも言ってなかったのに?」

勇気の無い俺にはこんな風に探るようにしかマックスに訊く事が出来ない。
昨日、俺は嫌われるようなこと何かした…?
俺の気のせいだっていつものように笑ってよ。
俺が必死の思いでマックスを見つめると、マックスはフッと小さく笑うと低い声で言う。


「昨日までとは違うからね」

「そう…」

マックスの答えは曖昧で、俺の不安を増長させるだけだった。


昨日は心が通じ合ったと思ったのに、それはやっぱり一瞬でしかなかった。
しかも、俺にはその理由が分からない。
結局いつだって俺にはマックスの心なんて分からないのかもしれない。
俺はやっと見つけたと思った答えをまた見失ってしまった。



その日俺は一日中マックスの真意を測り、一喜一憂を繰り返していた。
二日連続で授業が全然頭に入ってこなかったけど、もう、そんなことどうでも良かった。
部活中も頭が一杯で、ずっと隅っこで筋トレと反復練習ばかりしていた。
誰かに咎められる事もなく、その日俺は思い悩む事以外何もせずに一日を過ごした。


部活が終わって着替えもせずに急いで帰るマックスを何も言えずぼうっと見送る。
急いで帰るマックスを見て、本当に用事があったんだとほっとする自分と、
俺を避ける為に慌てて帰ったんだと思う自分が同時にいて身が裂かれたみたいに苦しい。
その後自分がどうやって帰ってきたか分からないくらい心は散り散りに乱れていた。
帰宅して習慣でシャワーを浴びて着替えてしまうと何も手に付かない。
先に帰っててってマックスの言葉を信じているから、先に食事を取ることもできない。
マックスのことをただ待つだけの時間が過ぎていく。
そうやって一時間も過ごした頃、不意にぞくっとする様な考えが俺に啓示みたいに降ってきた。


もう、マックスは来ないんじゃないかって。


男の俺と付き合うのがもう嫌になった。
大切な用事に夢中になって俺のことは忘れてしまった。
キスで満足して他の新しいことに集中している。


次々ともうマックスが来ない理由が頭に浮かぶ。
そのどれもが本当にあり得そうで、俺はどんどんマックスがこのまま来ないという恐怖に支配されていく。


今日マックスが来なくて、明日も会えなくて、このままずっと会えなくなったらどうしよう。
俺はマックスに避けられていた時のことを思い出す。


あの時。
俺がマックスのことが好きだとバレて避けられていると思っていた時、本当に辛かった。
頭ではいくらマックスが俺のことゲイでも嫌いにならないって言ってても、いざその好意が自分に向けられたら別なんだろうなって想像がついた。
でも実際に避けられてしまうのは辛くて辛くて、毎日が覚めない悪夢の中にいるみたいだった。


そんなとき出会った浮島さんは大人で優しくて、そしてどこか寂しそうだった。
同じ寂しさを抱えた俺は、最初からあの人に親近感を覚えていた。
マックス以外の人を好きになればマックスが友達に戻ってくれると愚かにも信じていた俺は優しい浮島さんのことを一生懸命好きになろうとした。
一度でも浮島さんに抱かれてしまえばこの苦しみから解放されるんじゃないかと思い込んだ俺は、一生懸命誘惑だってした。


でも、駄目だった。
誰かの代わりだってことに気づかない程、浮島さんは子供ではなく。
誰かを代わりに愛せる程、俺は大人ではなかった。
結局俺がマックスのことをどれだけ好きか改めて知っただけだった。


あの後、マックスが謝ってくれて、好きって言ってくれて、苦しみは終わったけど、
結局あの時なんで避けられていたのかは今も分からないままだ。
過去を下手に穿り返してまた避けられてしまうのが怖くて、俺は何も聞けないまま目を背けてしまった。


マックスの考えていることは何時だって俺には分からない。
今だって何が原因か分からないまま、終わってしまうかもしれない。


そう思うと、自然と涙が零れた。
なんでなんだろう…。
どうして俺はこんなにもマックスの気持ちが想像出来ないんだろう。
こんなに好きで、毎日彼の事を見続けているのに、いつまで経っても彼の事が理解しきれないでいる。


涙は次から次へと止まる気配もなく溢れてくる。
俺はそれを拭うこともせず、ただただ泣き続けた。



 

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