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あれは、普段サボりまくってた掃除当番をクラスの女子についに捕まって仕方なくこなした後、遅れて部活に行こうとしてる時だった。
仁のクラスの前を通ったら、仁が誰もいない教室で一人で日誌を書いているのが見えた。
どうせだったら一緒に行こうと思って、ボクは教室にズカズカ入って声をかけた。


「ねえ、部活一緒に行こう!」

ボクは声を掛けながら仁の前の席の椅子に座った。

「じゃあ、ちょっと待って」

仁は優しいからあんまり僕の言うことを断らない。
でも真面目だから日直の仕事を適当に切り上げることもしない。
ボクの姿を認めて口元に笑みを浮かべると、またすぐ日誌の記入に戻ってしまう。


「こんなの全部『いつもと同じ』って書いとけばいいのに」

仁はそんなことしないとわかってるけど、やっぱ後回しにされるのは面白くはないよね。
案の定日誌には仁らしい綺麗だけど筆圧の薄い字で、ご丁寧に今日の天気からクラス目標まできちんと書いてある。
ボクは早く部活に行きたかったから、珍しく仁の邪魔をしないように黙って仁が日誌を書くのを机にあごを乗せて眺めていた。

目の前でカリカリと綺麗な字が綴られる。
ふっと、仁の方を見上げる。
こんな風に下からでもサラサラの薄紫色の髪で瞳は見えることは無い。
ただ待っていただけのボクは途端に仁の瞳が気になって仕方なくなっていた。


「ねえ、仁の瞳ってどんなの?」

我慢出来ずに仁の長い前髪を両手で左右に広げた。


そこにあったのは、夜が明ける直前の空の色。
驚きで見開かれた瞳は、仁にぴったりな一日に少しの時間しか見れない空の色をしていた。


でも見れたのは、ほんの一瞬。


仁はボクの手から逃れる様に後ろへ飛びのいた。


椅子が音を立てて倒れる。
僕たちしかいない教室でやけに大きく響いて聞こえたその音も仁には全く聞こえないみたいに、片手で口を、片手で自分自身を守るように抱きしめ細かく震えている。
細身の仁がいつもよりさらに細く、弱いように見えて思わずボクは手をのばした。


「仁…?」

ボクの囁きは届くことなく、手は触れることなく撥ね退けられた。

「…やだ」

小さな声なのに、それは断固とした拒絶だった。
そして、絶叫。


叫びながら身を翻して走り去る仁を、ボクはただ見つめることしかできなかった。




事態を飲み込めない間抜けなボクはしばらく固まった後、のろのろと椅子にへたり込んだ。
机には書きかけの日誌と仁の鞄。
さっきまで、目の前で日誌を書いていた仁だけがいない。


ボクから逃げたからだ。


さっきの光景がフラッシュバックする。


払いのけられたボクの手。
身を守るように抱いていた仁の手。


……ボクに怯えていた。


なんであんなに怯えたんだろう?
ボクが瞳を見たから?
あんなに綺麗なのに!?


ボクの頭はさっきの仁の姿でいっぱいで、いくら考えても答えなんてちっとも出ない。
でもそんなボクにもわかることがある。


ボクが仁を傷つけたってことだ。


もし、明日から仁がボクに笑わなくなったら?
今までなんて無かったように無視されたら?

…嫌だ。
何で傷つけたかもわからないのに、これでお終いかもしれないなんて嫌だ。
そう思うと、いてもたってもいられなくなって、ボクは仁の鞄を掴むと何度か行ったことのある仁の家に急いだ。  




一心不乱で駆けてきた仁の家のインターホンを押す。
確かに鳴ってるのに反応が無い。
もう一度押す。
でも反応が無い。

家じゃなく河川敷とか鉄塔広場に行ったのかもしれない。
焦りながら駄目もとで玄関のドアノブをひねると施錠されていない。
仁の家は母子家庭で昼間は誰もいないはずだから、もしかしたら仁が帰ってきてるのかも。
ボクは失礼を承知で玄関のドアを開けた。


一直線に仁の部屋の前まで来たボクは、ドアを前に柄でもなくノックをためらってしまった。

だって、ボクは真剣に謝るなんてしたことがない。
いつだってしたいようにやってきたから、そもそもあんまり自分が悪いと思うことも少なかったし。
でも今は、仁を傷つけた自分が嫌でここにいる。
傷つけた理由が知りたくてここにいる。
今、したいことは仁に謝ること。
したいことは、したい時にやるのがボクだ。

ボクは大きく息を吸い込むと、仁の部屋のドアをノックした。


  

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